SAKI TAKAOKA SINGS
ジャズそのものの声を持つ女優と過ごすBedtime。その歌はあまりにも甘美で……
高岡早紀――彼女の名前を聞いて、どんな姿が思い浮かぶだろうか。やはり、TV、映画、舞台と幅広い場で活躍する〈女優〉としてのイメージが一般的なところだろうが、TVCMや芸術的なヌード・グラビアなどと共に、ある世代にとって印象的なのは、シンガーとしての彼女――。
昨年5月、彼女が80年代終わりから90年代初めにかけて記してきた4枚のオリジナル・アルバムがリイシューされた。本誌ではそのタイミングで高岡早紀のシンガーとしてのキャリアを振り返る小さな記事を作り、前述のような書き出しで僕は寄稿させていただいた。続きはタワーレコードのオンラインサイト〈tower.jp〉でアーカイヴをご覧いただければと思うが、文の最後はこう締めさせてもらっている。
91年作『S’Wonderful』以降は音楽活動から遠ざかっていたが、先頃主演映画「モンスター」のエンディング曲として22年ぶりの新曲“君待てども ~I’m waiting for you~”を発表(配信のみ)。共演したピアニストの山下洋輔と共に、いっそアルバムも作ってみては?──歳を重ね、あの頃とは違った艶やかさを放つ彼女の歌声を聴いていると、そんなことを望みたくなる──。
これを本人たちが目にしていたのか……いや、もちろんこちらが事前情報をキャッチしていたわけでもなく、実はアルバムの制作が着々と進められていたとは!
その“君待てども ~I’m waiting for you~”などいにしえの日本の歌謡曲をはじめ、国内外のスタンダードかつラヴソングをカヴァーしているのが、高岡早紀の23年ぶりとなるアルバム『SINGS -Bedtime Stories-』である。そのタイトルが表しているように、〈眠る前に静かに聴きたい〉というテーマのもと編まれた本作は、山下洋輔のピアノ、もしくは鈴木禎久のギターによるシンプルでジャジーな演奏をバックにほぼライヴ・レコーディングのスタイルで記録されたもので、ほんのりと艶めかしさを湛えた彼女の歌声が、テーマに違わない心地良さを誘う。
高岡早紀の身体にはジャズが染みついている──と語るのは、山下洋輔。久しぶりのレコーディングで彼女がジャズに辿り着いたのは、その血筋ゆえのことでもある。彼女の父は、60年代の終わりに新宿でジャズ喫茶を開き、その数年後にはジャズ専門のライヴハウスがまだ珍しかった横浜に居を移し、エアジンを始めた人。早紀が6歳のときに父は他界してしまったのだが、両親の親友だった山下は彼女にとって〈おじさんのような存在〉であり、芸能界にデビューした頃から〈いつかジャズを歌うことになるよ〉〈そのユニークでハスキーな声、それがジャズなんだよ〉〈ジャズを歌うときはヨースケおじちゃんが伴奏するからね〉といった会話が2人の間で交わされていたそうだ。
アルバムに収録されているカヴァーのオリジナルに関しては別項を参照していただくとして……それにしても、なんて落ち着く歌声なんだろう、と思う。決してジャズ・マナー一辺倒というわけでもなく、彼女が女優として、女性として経てきた経験のすべてがそこに宿っているとでも言うべきか。母性も感じさせる優しさ、嫌味をまったく感じさせない色っぽさ──少女らしさのなかにも妖しさを湛えていたあの頃から素敵な歳の重ね方をしていることが、その歌声からしっかりと伝わってくる。ジャズを歌うことが彼女の運命だったとすれば、いまがまさにそのときだったというべきだろう。
ジャズのみならず多方面で活躍してきた山下にとっても、意外と稀少であるシンガーの伴奏作品ということでトピックのある一枚だが、彼女にとってもシンガーとしての新たな境地を確立できたことで、大きな成果になったはず。シンガー・高岡早紀のストーリーはまだまだ続いていくはずだと、そんなこともまた望みたくなる。
▼高岡早紀の作品
左から、89年作『SABRINA』、90年作『楽園の雫』、同『Romancero』、91年作『S’Wonderful!』(すべてビクター)
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