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何もおこらない日々、代わり映えのしない7日間 それが愛おしい物語

 デビュー以来、作家主義を貫きながら孤高の道を歩んできたジム・ジャームッシュ。そんななか、4年振りの新作「パターソン」は、ジャームッシュ美学の集大成ともいえるかもしれない。物語の主人公は、ニュージャージー州パターソン市に住んでいるバスの運転手で、詩人でもあるパターソン。恋人のローラと愛犬マーヴィンと一緒に暮らすパターソンの日々を、映画では一週間に渡って追いかけていく。毎朝、パターソンはキッチンでコーヒーを飲み、徒歩で会社へ向かってバスを運転。仕事が終わるとマーヴィンと散歩に出掛けて、その途中で酒場に寄って一杯ひっかける。一日の流れは、いつも大体そんな感じ。ジャームッシュは毎回、似たようなアングルや構図でパターソンの生活を追いかけながら、一見、判で押したような日々にヴァリエイションを生み出していく。

ジム・ジャームッシュ パターソン VAP(2018)

 例えば毎回、パターソンが目を覚ますシーンで始まるが、日によって横にローラが寝ていたり、寝ていなかったり。会社に徒歩で向かうシーンも、日によってアングルが違う。たったそれだけのことでも、新しい物語の予感を感じさせる。バスが事故で動かなくなったり、行きつけの酒場で痴話げんかがあったりすると大事件だ。思えば我々の日常だって同じこと。でも、〈何も起こらないこと〉がジャームッシュの手にかかると味わい深い物語になる。その点、パターソンはジャームッシュの分身といえるかもしれない。バスの運転手として毎日同じルートを走りながら、美しい詩を紡ぎ出すパターソン。愛用のマッチのデザインやバスの乗客のおしゃべりなど、他愛のないことがパターソンの頭のな かでもやもやと漂い、それが詩として昇華される様子 を、ジャームッシュは繊細なタッチで描き出す。ミニマルな語り口やオフビートなユーモアには磨きがかかり、ジャームッシュの作家性が凝縮された本作は、過剰なまでにドラマティックな最近の映画やテレビに対して、そして、戦争や暴力が渦巻く世界に対して、ジャームッシュが突きつけた一輪の花のような作品だ。