RAP BY POPULAR DEMAND
【特集】日本語ラップとその多様性
いろんな方向からの熱気がゆっくりと混じり合い、結果的に大きな全体像を形成している2016年の日本語ラップ。その広がりを聴いて楽しもう!!

★〈日本語ラップを聴かない人も聴ける日本語ラップ〉24作品をまとめて紹介したPt.1はこちら

 


電波少女
デジタル・ネイティヴの建前と本音を綴る(アンチ・)ポップ

 昨年末にiTunesヒップホップ・チャートを制覇した“COMPLEX REMIX”に迎えたJinmenusagiNIHA-Cを別々の曲に再召還しつつ、ハシシ(MC)の単独マイク曲を聴かせる勝負に出た電波少女の新作EP『パラノイア』。20代後半というデジタル・ネイティヴな世代の内心を浮き彫りにしたようなリリックは、これまでの日本語ラップにはあまりなかったもので実におもしろい。〈パラノイア〉とは被害妄想症などを指す言葉だが、ハシシもそうなのか。リリックの話を中心に本作を掘ってみた。 *インタヴュー・文/猪又 孝

電波少女 パラノイア redrec(2016)

――前作『WHO』で“INVADER”などを手掛けていた2人組のプロデュース・ユニット、mel houseが今回は全曲のトラックメイクを担当しています。その点も含め、今回はどんなEPをめざしたんですか?

ハシシ「mel houseはバキバキのクラブ・チューンだったり、いい意味で頭の悪そうな音を大きい音で鳴らすチームなんですけど、すごく信頼を置いているんです。かと言って、自分たちがそういう音だけをやっていくグループにはなりたくなかったんで、お互いの良いところを出し合って、さらにやったことがないことをやろうと」

――〈やったことがないこと〉というのは1曲目“拝啓”のトラックとか?

ハシシ「そうです。でも、どちらかというと“拝啓”はmel houseのフィールド。自分的に挑戦したのは“Mis(ter)Understand”や“笑えるように”のちょっとギターが入ってくるポップな感じですね」

――ダンサーのnicecreamさんは、今回のEPをどう受け止めましたか?

nicecream「前作も新しいことをやってる印象があったんですけど、今回も新しいことをやってるなって。あと、ハシシ一人の曲が増えたことで、フロウやメロディーだけじゃなく声の出し方も新しいことに挑戦していて、そこがおもしろいというか、聴きどころだなって思いましたね」

――『パラノイア』というタイトルをつけた理由は?

ハシシ「いろいろ曲を作っていて〈来たな〉〈これはアルバムに入れられるな〉って思う曲は、内省的というか、自分の中のモヤモヤや不満みたいなものを歌った曲が多くて。こんなぬくぬく生きてて何の不満があるんだ?って思うけど、ちっちゃい悩みはあるし、それを気にしながら生きてるし、それを言いたいし、みたいな。だったら、全曲の背景に〈パラノイア=被害妄想〉の酷い奴っていう裏テーマを置いて、被害者面して好きなことを言おうと思ったんです」

――実際にパラノイアなところはあるんですか?

ハシシ「勝手に被害者ぶってるところはあるかもしれないです。もし俺が自分と友達だったら〈なんでそんなこと気にしてんの?〉って思うようなことも気にしちゃうんで」

nicecream「それは僕も友達として思います(笑)」

――本作の歌詞の主人公は全体的に情緒不安定で鬱々してるなと思ったんです。例えば“拝啓”はすごく喧嘩腰な歌詞だけど、最後にそういう自分を〈どうかしてたみたい〉って言ったりする。本音と建て前が交互に現れるとか、それがない交ぜになってるっていう。

ハシシ「確かにそうですね。自分も、胸に思ってるものはありつつ、〈お前が言えることか?〉って自分でも思っちゃうし。でもブレーキをかけちゃうと何も出てこなくなっちゃうんで、一回言うだけ言って、〈でも、わかってます〉〈イタいのわかってます〉って別の自分が言う、みたいな。それの繰り返しなんですよ」

――そういうのって、ネットで別人格を形成できるような環境で育ってきた世代であることが影響してると思いますか?

ハシシ「そういうのはあるかも。身代わりを常に置いてるというか。で、その影に隠れて本音を言ってる、みたいな」

――日常生活では大人しいけど、Twitterとかだと平気な顔で〈死ね〉とか書ける人っていっぱいいると思うし。

ハシシ「その代表ですね、俺は(笑)。〈そんなこと言ったらダメ〉だということもわかりつつ、〈死ね〉と言えるおもしろさもわかってるというか。ただ、そういう自分と上手く付き合えてるかなと思います」

nicecream「暗いとか病んでるんじゃなくて、ハシシは器がちっちゃいんですよ。メンタルは不安定じゃないけど、安定してちっちゃい、みたいな(笑)」

――リード曲の“笑えるように”はどんな思いで書いたんですか?

ハシシ「自分の中にモヤモヤし続けているものがありつつ、前に進んでいくっていう状況を被害者ぶって歌詞にしたんです」

――この曲の主人公はすぐ諦めちゃうようなタイプの人間?

ハシシ「現状を覆してやろうぜ!っていう感じよりも、現状を受け止めて〈ま、こんなもんだよ〉って。〈じゃあ、せいぜい残り楽しくやろうぜ〉みたいな感じ」

――そういう諦めが入ってる人たちにどんなメッセージを送りたかったの?

ハシシ「何かツライことがあったとき、こういう逃げ道があるよとか、こういう交わし方もあるのかっていうことを提示できたらいいなって。あと、絶望に向かってる自分に酔うことで走れるというか、それがエネルギーになる部分もあるんじゃないかと思って書いたんです」

――かと思えば、最後の“追伸”にはすごく反骨心の強い男がいます。これがハシシくんの本音なのでは?

ハシシ「全然本音です。トガってる感じがある。真ん中の5曲は自分が日頃考えてることのなかでも間口の広いことを、角を取って、聴く人が自分と重ねたりできるような言い方で書いたんですけど、1曲目と最後は別に誰も共感しなくていいというか、自分の思いだけを歌えばいいやと思って。ラッパーって、誰でも共感できる内容で魅了する人と、〈全然共感できないけど、言ってることがおもしろい〉っていう人に大別できると思うんです。その後者の部分を最初と最後に持ってきたんですよね」

――前作と比べてフックがよりキャッチーになったと思うんですが、〈キャッチーさ〉については、いま、どう考えていますか?

ハシシ「自分も大きい声で歌える曲が好きだったり、世間的にも親しみやすいのかなって思うし、キャッチーに振り切るところは振り切ろうと思ってます。まだ模索中なんですけど、ヒップホップのカッコ良い気怠さみたいな部分と、もっと高いキーで歌うメロのキャッチーさを上手くリンクさせられたらなって。そこが永遠のテーマみたいな感じですね」

――じゃあ、よりキャッチーなものを打ち出していきたいと。

ハシシ「そうですね。アンチ・ポップな自分もいるんですけど、ポップなものが好きという部分もあったりして。そこも別人格が共存してるんです(笑)」

――今後、シーンのなかでどんなポジションになっていきたいですか?

ハシシ「本音を言えば、日本のヒップホップのなかで〈アイツらイケてる〉ってちゃんと認められるようになりたいです。だけど、そのためにはそのレールに乗らないといけないところがあったりするし、流行のモノを押さえてスキルを提示するみたいなことがしんどかったり、それをやってる暇はねぇな、みたいな部分があったりするので……。まったくやってることは違うけど、理想の存在は鎮座ドープネスさん。何をやっても、彼のなかで消化しておもしろいものとしてアウトプットしてるように見られている気がして。ああいう見られ方とかポジションはいいなと思いますね」

 


【リリース記念インストアライヴ】
5/15(日)タワーレコード新宿店
ミニライヴ&サイン会
【リリースパーティー】
5/22(日)東京・clubasia
出演:電波少女、ぼくのりりっくのぼうよみMINAMI NiNE
*いずれも詳細は公式サイト〈denpagirl.com〉をチェック!