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インタビュー

森大翔 “日日” 知床が生んだ18歳の世界一ギタリスト、その鮮烈なデビュー作

森大翔 “日日” 知床が生んだ18歳の世界一ギタリスト、その鮮烈なデビュー作

2003年生まれ、現在18歳の若きギタリスト、森大翔が2021年9月29日にA-Sketchよりデビューシングル“日日”をリリースした。

北海道東部に位置する世界遺産・知床半島の下側、羅臼出身の森大翔は、2019年にイギリス・ロンドンで開催された、16歳以下のギタリストによるエレキギターの世界大会〈Young Guitarist of the Year 2019 powered by Ernie Ball〉で見事優勝。当時16歳ながら世界一に輝いた逸材だ。

この度リリースされたシングル“日日”では、そのギタリストとしての手腕はもちろんのこと、生々しい感情を湛えた凛とした歌声、そしてパーソナルな心情を詩的に表現するリリックなど、彼の多様な才能が結実した1曲。もはや早熟のギタリストではなく、新進気鋭の音楽家と呼ぶ方が相応しいだろう。

本稿ではそんな彼のこれまでの出自と、アーティストとしての現在地に迫った。

 

従兄弟とインスタがきっかけで

――ギターを始めたのは小学6年生の頃だそうですが、それ以前から音楽に興味を持っていたのでしょうか。

「めちゃくちゃ興味を持っていたわけではないのですが、車の中で親がかけてたコブクロは記憶に残っています。初めて買ったCDはアニメの主題歌で知ったポルノグラフィティのベスト盤で、車の中でよく歌ってましたね。ただ、当時はサッカー少年で、どちらかというと体を動かしてる方が好きでした」

――そういえば、少年時代は地元のふるさと少年探険隊に参加していたとのことで。アクティブな性格だったようですね。

「それは今の僕にも繋がる体験で。1週間かけてキャンプしながら知床岬まで徒歩で向かうという行事があって。小3から中3まで毎年参加していました。キャンプファイヤーを囲んで、スタッフの方が弾くギターに合わせてみんなで歌ったりするんですけど、そういった記憶が今も強く残っていて。今も音楽を聴いて、ふとその時のことを思い出したりもします」

――ギターを始めたのは、従兄弟のお兄さんの影響だそうですが、その時のことを詳しく教えてもらえますか?

「歳は一回り離れてるんですけど、家が近くてよく遊んでもらってた従兄弟がいて。彼に憧れる形でエレキを買ってもらいました。

その後、お兄さんが仕事で地元を離れることになり、愛用のギターを譲り受けて。〈冬に帰るまでに弾けるようになってね〉って言われたのがGALNERYUS(日本のヘヴィメタル、メロディックスピードメタルバンド)の“ANGEL OF SALVATION”という曲で。それからは必死に練習しましたね」

GALNERYUSの2012年の楽曲“ANGEL OF SALVATION”
 
森大翔によるギターソロ部分のカバー動画
 

――ギターはどのように練習していましたか? 最初はやはり教則本などを見たり?

「そういう本はあまり得意じゃなくて。買っても2ページくらいしか読まなかったり。お兄さんに直接教えてもらったり、あとは独学が多かったです」

――中学生以降はどのような音楽を聴いていましたか?

「お兄さんの影響でメタルにハマり、ドリーム・シアターの曲をコピーしたり、その当時盛り上がってきていたギターインストバンドのポリフィア(Polyphia)やチョン(CHON)にすごくハマって、彼らの曲も練習していました」

ドリーム・シアター“Another Day”のギターソロのカバー動画
 
チョン“Sleepy Tea”のギターソロのカバー動画
 

――そういった音楽にはどのようにして辿り着いたのでしょうか。

「Instagramが大きかったと思います。結構ギタリストの人ってインスタにプレイ動画とかを挙げていて。そこで色々な曲も知りましたし、上手い人が弾いてるフレーズをコピーしてみたり。今でもインスタを見ながら練習をすることはあります」

――〈Young Guitarist of the Year 2019〉で優勝し、見事世界一に輝いたことも大翔さんのキャリアの中では大きなターニングポイントだと思います。この大会に参加した経緯というのは?

「それもインスタがきっかけで。その頃から自分でも投稿を始めたのですが、海外のフォロワーの方から〈この大会に出てみない?〉って言われて。以前からその大会の存在も知っていたし、プリニ(Plini)っていう僕の大好きなギタリストが審査員として参加していたこともあって、参加することにしました。とはいえ、その時点で締め切りまで1週間くらいで。急ピッチで曲を作って、動画を撮って応募しました」

――審査員から選出されたポイントはどういった点だったのでしょうか。

「謙遜ではなく、客観的に見て自分より上手い人ばかりだったのですが、技術よりも音楽的な面や表現力の方を重視してくれたみたいで。ちょうどその時期、自分でも速弾きだけじゃダメだと思ってたので、すごく嬉しかったですね」

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