時代に愛されたビューティフルな曲は、一方で時代に傷つけられてもいた。だが、その殻を完全に破ったいま、晴れやかな歌声ですべてをさらけ出すこの男は無敵だ!
破格の大ヒット曲が諸刃の剣であることを、ジェイムズ・ブラントは知り尽くしている。英国はハンプシャーに生まれ、2004年に30歳にして『Back To Bedlam』でデビューした彼の場合、その曲は同作からのサード・シングル“You're Beautiful”だった。日本でもTVCMやドラマに使われたこのバラードは、6週連続で全英No.1に輝いたほか、全米チャートでも1位を獲得。アルバムのセールスは本国だけで300万枚に及び、史上17番目のベストセラーとなる。元英国軍の将校で、NATO平和維持軍の一員としてコソヴォに駐留していた時に曲を書き溜めたというユニークな経歴も相俟って、一躍脚光を浴びたものだ。だが、ヒットするほど反発も激しい。多くの人に愛された一方、煙たがられるようにもなり、〈新しいボーイフレンドを連れた元恋人を見かけて、ホロ苦い思い出に浸る〉といった“You're Beautiful”の感傷的な内容も辛口な英国民の嘲笑を浴び、ジョークの定番ネタと化してしまう。
このような状況を受けて彼が取った策!? それは、批判をユーモアでかわしつつ、活動に専念すること。コンスタントに作品を発表してツアーを行い、着々とキャリアを築いてきた。音楽的にはオーガニックなソフト・ロック路線を主軸とし、〈繊細なトルバドゥール〉の佇まいを維持。しかし、ここに完成したニュー・アルバム『The Afterlove』に至って鉄壁のフォーマットを崩し、新境地を拓いている。
「どう受け止められるかわからないけど、僕のアルバムとしては最高にワクワクする作品のひとつだと心から思っていて、新しいスタートのような気がするよ。5作目だし、同じことをやる気にはなれなかったんだ」。
そう、本作でのジェイムズはエレクトロニックなサウンドを積極的に導入し、しなやかなグルーヴをプラス。先行シングル“Love Me Better”ではオルタナR&Bに接近して、“Lose My Number”はエレクトロ・ポップに仕上げるなど、彼ならではの美しいメロディーをキープしながら多様なスタイルに挑戦し、いつになくソウルフルな歌声を聴かせる。
コラボレーターについては3作連続となるライアン・テダー(ワンリパブリック)らの参加を得ているが、なかでも重要な役割を果たしたのがエド・シーランだ。スイスのリゾート地にあるジェイムズの自宅で作業をしたそうで、「エドにスキーを教えてあげたら、曲の書き方を教えてくれたんだ」と本人は話す。
「ああいう率直な人を必要としていたのさ。僕は凄くプライヴェートな人間で、他人に聴かせるものとわかっていても、最近は自己表現の仕方が内向きになっていた。でも、エドに〈もう少しさらけ出さないとダメだよ〉と言われてね。おかげで、ここには何も隠そうとしていない僕がいるんだ」。
なるほど、2人で書いた曲のひとつ“Make Me Better”を聴くと、最近結婚して父親になったジェイムズが妻子に宛てて一途な思いを綴っており、エドの影響は明白。アメリカーナ調の“Time Of Our Lives”もそれに劣らず熱烈なラヴソングで、共に間違いなく本作のハイライトだ。
ほかにも“Someone Singing Along”では強い言葉で昨今の政情を語り、前述した“Love Me Better”で“You're Beautiful”論争にも言及する。嫌われるのは自業自得でもあるけど、流石に傷ついている、と。もちろん単にグチをこぼす曲ではない。〈誰に何を言われようが君さえいればいい〉――そう彼は伝えたかったのだから。
「1曲あれば十分なんだよ。〈あの一発屋か〉なんて言うのは、大抵ひとつもヒットがない連中さ。“You're Beautiful”をライヴで歌うのはいつも楽しい。〈もうすぐ終わりだ、ビールが飲めるぞ〉って思うからね!」。
こんな軽口を叩いて過去を受け流す2017年のジェイムズ。最後に笑うのはどうやら彼のようだ。