コンスタントなリリースで着実に己の価値を上げているFLY BOYのプレイボーイ。今年も届いた6枚目のニュー・アルバムは成長とさらなる挑戦を刻んだ力作だ!

ふだんの倍スタジオにいた

 神奈川は川崎出身のラッパー、KOWICHIがニュー・アルバム『Value』を完成させた。デュオのenmakuでの活動を経て2012年にソロ・デビュー・アルバム『THE CHIPS』をリリースして以来、ほぼ毎年のペースでオリジナル・アルバムを発表し、EPやミックステープといった形態でもリリースを重ねてきた彼だが、これほどまでにハイペースでリリースを続けられるラッパーは非常に稀有である。KOWICHIはまさにいま、もっとも脂が乗ったラッパーだ。

 「毎年アルバムを発表し続けているなかで、例えば『SheCRET』や『The Plain』はトピックも簡単だったし、一瞬で出来たアルバム。『SPLASH』あたりから制作に苦労しはじめた。と言うのも、音源制作してる以外はすべてツアーで地方を回ってるっていう生活がずっと続いていて、刺激がなかなかなくて新しいインプットもなくなったから。そのぶん、アウトプットできなくなっちゃったって感じで、一回制作を中止したこともある。今回は、ふだんの倍スタジオにいたっていうくらい苦労した」。

KOWICHI Value FLY BOY(2018)

 今回の『Value』の制作についてそう振り返るKOWICHI。〈値打ち〉を表すタイトルからは、ラッパーとして、そして一人の男性としても成長した彼の姿が垣間見える。キャッシュで車を購入したり、高級百貨店で買い物をしたり……と、普段の生活における羽振りの良さを表した描写も多い。

 「1曲目の“Value”をいちばん最初にフリースタイルで録った。その時に〈上がってくValue〉ってリリックが浮かんで、そのまま『Value』ってタイトルにしよう、って。裏テーマというか、ほとんどの曲にお金が絡んでる」。

 もともと、〈カネ〉はKOWICHIがよくテーマにしてきたトピックでもあったが、その反面、金に困らない現在の状況を憂う気持ちもラップしているのが印象的だ。本作の収録曲“Lost”では〈でも失ったものは何 失ったものは何/憧れた幸せ〉とみずからに問う。

 「たぶん億を稼いでも幸せになれないなって思っていて。次、生まれ変わったら会社員になりたいし、25~6歳くらいで結婚して、いわゆる超普通の生活に憧れる。これは昔から思ってたけど、特に最近、特にかなあ」と、その理由を話してくれたが、ラッパー・KOWICHIとして成功すればするほど、派手なイメージも相まって平凡な暮らしとのギャップが生じる。逆に言うと、そのギャップをより感じているということは、彼がラッパーとして軌道に乗った証拠なのかもしれない。

 

こっちのほうが新しくない?

 アルバムをリリースするたびに、他のラッパーたちとのコラボレーションの妙を楽しませてくれるKOWICHIだが、本作で目立つのは、加古川出身で18歳のMerry Delo、今年の〈サマソニ〉にも抜擢された注目クルーのNormcore Boyzに所属するYoung Daluといった、ここ1年、特にこの半年ほどの間にストリートを騒がせた若手ラッパーたちだ。もちろん、これまでに何度もコラボを重ねてきたBAD HOPからは今回もT-PablowとTiji Jojo、そしてVingoが参加しているし、同世代のラップ巧者であるAKLOの名前もある。新陳代謝が激しいヒップホップ・シーンにおいて、自分が先輩となって若者たちを育てていく立場にあるという自覚はある?

 「自分が育てなきゃとか、そういうことは特に思っていない。でも、ナヨいラッパーが増えてるとは思ってる。ガキだからしょうがないんだけど、俺たちが18の時を振り返って、〈そんなだったっけ?〉って思うことは多い。いわゆるヤンキーみたいなマインドの子がいないなって。そのなかでBAD HOPって俺のなかではめちゃくちゃスペシャルで、まるで昭和みたいだなって思う。マインドが〈昭和〉感全開なんだよね。対して、(Merry)Deloってすごくイマっぽいし、Young Daluなんてお台場が地元でさ、俺とは正反対なわけよ。でも、そこがおもしろいし、期待もしてる」。

 〈育てなきゃ〉という使命感はないながらも、例えばMerry Deloは彼自身の楽曲“Scooter”をKOWICHIのレーベルメイトでもあるDJ TY-KOHがリミックスを手掛け、そこにゲストとしてKOWICHIのヴァースが吹き込まれているし(KOWICHIいわく、Merry Deloは「ラッキーを呼べる男、かつ才能がある」とのこと)、以前からKOWICHIの作品に参加してきたERASERのことは「中身のヒップホップ度数が高い、気持ちがいい若者」と評し、「今回収録されているERASERのヴァースは、俺が寝て起きたらもう録れていて、かっこよくてそのまま採用した」と語るなど、若手をフックアップする前向きな姿勢はそこかしこに垣間見える。

 そして今回も多くのビートを手掛けるのはZOT on the WAVEだ。今年4月には共同でEP『KOWICHI on the WAVE』もリリースするほどの仲であり、KOWICHIの近作には常にビートを提供してきたプロデューサーでもある。グッチ・メインの隣にゼイトーヴェンが、ドレイクの隣にボーイ・ワンダーがいるように、KOWICHIの隣にはZOTがいる。しかし、それゆえの悩みも出てきたようだ。

 「ZOTと自分がちょっとマンネリ化しているとも思うこともあった。変な表現だけど、これ以上行くとセックスレスになっちゃうんじゃないか、みたいな関係(笑)。しかも、それって絶対リスナーにも伝わるし、よくないね、と。それに、同じことはやりたくないからなるべく進化させるしかないと思って、限界までけっこうがんばった感じ。前までは(ZOTとの制作は)サクサクやってたけど、今回は限界まで挑戦してみた」。

 そのチャレンジはKOWICHIのラップ技法の細部までに表れているようで、例えば「ガヤを一つ録り直すためにスタジオに行く」くらいだったそう。

 「常に新しいものを出し続けたいなと思っているんだけど、最近、何が新しいのか、自分の中の基準や考え方が変わった。例えば、ZOTが作るような世界基準の最新ビートに俺が最近っぽいフロウを乗せてるから新しいのではなくて、俺が(ふだん多用している)オートチューンを使わないで、ヴァースをフルにスピットする──こっちのほうが新しくない?と思うようになった。それから、もうちょっとシーンで生き残れるかなと思うようになったね(笑)」。

 いまの自分を「すごい幸せだし、いい方向に行ってるなって自分でも感じてる」と語ってくれたKOWICHI。本作のリリース後にはクラブ・ツアー、そして都内でのワンマン・ライヴも控えており、羽を休めて普通の生活を享受するにはまだまだ時間がかかりそうだ。しかし、絶え間なく動き続ければ動き続けるほど、彼のヴァリューはどんどん上がっていく。ラップをスタートしてから10年以上を数えるKOWICHIだが、彼がどんなラッパーとして成長していくのか、この先も共に見届けていきたいところだ。

 

『Value』に参加したアーティストの作品を一部紹介。

 

FLY BOY設立前のKOWICHIのアルバムを一部紹介。