ベルセバの音楽が彩る、母と息子の悲喜劇

ジャケットを見れば、ベル・アンド・セバスチャンの作品であることは疑いようがない。でも写っているのは男の子と中年女性。どうも様子がおかしいなと思ったならそれも当然、本作『Days Of The Bagnold Summer』は、2017年から昨年にかけて発表した3部作EP『How To Solve Our Human Problems』に続く彼らの新作であり、同名の映画のサントラでもある。

BELLE AND SEBASTIAN Days Of The Bagnold Summer Matador(2019)

 8月にロカルノ映画祭でお披露目された「Days Of The Bagnold Summer」(日本公開未定)は、役者としても活躍中のサイモン・バードの初監督作で、原作はカルト的な支持を集めるグラフィック小説。主役はジャケットを飾るふたり――モニカ・ドーランが演じるシングルマザーのスーと、アール・ケイヴ(パパはニック・ケイヴ!)が演じる彼女の息子ダニエルだ。15歳のメタルヘッドであるダニエルは、父が暮らすフロリダで夏休みを楽しむはずだったのにドタキャンを食らって、英国の退屈な郊外の町で母と6週間を過ごすことになり、それぞれに苦悩を抱えたふたりの静かなバトルを描く、英国らしい悲喜劇なのだという。

長年のベルセバのファンだったサイモンにそんな映画のサントラ制作を依頼された当時、撮影はまだ始まっていなかった。従って特定のシーンに準じた曲を書く必要はなく、原作と脚本にインスパイアされたバンドは新曲を用意すると共に、映画に合いそうな既発曲・未発表曲・蔵出し曲をサイモンに提示。そこから好きな曲を選んでもらった。最終的に本作には、“Get Me Away From Here I'm Dying”(96年のアルバム『If You’re Feeling Sinister』収録)、“I Know Where The Summer Goes”(98年のEP『This Is Just A Modern Rock Song』収録)、“Safety Valve”(バンド最初期の激レア曲)の新録ヴァージョンが収められ、ほかに4つのインスト曲と6つのヴォーカル曲を書き下ろした形だ。

『Days Of The Bagnold Summer』収録曲“Safety Valve”

 

人生のリアリティーを知っている大人だからこそ出せるホロ苦さ

何しろ映画は未公開で映像と突き合わせることはできないけど、そこはベルセバ、単なる状況描写やセリフの代用に留まらない曲の数々はたっぷり余白を含み、想像力を刺激する。例えば、イントロに続く“I Know Where The Summer Goes”は早速聴き手を夏に誘うのだが、その夏というのは、明らかに夏が苦手な人にとってのかったるい季節。“Wait And See What The Day Holds”も夏の空気の重さを醸していて、自分が病気だと思い込んでいる主人公は白日夢に逃避を求めているかのよう。

さらに具体的にストーリーに絡んでいるのは、“Did The Day Go Just Like You Wanted”や“Another Day, Another Night”だ。前者でのスチュアートはどうやら、ファースト・ヴァースはダニエルに、セカンド・ヴァースはスーに語りかけており、ふたりの悩みに触れて、人生に落胆や苦しみはつきものなのだと諭す姿はどこまでも優しい。〈完璧な家庭に平和は見つからない/完璧に見える男にはどこかにヒビがある〉というくだりは、ダニエルが理想化していた父のことを仄めかしているのだろう。

『Days Of The Bagnold Summer』収録曲“Did The Day Go Just Like You Wanted”
 

他方の“Another Day, Another Night”は、ヴォーカルを担当するサラ・マーティンが、スーの目線でフェミニンなタッチで綴った1曲。スーは図書館に勤める地味な女性だが、ここでは昔の恋人を思い出して、秘めた情熱を覗かせている。そう、メンバーは年齢的にダニエルよりスーに近いわけで、中には“I'll Keep It Inside”みたいに現在進行形で10代の体験を歌うケースもあるが、回想モードで若い頃に想いを馳せる曲にはやっぱりすごく説得力がある。

男性の立場からかつての恋人に歌いかける“This Letter”も然りで、〈10代の夢は決して目的を完遂できないんだよ〉とホロ苦い気持ちを口にできるのは、人生のリアリティーを知っている大人だからこそ。ちなみにこの曲は、〈イカれて右に傾いている世界〉にも言及している。ベルセバは『Girls In Peacetime Want To Dance』(2015年)で、ハートの中身だけでなく外の世界で起きていることにも目を向けはじめたが、その傾向は着々と引き継がれているようだ。

『Days Of The Bagnold Summer』収録曲“This Letter”

 

不器用にしか生きられない人たちに寄り添う歌

そして、映画の冒頭とエンディングに配置されているという“Sister Buddha”は、書き下ろしではないものの事実上のテーマソングと位置付けてよいのだろう。ご存知のようにスチュアートはここ数年仏教に深い関心を抱いており(『How To Solve Our Human Problems』にもその影響が表れていたし、“This Letter”にも〈生まれ変わり〉という表現がある)、この曲もタイトル通り、仏教の思想に根差している。

『Days Of The Bagnold Summer』収録曲“Sister Budah”
 

父親みたいな目線で歌う彼は、人間の本質的な善良さを強調。〈他者に心を開いて、お互いに寄り添って生きなければならないのだ〉とダニエルとスーに訴えかけているように聴こえる。同様に複雑な親子関係を描いたU2の名曲“One”が、思い切りポジティヴに振り切れた感じ――とでも評しておこうか?

「Days Of The Bagnold Summer」はきっと悲しくて、切ない映画に違いない。でも究極的には、ポジティヴで暖かな気持ちに導いてくれるだろうことを、本作は雄弁に物語っている。なぜってベルセバはいつだって、ビターなのにスウィート、スウィートなのにビターな歌で、ダニエルとスーのごとく不器用にしか生きられない人たちに寄り添ってくれるのだから。