ジョージ・フロイドの死
2020年5月25日、米ミネソタ州ミネアポリスのパウダーホーンでアフリカ系アメリカ人の男性、ジョージ・フロイド(George Floyd)が亡くなった。白人警察官のデレク・ショーヴァンが8分46秒間にもわたってフロイドの頸部を膝で抑え続け、死なせたのだ。フロイドはその間、「お願いだ」「息ができない」「ママ」「殺さないでくれ」と懇願し続けた。フロイドの拘束に関わったショーヴァン、トウ・サオ、トーマス・レイン、J・アレクサンダー・クングの4人は警察を解雇され、ショーヴァンは第3級殺人罪などで起訴されている。
フロイドの死がアメリカにおいて大きな問題へと発展していったことは、先週金曜日に更新した洋楽連載〈Pop Style Now〉の冒頭でも触れたとおり(そこで語ったように、彼がもともとラッパーだったというのは驚きだった)。フロイドが拘束されている様子は一般の人々によってビデオに収められ、ソーシャル・メディアで拡散。警察官の暴力(police brutality)と制度的人種差別(systemic racism/司法や雇用、政治などにおいて人種差別が制度化されていること)に反対する声が上がっていった。ブラック・ライヴズ・マター(Black Lives Matter)運動は、再び大きなうねりとなったのだ。
これらの動きはインターネット/ソーシャル・メディア上での活動に留まらず、現実のデモに発展している。フロイドの死の翌日、5月26日に始まったミネアポリスでの抗議活動のように、群衆が暴徒化したことで暴動と略奪にまで過激化してしまった例もある。デモはNYCやLAなど、100以上の都市に波及したことが報じられている。
人種差別に抗議し、デモに参加するミュージシャンたち
フロイドの死を悼む声、そして警察官の暴力と人種差別への抗議は、もちろん音楽の世界でも広く発せられている。ビヨンセ、ジェイ・Z、レディー・ガガ、アリアナ・グランデ、チャンス・ザ・ラッパー、トラヴィス・スコット、ビリー・アイリッシュ……。数え上げればきりがないが、多くのアーティストと音楽関係者が声を上げ、デモに参加した者も少なくない(テイラー・スウィフトはドナルド・トランプ大統領を直接非難した)。
アーティスト/音楽関係者による活動は、抗議の表明やデモへの参加だけではない。例えば、ドレイクが黒人による慈善組織〈National Bail Out〉に10万ドルを寄付したように、ブラック・コミュニティーのサポート、あるいは抗議者や抗議活動による逮捕者を支援する寄付運動も行われている。
Mikikiにも寄稿してもらっているライター、shukkiの指摘によれば、ラッパーのノーネーム(Noname)は刑事事件の保釈や一時入国保証をサポートする非営利団体〈Minnesota Freedom Fund〉への寄付を呼びかけた。これには、ジャネール・モネイやサンダーキャットといった数多くのミュージシャンが賛同して、寄付を行ったようだ。
Noname、ミネアポリスでの警察官による人種差別に抗議するため、Minnesota Freedom Fundに$1,000寄付して「マッチして」とツイート。
— shukki (@shukki) May 29, 2020
6lack、Aminé、Kehlani、Smino、Janelle Monáe、J.I.D、Rico Nasty、Thundetcat…ミュージシャンたちが続々と同額$1,000寄付して「Matched!」と…💪 pic.twitter.com/KhH28dQICt
他に、「Jazz The New Chapter」シリーズで知られる音楽評論家の柳樂光隆によるツイートで知ったのは、言わずと知れたジャズの老舗レーベルであるブルーノート・レコーズが、警察官による黒人への暴行や殺害を扱った作品/楽曲をTwitterで紹介していること。下掲は、トランぺッターのアンブローズ・アキンムシーレ(Ambrose Akinmusire)によるアルバム『Origami Harvest』(2018年)を取り上げたものだ。『Origami Harvest』は、2009年に警察官によって射殺されたオスカー・グラントに捧げられている。
On Ambrose Akinmusire's 1st Blue Note album he memorialized Oscar Grant (“My Name Is Oscar") On his 2nd it was "Rollcall For Those Absent" (Kendrec McDade, Patrick Dorismond, Trayvon Martin) On "Origami Harvest" it was “Free, White & 21” (Tamir Rice, Michael Brown, Wendell Allen) pic.twitter.com/bqGlkc3xGA
— Blue Note Records (@bluenoterecords) May 30, 2020
追いきれないほどの情報が飛び交い、多数の発言や活動がなされているなかでも私が特に感動したのは、ラッパーであり、活動家でもあるキラー・マイク(Killer Mike)によるスピーチだった。
キラー・マイクは5月29日、アトランタ市長で黒人女性のキーシャ・ボトムズによる記者会見に登壇して、暴徒化した人々に向けたスピーチを行った。それを報じたPitchforkの記事を、少しかいつまんで訳してみよう。
マイクはまず、警察官へのリスペクトを表明し、自身の父のように法執行機関に勤める家族に言及した。警察組織のなかで黒人警察官が差別されてきたことも認めたうえで、「そして、私は白人警察官が黒人男性を殺害するのを見た」。
「私は、シンプルにこれだけを言いに来た。あなたちがすべきことは、怒りによって自分自身の家を焼き払うことではない。あなたたちがすべきことは、自分自身の家を守り、固めることだ。団結の時に、あなた自身が避難のための家になるのかもしれないのだから。いまこの時は、戦略や団結、結集のための時なんだから」。
スピーチ中、マイクは地方選挙への投票によって制度を変えることを呼びかけた。「私は猛烈に怒っている。世界が焼け落ちてしまえばいいとも思った。これ以上、黒人たちが死ぬのを見たくはないから。彼は、ライオンがシマウマに噛み付くかのように、9分間も人間の首を膝で抑えつづけたんだ」。
「だから、子どもたちは街を焼いて回っている。それ以外に方法を知らないから。私たちには、いますぐに事態を改善すべき責任がある。1人の警察官が公訴されればいいのではない。4人の警察官が裁かれなければならない。私たちが求めているのは、標的が焼かれることではない。私たちが求めているのは、制度的な人種差別を焼き落とすための制度だ」。
〈暴力によるものではない正義と公正を求めよう〉と冷静に、かつエモーショナルに人々に呼びかける、素晴らしいスピーチだと思った。