孤独という殻を破り、ふと周りを見渡したら、多くの仲間に支えられている事実を知った。さあ、喜びの歌がこだまする。悩みも寂しさもない。ここにあるのは未来への希望だ!

 シューゲイザー由来のギター・サウンドと、ネオアコの流れを継いだ甘酸っぱいメロディーの融合で、ここ日本でも根強い支持を集めるNY在住のペインズ・オブ・ビーイング・ピュア・アット・ハート。このたび届けられた4枚目のアルバム『The Echo Of Pleasure』は、〈音楽をやることの喜び〉がめいっぱい詰まった、宝石箱みたいに眩い出来映えだ。

THE PAINS OF BEING PURE AT HEART The Echo Of Pleasure Painbow/BIG NOTHING(2017)

 「曲の大部分は、僕がプライヴェートで大きな変化を経験している最中に書いたものだよ。第1子の誕生を間近に控えていたから、自分の人生がこれから大きく変わることになるだろうという自覚はあった。それで娘と妻のために、何か永続的な美しさがあるものを形として残したかったんだよね」(キップ・バーマン)。

 エヴァーグリーンな魅力を放つ歌メロを立たせながら、ニュー・オーダ風のシンセ・ポップ“When I Dance With You”を筆頭に、いつになくダンサブルで明るい曲が目立つのは、私生活での環境の変化が多分に影響しているのだろう。変化という意味では、バンドの近況についても触れておくべきか。前作『Days Of Abandon』(2014年)の完成を目前に、カート・フェルドマン(ドラムス)やアレックス・ナーイドゥス(ベース)ら、メンバーが相次いで脱退。そして現在のペインズは事実上、キップのソロ・ユニットになっている。前作を「喪失のアルバム」と振り返る彼は、当時の心境をこう語ってくれた。

 「僕はひとりぼっちになって、文字通り〈見捨てられた(Abandoned)〉と感じていた。もはや彼らが僕と同じようには音楽に関心を持っていないんだ……ということを目の当たりにし、凄く辛かったよ。仲が悪くなったわけじゃない。だけど、ペインズの可能性を引き出すためには変化が必要だったのさ」。

 歳を重ねていく過程で現実と折り合いを付けなければならない時が、多かれ少なかれ誰しもに訪れる。キップもまた、バンドを終わらせるべきか否か、瀬戸際まで追い込まれたという。そんな身も心もボロボロの彼に手を差し伸べたのは、前作に続いてプロデューサーを務めるアンディ・サヴール(マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン他)だった。

 「前作のレコーディングは正直キツかったよ。他のメンバーが脱退していくなか、悲しい雰囲気が漂っていたからね。そこで今回はアンディが指南役も担ってくれてさ。〈君がやっていることには価値があるんだ〉って励まし続けてくれた。特に『Belong』(2011年)までのファンにとっては期待外れかもしれないけど、『Days Of Abandon』の経験があったおかげで、僕らは未来を見据えることができたんだ」。

 冒頭からポジティヴなフィーリングに溢れた『The Echo Of Pleasure』だが、そんな紆余曲折を知ったうえで聴き返すと発見も多い。例えば2曲目の“Anymore”は、蕩けそうなほど美しいハーモニーに乗せて〈あなたと一緒に死ねたら〉と繰り返す歌詞が、どこかスミスのように捻くれたロマンを感じさせる。

 「この曲では、そしてその一節では、驚きと恐れの両方に満たされた愛を描いているんだ。無条件の献身的な愛情とも言えるし、致命的な苦痛だとか、永遠の絆を欲する気持ちだとか、あるいは息苦しいほどの不幸感かもしれない。僕が思うに、素晴らしい音楽って矛盾を孕んでいるものなんじゃないのかな」。

 この記事が出る頃には、リテラチャーのクリス・シャンカーマンら、レコーディングに参加したメンツを率いてのUSツアーも無事にスタートしているはず。「僕は心のどこかで、僕みたいにペインズを愛する人は現れないだろうと思っているんだ。もし僕がこのバンドにいなかったら、ペインズのファンクラブ会長になっていたような気がするよ」と笑うキップ。彼はもうひとりぼっちなんかじゃない。

ペインズ・オブ・ビーイング・ピュア・アット・ハートのアルバムを紹介。