『平均律』の名で呼ばれるこの作品を『適正律』と訳し、バッハ演奏に対する新たな地平を開く画期的大作!

 ピタゴラスの発明品にモノコードという装置がある。箱の上に張られた一本のひもに、駒を比率に応じて動かすことによって、オクターブや4・5度の響きを作れ、鍵盤楽器・調律史はここに始まる。これらの響きを調整して調律は行われるが、12音の音階を得る際に完全5度で作られたピタゴラス律では最後にしわよせがうまれ、このしわよせとの闘いが調律史でもある。

 ほかに問題となる長3度改良をしたのが中全音律だが異名同音扱いが出来ず、このため分割黒鍵もあったほど。そして改良された不等分律が作られる。調によって異なる響きをもち、これは調性格のベースとなる。

武久源造 バッハの錬金術 Vol.2 #1/4 適正律クラヴィーア曲集 第1集・第2集 第1番~第6番 ALM RECORDS(2017)

 バッハの時代には既に12平均律的な概念は鍵盤楽器でも使われていた事もあるとされるが、この「平均律」曲集は、厳密には不等分律、というのが近年の向きである。そしてこのCDでは、バッハは決して一つの調律法でこの24曲を演奏できる、するべき、という指示はしておらず、そのため「適正律」の文字が選ばれた。

 第1集は二段鍵盤にペダル、足鍵盤つきのチェンバロが用いられており、即興的にベースが補強されたりしている。第2集はジルバーマンモデルのフォルテピアノが使われている。ジルバーマンはバッハと同世代のオルガン製作者で、試作段階でバッハは彼に協力していたことをうかがわせる資料があり、バッハもこの楽器を頻繁に演奏したであろう、とする。いくつかの曲ではチェンバロ・レジスターが活用されている。この装置はツゲの薄い板を弦スレスレの場所に持ってくることができるもので、言ってみればプリペアドピアノで定規を弦の上に置くのと同じ発想だ。ノイズを含んだ硬質な響きがうまれる。

 さて、比率・数式と言えばその最先端の素粒子物理がいうには、万物の統一理論の素はひもであり、その振動によって世の中が作られているという。そうだとすれば面白い発想ではないか。沢山のひもが織りなす響きの愉しさ、そして深淵な古典調律の世界へ。

 


LIVE INFORMATION

『目覚める2台のオリジナル・スクエア・ピアノ』
○6/11(日)17:00開演
会場:ベリエスタジオ(最寄り駅:桜上水)
出演:武久源造、山川節子
曲目:ベートーヴェン、シューベルト小品、クレメンティ:ソナタ、フィールド:ノクターンなど
www.genzoh.jp/