ローラ・マーリングが通算6枚目となるニュー・アルバム『Semper Femina』をリリースした。ブレイク・ミルズ(アラバマ・シェイクス、ジェスカ・フープなど)をプロデューサーに迎えた本作は、NMEがアルバム・レビューで5つ星の満点を付けるなど、すでに海外メディアでは絶賛の嵐。持ち前のフォーキーな歌心と、yMusicの一員としても知られるロブ・ムースが手掛けたストリングス・アレンジの相性は抜群で、これまでになく取っ付きやすい内容に仕上がっている。さらに、変化したのはサウンド面だけではない。UK音楽誌のQマガジンが〈女性の魅力を豊かに描いた、イギリスを代表するシンガー・ソングライターによる作品〉と評しているように、女性らしさと向き合ったリリックも新境地。そんな本作をじっくり味わうために、アルバムの制作背景と私小説的なストーリーテリングを紐解いてもらった。 *Mikiki編集部
むせ返るような女性の情念の世界
白いシーツの上で体を重ねて悩ましげに両手を絡め合う、赤いラバースーツ姿の黒人女性と、黒いラバースーツ姿の白人女性。やがてカメラは、そんな2人の様子を無表情で見つめるギャラリーと、廊下で愛し合う別の男女の姿を映し出していく。イギリスはハンプシャー出身の女性シンガー・ソングライター、ローラ・マーリングの新作『Semper Femina』の冒頭を飾る“Soothing”は、本人が初めて監督を務めたミュージック・ビデオからして何やら只ならぬ雰囲気だが、ビートルズ“Come Together”のような地を這うベースラインも艶かしいこの曲は、こんなフレーズで幕を開ける。
〈ああ、私の絶望的な放浪者(ホープレス・ワンダラー)、あなたは入ってはダメ〉
2008年、弱冠18歳でファースト・アルバム『Alas, I Cannot Swim』をリリースし、27歳にして英国のマーキュリー・プライズに3度もノミネートされるなど、名実共に〈ニュー・フォークの女王〉の座をほしいままにしてきたローラ・マーリング。そんな彼女は、かつての恋人だったマムフォード&サンズのフロントマン、マーカス・マムフォードとの別れを綴った2013年の4作目『Once I Was An Eagle』が賞賛されたことも記憶に新しいが、大ヒットを記録したマムフォード&サンズの2作目『Babel』(2012年)に“Hopeless Wanderer”という曲が収録されていたのは、単なる偶然ではないだろう。そして、その“Soothing”の歌詞が仄めかすように、本作では男子禁制の、むせ返るような女性の情念の世界が展開されているのだ。
『Once I Was An Eagle』のリリース後、1年半ほどLAに移住していたローラは、半年間のヒッチハイク生活や、カリフォルニアのスピリチュアル・カルチャーに影響を受けて制作した前作『Short Movie』を2015年に発表。同年にそのアルバムを携えたツアーを行っているが、なんでもツアー中は自分のなかの女性らしさが失われ、男性らしさが解放されるそうで、『Semper Femina』の収録曲も、そんな時期に書かれたものだそうだ。そのせいだろうか、比喩であれ、実在の人物であれ、その多くが男性に向けて歌われていた過去の作品とは対照的に、今回のアルバムには、女性のキャラクターしか登場しない。ローラ自身も当初は男性が女性について歌っているつもりで曲を書いていたそうだが、やがて女性に対して熱い眼差しを向けていたのは他でもない自分自身であり、それを正当化するために、男性のふりをする必要はないと気付いたのだという。彼女にインスピレーションを与えたのは、アルバム収録曲“Nouel”のモデルにもなったひとりの女性。友人であり、ミューズでもあるというその女性が裸で横たわる姿を見つめる自分の、欲情とも、憧れとも言えない感情を客観視することで、彼女は自分自身が普段どのように見られ、誤解されているかにも気付いたのだ。
キャリア史上もっとも官能的でフェミニンなサウンド
そんなアルバムをプロデュースしたのは、アラバマ・シェイクスの『Sound & Color』(2015年)を手掛け、ジョン・レジェンドの最新作『Darkness And Light』(2016年)に抜擢されたことでも知られる気鋭のブレイク・ミルズ。ギタリストとしてもウィーザーやノラ・ジョーンズの作品に参加している彼は、本作でも全編に渡ってギターを弾いているほか、アントニー&ザ・ジョンソンズやボン・イヴェール作品で知られるマルチ弦楽器奏者のロブ・ムース(yMusic)が、ゆっくりと花開くようなストリングス・アレンジを手掛け、従来のブリティッシュ・フォークを基調としたローラ・マーリングの楽曲に、現代的なニュアンスを加えている。前作に引き続きダブル・ベース奏者のニック・ピニとドラマーのマット・イングラム、さらにはヴェテラン・ドラマーのマット・チェンバリンらも参加しているが、ローラ・マーリングのキャリア史上もっとも官能的でフェミニンな本作のサウンドが、実は男性ミュージシャンによって奏でられているというのも興味深い。またその点において、本作は主従関係にある女性同士が惹かれ合うパク・チャヌク監督の新作映画『お嬢さん』とも、いくつかの共通点があるように思えるのだ。
アルバムのカヴァー・フォトに写るのは、冒頭で触れた“Soothing”のビデオで女性が着用していたものと同じ、脱ぎ捨てられた黒のラバースーツ。タイトルになった『Semper Femina』は、古代ローマの詩人ウェルギリウスの叙事詩「アエネーイス」の一節〈Varium et mutabile semper femina(絶えず気まぐれで移り気なこの女性)〉から取られたもので、ローラも21歳の時に、その言葉のタトゥーを太腿に入れている。言うなれば本作は、彼女を悩ませてきた男たちを部屋から追い出し、〈女性なるもの〉に目を向けた作品なのかもしれない。本作を聴いていると、他人の秘め事を覗いているように後ろめたい、しかし好奇心を抑えることができない、そんな気持ちになるのもそのせいだろうか。けれどもご用心。あなた自身もまた、その姿を覗かれているかもしれないのだから。