天性の女優が〈SINGS〉の世界に舞い戻ってきた。今度のテーマとなったのはボサノヴァ。気負いのない自然体が持ち前の表現力を纏った歌声は、また新たな魅惑を引き出して……

 女優として第一線で活躍する高岡早紀が、ボサノヴァ・アルバムを発表した。〈高岡早紀とボサノヴァ?〉なんて混乱する方も多いかもしれない。確かに、3年前に久々の歌手活動再開として話題になったアルバム『SINGS -Bedtime Stories-』は、山下洋輔を従えたジャズ・アルバムという意外な作品ではあったが、これには彼女の父親がジャズのライヴハウスを経営していたという大切なストーリーがあった。しかし、今回の『SINGS -Daydream Bossa-』は、「太陽の下で気持ち良く聴いてもらいたいなあと思いながら作りました」というくらいのライトな感覚で制作されている。

高岡早紀 SINGS -Daydream Bossa- ビクター(2017)

 では、巷に溢れるいわゆる〈なんちゃってボサノヴァ〉かというと、そんな憶測をがらりと覆すようなディープで充実した内容に仕上がっている。というのも、オリジナルとカヴァーがほぼ半数ずつで構成されているのだが、そのカヴァー曲のセレクトが非常にユニークなのだ。まず最初に驚かされるのは、“白い波”が選ばれていること。この曲はヒデとロザンナの前身であるユキとヒデが67年に発表した楽曲で、渡辺貞夫が作編曲を手掛けた和製ボッサの隠れた名曲。マニアに人気の高いこんな楽曲を、フリューゲルホーン奏者でもあるシンガーのTOKUと共にさらりとデュエットしてみせている。かと思えば、女優の大先輩でもある浅丘ルリ子の“シャム猫を抱いて”なんていう選曲にも驚かされる。「この間ばったりお会いしたんですけど、緊張してカヴァーさせていただいたことを伝え忘れてしまいました(笑)」というくらい、本人は至って自然にセレクトしているが、これらの2曲だけでも歌謡ボッサ・ファンは悶絶モノではないだろうか。加えて、アストラッド・ジルベルトが60年代に日本語で録音したヴァージョンで“イパネマの娘”に挑戦するなど、とにかく和製ボッサの真髄を突いた選曲と歌唱に酔わされるのだ。

 他にも八神純子の“みずいろの雨”をスロウ・ボッサにしてみたり、峰不二子のテーマとしても知られる“ラブ・スコール”をキュートに披露するなど、女優ならではの表現力も堪能できる。そして目玉のひとつが、高岡自身のデビュー曲“真夜中のサブリナ”をボサノヴァ・アレンジで歌っていること。実はライヴではすでにお馴染みのヴァージョンのようだが、「思い入れのある曲だけど、いま歌うと改めて大人になったなと感じます」というだけあって、歌詞の意味合いも随分違って聴こえるのがおもしろい。

 今作では、ライヴでサポートしている吉田智、小泉P克人、菱山正太といった面々がオリジナル曲を書き下ろし、高岡のシンガーとしての個性を引き出しているが、なかでも特筆したいのが山下洋輔の提供した“I see Your Face”。「前作の流れから、洋輔さんに曲を書いてもらうことが前提で制作が始まっているんです。歌詞も自然な流れで自分が書くことになったので、この曲は思い入れがありますね」というだけあって、ラストでアルバム全体をキリッと引き締めるソフト・サンバになっている。

 「私はジャズもボサノヴァも専門ではないし、ジャンルによって歌い方や表現を変えるほど器用ではないんです。女優という仕事をしてきていろんな役を演じてきたのと同じように、あくまでも自分がやれる範囲で自分らしさを出しました」という発言が、本作の魅力の根本を物語っている。あくまでも高岡早紀流のボサノヴァであり、だからこそユニークで唯一無二の傑作に仕上がっているのだ。

高岡早紀の作品を一部紹介。