人呼んで〈フランスのリアル・ソウルマン〉、ベン・ロンクル・ソウル。2008年にモータウン・フランスと契約後、2010年にリリースしたセルフ・タイトルの初作でフランス版グラミー賞といわれる〈ヴィクトワール・ドゥ・ラ・ムジーク賞〉の最優秀新人賞に輝き、翌年にはライヴ盤『Live Paris』、2014年には2作目『À Coup De Rêves』をリリースする……という順風満帆なキャリアを歩んでいるシンガーだ。レトロ・ソウルな自作/共作曲を英語とフランス語で歌うが、アップでの熱さからバラードでの切ない歌い込みまで、なんとも気持ち良さそうな快唱が最大の魅力。ジョン・レジェンドを思わせる味わいを持ちながら、彼にとってのアイドルであるオーティス・レディングサム・クック風の節回しも聴かせるヴォーカルには、ソウルへの愛が迸っている。ただし、王道ソウルに耽溺してそのまま再現するだけではなく、モッドな60s風ナンバーやルーツ・レゲエなども披露し、母国のヒップホップ勢への客演もこなす、いまを生きるアーティストでもある。

2010年作『Ben L'Oncle Soul』収録曲“Soulman”
 
2011年作『À Coup De Rêves』収録曲“Hallelujah!!! (J'Ai Tant Besoin De Toi)”
 

そもそも、彼のキャリアは現行ロックやポップスのカヴァー曲から始まっている。彼の名が世に広まるきっかけとなったホワイト・ストライプス“Seven Nation Army”の土臭いカヴァーをはじめ、ナールズ・バークレーケイティ・ペリーらのヒット曲にも彼なりのソウル・フィーリングを注ぎ、2009年にデビューEP『Soul Wash』として発表している。ベンにとっての〈ソウル〉の探求は、ソウル・ミュージックそのもの以外にも視野を広げているのだ。

2009年のEP『Soul Wash』収録曲“Seven Nation Army”
 

そしてこのたび、3枚目のフル・アルバムとして登場したのが『Under My Skin』だ。シナトラの代表曲でもあるコール・ポーター作曲の“I've Got You Under My Skin”から生まれた表題からもわかるように、フランク・シナトラにトリビュートを捧げた本作は、モータウンでなくブルー・ノートからのリリースとなった。主にジャズ・ヴォーカリストとして名曲・名唱を残したシナトラであるため、かの名門レーベルからのリリースは相応しいように思えるが、内容はオーソドックスなジャズではない。かといってベンらしいレトロ・ソウルに寄せたわけでもない。どちらの世界観にも留まらない、これまでのイメージを一新する挑戦作といえる。

BEN L'ONCLE SOUL Under My Skin Blue Note/ユニバーサル(2016)

まず驚くのが先行公開された“Fly Me To The Moon”だ。さまざまなカヴァーが存在するスタンダード・ナンバーだが、ここでは洗練されたブレイクビーツを軸にしたジャジー・ヒップホップに仕立てられている。聴き馴染みのある楽曲が、良い意味でわかりやすくお洒落になっている同曲は幅広い層に人気を得そうだ。同じく斬新でフレッシュなアレンジを施されているのが、シナトラの代名詞である“My Way”だろう。こちらもブレイクビーツ主体で、トリップ・ホップ的な浮遊感も湛えたヒップホップ・ソウルな仕上がり。抑制の効いた歌声とスタイリッシュな聴き心地も相まって、一聴しただけではそれと気付かないほどに“My Way”に新たな魅力を与えている。

得意のレゲエ風味も採り入れており、“I Love Paris”においてディープなダブを、“New York New York”ではルーツ・ロック・レゲエを聴かせる。この2曲は昨年11月に起きたパリ同時多発テロに捧げているそうで、〈僕にとって、レゲエはパリへのトリビュートに込められた平和への願いを表す音楽でもあるんだ〉とベンは語っている。これらの曲のどこか沈んだ重たい感触は、込められたメッセージを反映しているのだろう。

また、同じく重たい感触だが、心の奥底に触れるような感動を覚えるのがアルバム・タイトルにも引用された“I've Got You Under My Skin”だ。華麗なシナトラ版とは真逆の、深くゴスぺリッシュなアレンジは滋味に溢れている。アルバムの終幕を飾る“Witchcraft”も華やかさよりは憂いと哀愁を感じるが、どこかカリビアンで呪術的なムードも漂う。本人は〈僕のはブードゥー教とか魔女のドクターってところで、シナトラのヴァージョンは、もっと「奥様は魔女」と魅惑的な女の子って感じだよね〉と軽い調子で説明しているが、カリブ系の血を引くというベンのヴァラエティーに富んだ『Under My Skin』が、自身のルーツに向かい合って幕を閉じているのは興味深い。

フランク・シナトラ“I've Got You Under My Skin”
 

本作に収録された楽曲は、どれもオリジナルのメロディーに大胆な動きを付け、さまざまなアイデアを採り入れている。確かに、正攻法でカヴァーするだけでは偉大な先達のイメージを乗り越えるのは至難の業であるし、かといってまったく板に付いていないお仕着せのアイデアや、手癖めいたレトロ・ソウル風味で歌うだけでは何のケミストリーも起きなかっただろう。〈このアルバムは素晴らしいシンガーを称えているけど、それ以上に、僕のいままでの作品でベストなものが出来たと思っているよ。この作品では、他に表現したいことがあったんだ〉という確信的な姿勢が、見事に花開いているのだ。

〈フランク・シナトラ〉と〈ソウル・ミュージック〉――相容れないように思える2通りの音楽も、ベン・ロンクル・ソウルというフィルターを通したことで、新たな感覚のサウンドが生まれた。名ジャズ・シンガーにして米ポピュラー・ミュージックの象徴たるシナトラも、ベンにかかれば〈すべてが磨き抜かれた楽曲たちで、ソウル・ミュージックとは何かを思い出させてくれるメロディーなんだ〉と述べるように、ソウルの探求を続ける彼の魂にとって共鳴する存在であったようだ。これからも、その成果はさまざまな形で聴こえてくるはずだ。