「モディリアニの杏型の瞳の女や、ゴダールの映画や、インドシルクのスカーフや、ニーナ・シモンの弾き語り……の魅力を私に教えてくれたのは彼である」と、荒木陽子は『愛情生活』(作品社)に書いている。“彼”は、写真家の荒木経惟氏。陽子さんがレコードを通してニーナの歌に初めて触れたのは、おそらく結婚する前か新婚時代だから、60年代後半~70年代初頭のことだろう。夜の街場に流れる女性の歌声がすべて“ハスキー”と称されていた時代。そんな時代の東京にニーナ・シモンのピアノの弾き語りに魅了されたうら若き女性がいた。何ともいい話だ。
『Round Nina』は、計10組のアーティストが参加したトリビュート盤である。ミシェル・ンデゲオチェロは2012年にニーナの生誕80周年を記念して『至高の魂のために~ニーナ・シモンに捧ぐ』をリリースしたが、『Round Nina』にはミシェルのようなアフリカン・アメリカンの女性は参加していない。その替わりにニーナが晩年を過ごしたフランスのカミーユとベン・ロンクル・ソウル、オリヴィア・ルイス、米国のメロディ・ガルドーとグレゴリー・ポーター、英国のリアン・ラ・ハヴァス、ナイジェリアのキザイア・ジョーンズ、モロッコのインディ・ザーラ、スイスのソフィー・ハンガー、韓国のユン・サン・ナといった国際色豊かなラインナップとなっている。
ニーナは92年に出版した自伝の中で、私にとって“ジャズ”とは黒人の生き方や考え方などを総称する言葉であって、どうしても何かのジャンルに分けられなければならないのなら、自分はフォーク歌手だと思うと語っている。先に挙げた顔ぶれの中で、“ジャズ・シンガー”に該当するのは、グレゴリー・ポーターとユン・サン・ナの2人。もっとも、どちらも狭義のジャズ・シンガーではなく、グレゴリー・ポーターについては、彼が尊敬しているダニー・ハサウェイを架け橋としてニーナと繋がっている、と捉えると分かりやすい。公民権運動に共鳴するすべての人々の魂を揺り動かしたニーナの《トゥ・ビー・ヤング・ギフテッド・アンド・ブラック》。この名曲を、ファースト・アルバム『新しきソウルの光と道』(70年)で取り上げていたのが、ダニー・ハサウェイなのだから。
リアン・ラ・ハヴァスの《バルティモア》からキザイア・ジョーンズの《シナーマン》に続く1~2曲目の流れが、すごく良い。殊にキザイアはもともとこの曲に内在していたアフリカ性を、アフリカのリズムとンゴーニ(アフリカの楽器)によって、より浮き彫りにしていて見事。そして、胸を焦がすような哀感あふれるヴォーカルも。何度聴いても惚れ惚れする。