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SALU
セルフ・プロデュースの視界に広がる、新しい朝の光景

 「“All I Want”がいちばん最初に出来た曲だったのですが、前作を出してから“All I Want”が降りるまで、ずっと悩んでいたり迷っていたりしたので、自分的にはその1年半がずっと〈夜〉だったと感じていて。“All I Want”が出来た時にスーッと晴れていくようなものを感じて、〈やっと朝がきたな〉と。皆さん、やっと起きました、お待たせしました、おはようございます、という意味と、〈良き朝〉という意味での『Good Morning』です。直球な言葉にしたかったです」。

SALU Good Morning トイズファクトリー(2016)

 SALUのサード・アルバム『Good Morning』は、まさにその“All I Want”でゆったりと幕を開ける。厳かなピアノに導かれて光が差し込んでくる過程を描いたような曲調は、シャーマニックなSalyuの歌唱も相まって、主役の新たな目覚めを告げる挨拶となった。そこからtofubeatsによる鮮やかでダンサブルな先行カット“Tomorrowland”へ流れ込んでいく妙味を感じたなら、その心地良さはアルバム・トータルを通じて約束されていると言っていい。

 前作『COMEDY』(2014年)のリリース後は、SALU & the dreambandgunjo名義での『THE CALM』(2015年)を配信する一方、AKLOKOHHからSPICY CHOCOLATEMINMINORIKIYORYKEY、直近の清水翔太に至るまで多様な面々とコラボレーションを展開してきたSALU。多くの経験に伴う意識の高まりが、今回の新作を初のセルフ・プロデュースに踏み出させたのかもしれない。

 「デビュー前から〈いつかはセルフ・プロデュースで、いろんな方々と曲作りをしてみたい〉と思っていたんです。いままではBACHLOGICさん、EstraOHLD)さんと一緒にやってきたんですが、『COMEDY』を作り終えた後に〈ぜひセルフ・プロデュースでやってみたい〉という話をして、周りの皆さんにも〈絶対やったほうがいい〉と言ってもらえたので、思い切ってやってみることにしました。実際にとても楽しかったですし、たくさんの方と音楽制作を共有することでの新しい発見もありましたが、反面、いままでBACHLOGICさんがやってきてくれていた、ディレクションやクォリティーの追求という作業を自分でやらなくてはいけなかったので大変ではありました」。

 そんなSALUをサポートしたのが、「兄弟であり、師弟であり、友人であり、良き理解者」だというEstraだ。SALUが世に出る前から密に仕事をし、the dreambandgunjoの一員でもある彼は、先述の冒頭曲“All I Want”や先行シングルでもある晴れ晴れとした終曲“AFURI”など作中の芯となる楽曲を担当。手の合う彼とのコラボが、多くのクリエイターやミュージシャンを招いてヴァラエティー豊かに仕上がった楽曲群をひとつに結わえている印象もある。

 「自分でもEstraさんが今作においてのキーマンだと思っています。長きに渡って苦楽を共にしてきましたし、いろんな気付きを共有し合ってきましたので、彼の存在は自分にとってとても大きいです。今作は作る前から、できる限り全曲で違う色を出したいと考えていました。そして、それぞれのプロデューサーさん、アーティストさんが出してくださったものを自分とEstraさんで結んでいった感じですね」。

 そうして集まった参加アーティストの顔ぶれは多士済々だが、「基本的には自分が気になっていた方たち」というだけあってマッチングの成果はキャッチーな名前の羅列に終わらない。黒田卓也の朗らかなトランペット演奏も快いJIGG製の“Mr. Reagan”、KOYANMUSICSD JUNKSTAKYN)のピアノが切実なメッセージに寄り添う“Nipponia Nippon”、Kenmochi Hidefumi水曜日のカンパネラ)が往時の作風を思わせるメロウ・ビーツを寄せた“Lily”、Macka-ChinShingo Suzukiの采配でcro-magnonが演奏する“ビルカゼスイミングスクール”、スチャダラパーSHINCOがノスタルジックなループを仕掛けた“タイムカプセル”……と、各人の手腕がなだらかでリリカルな美意識の起伏を作品にもたらしている。また、そのなかに迎えられた〈声のゲスト〉たちが歌世界に融和してくる美しさも特筆すべきだろう。

 「“All I Want”に関してはトラックとラップ・パートが出来た際に、これは絶対にSalyuさんにお願いしたいと思いオファーさせていただきました。中島美嘉さんはデビューされた当時からずっとファンで、いつか一緒に音楽ができたらと淡い気持ちを持っていましたが、今回“ビルカゼスイミングスクール”でオファーしたところ快く引き受けていただきました。ご自身で作詞もしてくださって、しかもイメージにピッタリだったので驚きましたね。お二人とも、少ない言葉でのイメージの説明だけで的確に自分の作りたいものを捉えてくださったと思います」。

 今回SALUが事前にイメージしていたのは「パッと聴きは美しく、聴き込むと深みのある絵画のような作品」だというが、その意図は見事に達成されている。充実の楽曲群から立ち上がってくるのは、いわゆる〈シティー・ポップ〉括りの作品にも通じるライト&メロウな質感、ジャジーなヴァイブにポスト・インターネット時代の人懐っこさも備えた、現代的なポップ・サウンドだ。が、『COMEDY』でも顕著だった多角的なアングルから日常や社会を自然体で切り取る言葉のスマートさ、聴くたびに浸透してくる〈シンガー・ソングライター〉的なフロウの強靭さは、軽みを帯びながらも同時に深化している。

 「前作は取っ付きやすい作品ではなかったので、難解なものであったと思います。なので今回は、誰でも手に取ることができて、聴いてくださった方なりの解釈ができるようなものを作ろうと思いました」。

 それぞれの聴き手の心にそれぞれの意味を広げていくであろう傑作『Good Morning』は、今後のSALUの活動における大きなターニングポイントとなるはずだ。「次の作品はもうすぐ出来上がります」という恐るべき創作意欲は、きっとまた新しい夜明けを見せてくれるだろう。 *インタヴュー・文/出嶌孝次