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ジョーン・アズ・ポリス・ウーマンの〈パンク・ロック・R&B〉サウンド

2006年のファースト・アルバム『Real Life』にはアントニー・ヘガティが作曲とヴォーカルで一曲、その2年後のセカンドアルバム『To Survive』(2008年)にはルーファス・ウェインライトとデヴィッド・シルヴィアンがそれぞれ1曲ずつヴォーカルで参加。他にもヘガティやウェインライトのサポート・プレイヤーに加えて、NYダウンタンのジャズ人脈やシンガー・ソングライターのジョセフ・アーサーが名を連ねるなど、制作陣の豪華な顔ぶれが先行して注目されたところもあった。JAPWの作家性や音楽的なプレゼンスは、初期の作品においてすでに十分に示されていたと言っていい。

※その前年にシルヴィアンの弟のスティーヴ・ジャンセンが『Slope』(2007年)でワッサーと共演

その構成要素をざっくりとレジュメするなら――アル・グリーンやニーナ・シモンからの影響を告白するソウルやR&Bのフィーリング。ストリングスやブラス・サウンドを配したクラシック音楽のマナー。そして、キャット・パワーやジェニー・ルイスとも比せられる、90年代のUSインディ/オルタナティヴ・ロックを経由したルーツ・ミュージック~アメリカーナの感覚。とりわけ、幼少の頃からピアノやヴァイオリンを学び、大学時代にはオーケストラでの演奏経験もあるクラシックの素養は、スフィアン・スティーヴンスとの交流やロイド・コールとの共演、ベックのプロジェクト〈ソング・リーダー〉への参加にも繋がる〈触媒〉となった、ワッサーのミュージシャンシップにおけるバックボーンと呼べるもの。

※2017年、JAPWはニコ・ミューリーやナショナルのブライス・デスナーらと共にコンサートを開催した

2006年作『Real Life』収録曲“Eternal Flame”

ちなみに、彼女自身は〈パンク・ロック・R&B〉とも呼ぶJAPWのサウンドだが、チェロやヴィオラにメロフォンやサックス、トランペットといった管弦楽器がオーガニックに混ざり合い、ネオ・ソウル~ブルーアイド・ソウル的なテイストとチェンバー・ポップ的なアレンジが織りなすグラデーションは、彼女の楽曲の多くで聴くことができる特徴だろう。「もしもショパンが、アル・グリーンに対する情熱とロバータ・フラックの歌声を併せ持った現代のマルチ・インストゥルメンタル奏者だったとしたら……」と彼女を評したガーディアン紙のコメントは、じつに言い得て妙。

ワッサーの多様な音楽的バックグラウンドを伝えるカヴァー・アルバム『Cover』(ジミ・ヘンドリックス、イギー・ポップ、デイヴィッド・ボウイ、パブリック・エネミー、ソニック・ユース、アダム&ジ・アンツetc)を挟み、3作目の『The Deep Field』(2011年)に続いてリリースされた4作目の『The Classic』(2014年)では、60~70年代モータウン・サウンドも彷彿させるヴィンテージ・ソウルに傾倒。同時代のアデルとエイミー・ワインハウスを両脇に置いたようなポップ・バランスの『The Deep Field』に対して、ケリスやタリブ・クウェリとの共演でも知られるステファニー・マッケイ(2003年のデビュー・アルバム『McKay』をポーティスヘッド/ビークのジェフ・バーロウがプロデュース)らをバッキング・ヴォーカルに迎えたドゥワップ~ゴスペル・コーラスや、レジー・ワッツ(マクチューブ)のヒューマン・ビートボックスが耳を引く『The Classic』は、彼女のディスコグラフィーのなかでもコアな一枚、かもしれない。

2011年作『The Deep Field』収録曲“The Magic”

一方、その2年後の2016年にリリースされた、元オッカーヴィル・リヴァーのベンジャミン・ラザール・デイヴィスとのコラボレーション・アルバム『Let It Be You』は、中央アフリカのピグミー族の音楽への関心から生まれたという異色作。いわく、ブラーのデーモン・アルバーンが中心となりオーガナイズするワールド・ミュージックのプロジェクト〈アフリカ・エクスプレス〉(過去にはブライアン・イーノやヤー・ヤー・ヤーズのニック・ジナーもプロデューサーとして参加)に参加してエチオピアを訪れた経験がインスピレーションとなった作品で、いわゆるエレクトロ・ポップ的な体裁がとられていながらも、アフリカ音楽のリズムや反復といった構成、パーカッション・サウンドを参照した実験的な音作りが随所で試みられている。同アルバムでは、ヒップホップ~ビート・ミュージックとポスト・ロック/ポスト・クラシカルを横断するアンチコン発のトリオ、サン・ラックスのイアン・チャンがサポート・ドラマーとして参加している点にも注目したい。

ジョーン・アズ・ポリス・ウーマン&ベンジャミン・ラザール・デイヴィスの2016年作『Let It Be You』収録曲“Broke Me In Two”

 

『Damned Devotion』はジョーン・アズ・ポリス・ウーマンの到達点

そうしてこの度リリースされた、JAPWとしては5作目となる最新アルバムの『Damned Devotion』。そのサウンドのキーとなっているのが、ドラマーの生演奏をワッサーがサンプリング/エディットして組み立てられたというリズム・トラック。その上で影響を受けたアーティストとしてワッサーはJ・ディラやドクター・ドレー、マッドリブの名前を挙げていて、いわく「ドラムのプログラミングの実験」と「シンコペーションへのフォーカス」を掲げた今回のレコーディングにおけるポイントからは、今作が、彼女が長年取り組んできたリズムやグルーヴの探求をさらに前に推し進めたものであることがわかる。

『Damned Devotion』収録曲“Tell Me”

『To Survive』以降ドラマーを務める元アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズのパーカー・キンドレッド、ナショナルやライのサポートも手がけるプロデューサー/キーボード奏者のダヴマンことトーマス・バレットを迎えた3人のアンサンブルを軸に、前出のベンジャミン・ラザール・デイヴィス、ジャレド・サミュエル(オノ・ヨーコ、!!!、シンズetc)らがレコーディングには参加。プログラミングされたデジタルのビートと生のライヴ・ビートを重ねることでリズムのストラクチャーに奥行きを持たせ、抑制の効いたミニマルな演奏が、ソウルやR&B、ジャズを基調としたサウンドを魅惑的にブラッシュアップしている。リード・トラックの“Warning Bell”や“Tell Me”は、そんな今作の〈スタンダード〉を示すナンバーだが、ディスコ風のベース・ラインが導くトライバルな “Steed(For Jean Genet)”、ファルセット・ヴォイスが映えるプリンス風のスリンキーな“Rely On”などは、そのタイトル通りレトロスペクティヴな趣向だった前作『The Classic』からモダンへと転じたアプローチの変化を窺わせるものだろう。

たとえば、そうしたアップデートされたエクレクティシズムの発露は、テイラー・スウィフトやロードとの仕事で知られるジャック・アントノフやケンドリック・ラマーのプロデューサーも務めるサウンウェーヴを迎えるなどして、プロダクションのモダナイズが図られた昨年のセイント・ヴィンセントのアルバム『Masseduction』(トーマス・バレットもピアノやシンセで参加)との共通点を連想させる場面もあるかもしれない。オムニコードのドリーミーな音色が彩る“Valid Jagger”も、まるでポーティスヘッドとビーチ・ハウスの邂逅を思わせるようで、素晴らしい。

セイント・ヴィンセントの2017年作『Masseduction』収録曲“New York”

一方、「どうすれば執着しすぎたり、正気を失ったりすることなく、献身的な人生を歩めるのか?」とアルバムのテーマについてワッサー自身が語るように、各楽曲の背景やリリックにはシリアスで内省的なトーンが色濃く感じられる今作。4年前に亡くなった父親に捧げられた“What Was It Like”は、これまでさまざまな形で〈死〉について歌ってきた(ジェフ・バックリー、ルー・リード、エリオット・スミス、母親etc)彼女にとって象徴的なナンバーと言えるが、なかでも存在感を放つ楽曲が、「これはポリティカルな曲」と彼女が認める“The Silence”だろう。スージー&ザ・バンシーズがアフロビートに興じるような緊迫感に満ちたトラックにのせて耳を引くのは、昨年ワシントンDCで行なわれたウィメンズ・マーチで録音されたチャント(〈My body, my choice(私の体のことは、私が選択する)〉〈Her body, her choice(彼女の体のことは、彼女が選択する)〉)のサンプリングと、〈沈黙がナイフの切れ味を鈍らせる〉と彼女が繰り返すリフレイン。

あるいは、彼女いわく「夢見がちでいることと、それに伴う純朴な無知さについて」の曲だという“Warning Bell”においても、ブリグジット/トランプ以降のポピュリズムの台頭に対する警告がそこには窺えるなど、今作で描かれているテーマが、パーソナルなことから政治的なこと、そして普遍的なことまで捉えた広い射程を持ったものであることがわかる。彼女は最近のインタヴューのなかでこう語っている。「わたしたちは自分の人生を望むかたちで生きていくために、シャープでい続けなければいけない。わたしたちは孤独にならないために、何を感じているかを口に出して、他人に知ってもらわなければならないの」。

Beauty is the new punk rock〉。12年前にファースト・アルバム『Real Life』をリリースした際にワッサーが当時のインタヴューで語ったその言葉とは、とりもなおさず、現在に至るまでの彼女の活動に通底するスローガンのようなもの、とも言うことができるのかもしれない。ミュージシャンとしてのアーティスティックな探求と、個人としてエンパワーメントすることが、彼女のなかでは分かちがたく結びついている。今度の最新アルバム『Damned Devotion』は、その音楽的な充実度やメッセージ性においても、現時点での彼女の到達点と呼ぶにふさわしい一枚。4年前に〈Hostess Club Weekender〉に出演した以来となる2度目の来日公演の実現にも、ぜひ期待したいところだ。