(左から)秋澤和貴、石原慎也、せとゆいか

 

大阪を拠点に活動するスリーピース・バンド、Saucy Dogがファースト・ミニ・アルバム『カントリーロード』をリリースした。THE ORAL CIGARETTESやフレデリック、パノラマパナマタウンら新進気鋭のバンドを輩出してきたオーディション&育成プロジェクト〈MASH A&R〉の2016年度グランプリを獲得し、現在ライヴの動員数も増え続けているという彼ら。エッジの効いたギター・サウンドや、グルーヴィーなリズム隊の魅力はさることながら、とりわけ印象に残るのは、フロントマン兼ギタリストの石原慎也のヴォーカルだ。例えば“いつか”での、空へと駆け上がるようなハイトーン・ヴォイス。ファルセットと地声を巧みに使い分けながら、美しいサビを透明感たっぷりに歌い上げている。かと思えば、ほんのりとハスキーな歌声で、ブルージーなメロディーを切なく歌いこなすなど、その表現力はすでに新人レヴェルを超えている。実は、今の3人体制になるまでに、彼以外のオリジナル・メンバーが脱退するなど、大きな試練を経験してきたという石原。そうした紆余曲折も、彼のヴォーカル・スタイルに深みを与えているのかもしれない。

とはいえ、平均年齢23.5歳の彼ら。素顔はまだまだ初々しく、天真爛漫の石原と天邪鬼な秋澤和貴(ベース)、そんな二人を暖かく見守るしっかり者のせとゆいか(ドラムス)と、キャラの関係性も絶妙で、今後の成長も楽しみだ。

Saucy Dog カントリーロード MASH A&R(2017)

〈歌モノ〉という軸はずっとブレていない

――Saucy Dogは石原さんが大学のときに結成したバンドで、メンバー・チェンジを経て今の3人編成になったそうですね。まずは、みなさんが音楽に目覚めたきっかけを教えてもらえますか?

石原慎也「僕は、小学校4年生のときから高校3年生までずっと吹奏楽をやっていて、そのときはクラシックが好きでした。クラシックは今でも好きなんですけど、バンドを始めてからは邦楽も聴くようになりましたね。RIP SLYMEや東京事変……今やっている音楽とはだいぶ違うんですけど(笑)」

――吹奏楽を経てバンドをやろうと思った理由は?

石原「高校生のとき、バンドに誘われたのがキッカケです。高校卒業後はギタリストをめざして、地元の島根を出て大阪の大学に入りました。最初はギターで弾き語りをやっていたんですけど、それをSaucy Dogの最初のメンバーが聴いて誘ってくれて、バンドのリード・ヴォーカルとして加入しました。なので、今は歌うことが大好きですけど、最初はそんなに歌うことに対してのこだわりはなかったんです」

秋澤和貴「僕は、両親が音楽好きで小さい頃から家や車で洋楽が流れている環境で育ちました。当時は聴き流していましたが、中学校1、2年の時に母がアークティック・モンキーズのファースト・アルバム(『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』)を買ってきたんですよ。それを聴いたときに、初めて〈音楽っていいな〉と思いました。それ以降、小さい頃から親がかけていたキンクスやローリング・ストーンズ、グリーンデイ、レッチリ、オアシス……その辺りを片っ端から聴いていきましたね」

アークティック・モンキーズの2006年作『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』収録曲“When The Sun Goes Down”
 

――自分でも音楽をやるようになったのは?

秋澤「小学校の高学年から中学校3年までは、ずっと野球をやっていたんです。中3の夏に引退すると、特に趣味もなかったから、夏休みがものすごくヒマで。そのとき実家にギターとベースが置いてあることに気付いて、触ったのがキッカケですね。最初はアークティックやレッチリのコピーをしていたのが、段々夢中になっていき、高校では野球の道に進まずに本格的にバンドをやるようになっていました」

――では、Saucy Dogの音楽性のちょっと洋楽っぽい要素は、秋澤さんのセンスに依るところも大きい?

石原「作詞作曲は僕がやっているんですけど、アレンジに関してはいつも3人で考えているので、そうかもしれないですね」

秋澤「僕はいつもベースのフレーズを考えるとき、普通のベース・ラインだと普通の歌モノになってしまうので、他のメンバーが聴かないような、ちょっとマニアックな音楽要素を入れることができたらいいなと思っています。例えば、はっぴいえんどやビートルズのベース・ラインとかを自分流に解釈して入れていますね」

――なるほど。せとさんは昨年の8月に加入したそうですね。元々音楽はどんなものが好きでした?

せとゆいか「私は幼稚園の時からピアノをやっていたのと、音楽好きな兄に影響されたのもあって、常に身近に音楽がありました。中学、高校時代はソフトテニス部に入っていたんですけど、軽音楽部に入っていた友人がドラムを叩いている姿を見て、興味はあったんです。それで一度、部室でドラムを叩かせてもらったことがあるんですけど、結構あっさり上手く叩けたんですよ(笑)。その場で教えてもらったことが、一発でできてしまって」

ーー〈もしや私、ドラムが向いているのかも?〉と。

せと「はい(笑)。そう思ったのがキッカケで、大学では軽音楽部に入り、女の子5人でバンドを始めました。最初はコピーをしていたんですけど、学祭のゲストでAge Factoryが来たときに、オリジナル曲を演奏しているのを見て、かっこいいなあ、バンドってこういうものかと、すごく影響を受けたんです。そこから、真剣にバンドをやりはじめました。だから、私のスタイルとは全然違うんですけど、Age Factoryの増子央人くんのドラムは、キレイに叩くことよりも、カッコよく見せたいという想いの原点になっていると思います」

Age Factoryの2016年作『LOVE』収録曲“ "Puke”
 

――他にはどんな音楽が好き?

せと「兄の影響で最初に好きになったのはMr.Childrenです。あと、back numberは人気が出る前から好きでした。Saucy Dogの音楽もそうですが、歌モノの楽曲が好きなんです。ドラマーでは、増子くん以外だと女性のドラマーでコーラスもしているという点で、シナリオアートのハットリクミコさんが大好き。もうずっと、クミコさんになりたい!と思いながら練習していました(笑)。パワフルですごく動くのに、歌がブレないのがすごいと思っていて、憧れのドラマーです」

シナリオアートの2015年の楽曲“ナナヒツジ”
 

――コーラスのできる女性ドラマーが加入したことは、きっとSaucy Dogの楽曲の雰囲気にも影響を与えているんでしょうね。

石原「そう思います。僕だけでは出せない帯域や声質がありますし。今までできなかったこともできるようになって、楽曲の幅が広がりました」

――この3人になってからと今のメンバーになる前とでは、音楽性の違いはありますか?

石原「そんなには変わってないです。特に歌モノという軸はブレていません。ただ曲調は、もしかしたら以前よりも明るくなったかもしれないです。最初は、曲を秋澤加入以前のベーシストが作っていて、もっとダークな音楽だったんですよ。僕が作っていた曲は、当時から明るい曲調のものが多かったんですけど(笑)」

――〈スリーピースの良さ〉というのもありますか?

石原「楽ですよね。ライヴハウスに持っていく機材も少なくて済むし」

秋澤「え、そこ(笑)?」

せと「私は、ちゃんと歌を聴かせられるというのが、スリーピースのいいところだと思います。あと、スリーピースのバンドのライヴを観ているときに良いなと思うのは、メンバー同士がアイコンタクトをするとき、全員が向き合えるところです。4人以上の編成だと、どうしても背中を向けてしまうメンバーがいるけれど、そうならないところがスリーピースの魅力なのかなと思います」

――それ、すごく素敵な視点ですね。

石原「なんか俺がバカみたいだ……」

――アハハハ(笑)。完全にフリになってしまいましたね。では、ファースト・ミニ・アルバム『カントリーロード』のコンセプトは?

せと「元々、ミニ・アルバムを作るために曲を作ったのではなく、先に曲が出来ていて、それをミニ・アルバムにしようという形だったので、コンセプトやテーマがあったわけではないんです。でも、自分たちが今持っている曲のなかでも特に自信があるものを、ぎゅっと詰め込んだ作品にはなったと思います。すでにライヴでもやっている代表曲を全部入れたミニ・アルバムです」

――いつもどんなふうに曲を作っているんですか?

石原「まずは単語、フレーズが出てきて、そこからちょっとずつ膨らませていきます。先に歌詞を書いて、コードを弾きながらそれに合うメロディーを当ててみて、カタチを整えていきます。ある程度の大枠が出来たところでメンバーに聴かせて、そこから一緒にアレンジを膨らませていくというやり方です」

――単語やフレーズというのは、どのように選んでいるんですか?

石原「例えば“いつか”という曲の、“坂道を登った先の暗がり 星が綺麗に見えるってさ”という冒頭の歌詞は、坂道とか暗がりとか、音の響きがおもしろいなと思ってストックしていた単語を引っ張り出して、自分の実体験に結びつけながら、情景が浮かぶように書いていきました。ストックしているフレーズは他にも、ブランコ、長財布、銀杏とか(笑)。まだ使っていない単語もありますが、言葉の響きにおもしろさを感じるんですよね」

――ものすごく変わった言葉というよりは、わりと日常に溢れている言葉にインスパイアされるんですね。

石原「そうなんです。それが、何かの拍子に聞こえ方や浮かんでくるイメージが変わったりして。そういう言葉を普段からストックしています」