「世界との折り合い方」を鍵盤に込めて ~紡ぐ敬意の物語

 叔父(as)が相棒(tp)と二管で奏でる旋律は路上の口論や呼び込みの喧騒を想わせ、父(b)が爪弾くラインはさしずめメトロの轟音、太鼓(ds)は時に掘削機の濁音にも聴こえる。では、もう一人(p)の鍵盤が描き出す情景はいかに? 間奏の御鉢が訪れた瞬間、眼を閉じて脳裡の画布を凝視した。吊り橋→川の流れ→噴水の飛沫→放たれた消火栓→清涼を蒔く散水車、夕立そして虹…そんな連想が続いて“水”と気づいた途端、紐育のジグソー図が仕上がった。これが微塵の予備知識もなく、真正面の止まり木からライヴ鑑賞したザ・クレイトン・ブラザーズの印象だった。翌日の取材でまんま正直に伝えると、「私たちをそこまで巧く、美しく表現してくださったのは安里サンが初めてですよ。ありがとうございます」と望外の喜びを得る。「なにも次はこう弾こうとか考えて臨んでいるわけではないのですが、とても透明感のある音楽を創っていきたいとは思ってますし。いつも平和のハーモニーというものを表現したいと願っているのは確かですね」。彼の過去作に《Shout And Cry》《Like Water》《Peace For Moment》などの曲名を発見したのは帰路で読み直した資料上だった。

GERALD CLAYTON Tributary Tales AGATE/Inpartmaint(2017)

 『Two-Shade』『Bond』『Life Forum』というアルバム名や、《Two Heads One Pillow》《Future Reflection》などの意味深な曲名からも“濃密な作家性”の触感を禁じ得ないが、新作『Tributary Tales』に込めた想いは? 「二つの意味があって。一つめは過去の、先人達がそれぞれに歩んできた旅路というものも最終的には川の流れのように合流して繋がっているんだという感慨からですね。本作も2年程かけて書いてきた収録曲を数回に渡って録ったわけですが、いざ編むと主題的な一貫性を感じたので、このタイトルで正解だなと」。二つめは? 「やはり同じ川の流れという譬えに通じますが、文字どおりのtribute――先輩陣から学んだ事を新しい方向へと流してゆく、storyとして伝えてゆく、そんなイメージからなんですね」。

 独学の黒人女性ブルース/フォーク歌手、エリザベス・コットンの名曲《貨物列車》を聴き、その“表現の謙虚さ”に強く魅せられた彼は自ら、ピエモンテ地帯に伝わるブルースの本質と影響を探るライヴコンサートプレゼンテーションPiedmont Bluesも主宰している。別視点から新作の背景を探るべく最近のお奨め本を訊いた。「一冊ならば、クラウディオ・ナランホの『Healing Civilization』ですかね」。ナランホはチリ出身で『性格と神経症―エニアグラムによる統合』の主著をもつ精神科医で、チベット仏教研究家。思慮深きピアニストに似つかわしい選択眼だ。

 


LIVE INFOMATION

ジェラルド・クレイトン・カルテット ‘Tributary Tales’ CDリリースツアー
○6/5(月)-7(水)18:30/21:00 開演(2ステージ)
会場:コットンクラブ
メンバー:ジェラルド・クレイトン(p)ローガン・リチャードソン(sax)ジョー・サンダース(b)ケンドリック・スコット(ds)
www.cottonclubjapan.co.jp