電子音楽開拓の雄=ピエール・アンリ、その60余年の軌跡を切り取る記念碑

 文化・芸術と技術の発展は不可分である。音楽においても楽器が進化すれば、表現物の幅が広がれば、創意もインスピレーションも多様化していく。20世紀に録音技術や電子工学が音楽にもたらした恩恵が計り知れないことは今更語るまでもないだろう。

 昨年7月、惜しくもこの世を去ったピエール・アンリはそんな電子音楽黎明期を語る上で外せない巨人である。録音した音素材を切り貼り・組み合わせ音楽を編む〈ミュージック・コンクレート(具体音楽)〉を創始し、技師シェッフェールと共に数多の名作を世に出し歴史を切り拓いた。その手法は現代でも多大な影響を与え、コンテンポラリーの領域からダンス・ミュージックまで幅広く浸透している。20世紀で最も音楽史に影響を与えた作曲家だと彼を形容する者もいるだろう。

PIERRE HENRY Polyphonies Decca(2017)

 本作はそんなアンリの音楽の軌跡を12枚の盤にまとめた、まさに記念碑的作品である。ミュージック・コンクレートの歴史の起点である50年作《一人の男のための交響曲》から、2016年の《地球クロニクル》はじめ9作品の初音盤化作品を含む全29曲を擁する。選曲、リマスタリングと殆どの楽曲解説はピエール・アンリ本人の手によるもの。その解説を収めるブックレットも112ページに及び、スタジオや創作風景、当時の貴重な写真にディスコグラフィーなど彼の歴史を紐解くには十二分な内容を掲載している。

 おおよそ60余年の年月の幅があり、彼の作品や音自体も進化しているのが感じられるが、これはまさに電子音楽の発展の歴史そのものである。映画音楽やバレエ音楽、はたまた禁欲的なミサ曲としても活用しミュージック・コンクレートの可能性を、ひいては電子音楽の可能性を徹底的に模索・開拓したのはピエール・アンリを措いて他にいないだろう。彼の功績を称え残すことは、僕たち21世紀に生きる人間の為すべきことではないだろうか。