Photo by Mieko Togashi

没後10年 ~あらためて想う作曲家としての富樫雅彦の存在感

 先日、岡崎市にある「内田修ジャズコレクション展示室」を訪れる機会があった。入ってすぐのところに展示してあった富樫雅彦のドラム・セットは、他を圧倒する存在感を放っていた。『マイ・ワンダフル・ライフ EX』で冒頭と最後に追加収録されたパーカッション・ソロを聴いて、その光景が直ぐさま思い浮かんだ。楽器そのものに何かが宿っているなんて僕はあまり思ったりしないのだが、それでもあのドラム・セットには何かマジックがあるように感じられてならない。

 希有なドラマー/パーカッショニストであった富樫雅彦はその晩年、演奏活動はできなくなっていたが、作曲に打ち込んだ。彼が書き残したバラード曲を、佐藤允彦を中心に、渡辺貞夫、日野皓正、峰厚介、山下洋輔がソロやデュオで演奏し、2009年にリリースされた際には、そもそも富樫自身の演奏は入っていない。 作曲家としての富樫雅彦にスポットを当てたもので、日野皓正がフリー・ジャズに寄った吹き方をしたり、山下洋輔がストレートにバラードを弾いていたり、個々の演奏の妙も楽しむことができる作品だった。

 僕は一度だけ、富樫雅彦に取材したことがある(本誌の前身muséeの取材だった)。『スピリチュアル・ネイチャー』での作曲について「ドミファソシドっていう、5音音階だね。うんと簡単。むしろ童謡に近いぐらい」と話していたのが印象に残っている。このバラードの作曲にもそうした要素は伺える。というよりも、バラードへと昇華させることに最後至ったのだと言うべきかもしれない。

VARIOUS ARTISTS マイ・ワンダフル・ライフ EX 富樫雅彦バラードコレクション RatspackRecords EYES(2017)

 今回、パーカッション・ソロが加えられたことで、まるで富樫本人もそこにいるかのような錯覚を覚えた。再発に加えられる追加音源というものは、一般的には資料的な価値やちょっとした特典のようなものだが、これは少し意味合いが異なる。作品に新たな生命が吹き込まれた、と言ったら大袈裟だろうか。しかし、それだけのものがこのパーカッション・ソロによってもたらされている。