堂本剛の過去作品、そのデジタル配信第2弾がスタート
去る6月、KinKi Kidsの堂本剛によるソロ・プロジェクト〈ENDRECHERI(エンドリケリー)〉がニュー・アルバム『LOVE FADERS』をリリースした。これに併せて過去3作品(『HYBRID FUNK』『one more purple funk... -硬命 katana-』『NARALIEN』)のデジタル配信が始まったことは、こちらの記事でお伝えしたとおり。
7月15日、さらに、堂本がこれまで発表してきた10作品、82曲のデジタル配信がスタートした。今回解禁されたのは、2009年に始まった〈美 我 空(びがく)〉、そして2011年に始動した〈SHAMANIPPON(シャーマニッポン)〉というプロジェクトでリリースされたアルバムやシングルだ。
堂本がさまざまなアーティスト名義/プロジェクトのもとで多角的に発信してきた作品群が、デジタルなプラットフォーム上でいよいよカタログ化されてきた。前稿で書いたように、このディスコグラフィーの整理作業によって〈堂本剛〉というアーティストの全体像がはっきりと結ばれつつある。
本稿では、これらの作品について、主に音楽的な側面を語っていきたいと思う。
〈剛 紫〉による〈美 我 空〉(2009年)
『空 〜美しい我の空』『美 我 空 - ビ ガ ク 〜 my beautiful sky』
まず、今回配信が始まった作品のなかでもっとも古いものは、2009年4月に同時リリースされたシングル“空 〜美しい我の空”とアルバム『美 我 空 - ビ ガ ク 〜 my beautiful sky』だ。2作は堂本のキャリアにおいては〈美 我 空〉というプロジェクトであり、〈剛 紫(つよし)〉というアーティスト名義で発表されたもの。
〈剛 紫〉という名前の〈紫〉には、〈赤=情熱〉と〈青=クール〉を足した色、という意味合いが込められているらしい。とはいえ、もちろん〈紫〉は堂本が敬愛する音楽家・プリンスを象徴するカラーであり、当然彼へのリスペクトやトリビュートも込められているはず。

シングル“空 〜美しい我の空”は、堂本の作品にたびたび登場する故郷・奈良の空をテーマとするバラード。篳篥(ひちりき)をメインに演奏する雅楽師の東儀秀樹が参加しており、みずから撮影したというジャケット写真からはパーソナルな雰囲気が伝わってくる。
やはり印象的なのは東儀の笙と篳篥の音色だが、旋律は日本的というわけではない。なので、ロック色の強い楽曲に笙や篳篥の響きが加わり、洋と和の融合が試みられているように感じる。
また繊細に、切々と歌う堂本の歌は名唱だ。故郷をテーマにしながらも、その詞は喪失感に満ちあふれている……。

一方、アルバム『美 我 空 - ビ ガ ク 〜 my beautiful sky』は12曲で美 我 空の世界を描いたもの。
幕開けのインストゥルメンタル“美 我 空”がおもしろい。尺八や笙、篳篥、琴などがオリエンタルな旋律を奏で、スペ―シーな電子音とロック・ギターが絡まり合い、ファンク・セッションへと雪崩れ込んでいく。ここですでに、堂本流のハイブリッドなファンクがほとんど完成していることに驚く。
しかしアルバム全体の印象としては、削ぎ落されたシンプルなロック・アンサンブルを志向しているように感じる。
“吠えKey”“Raindrop Funky”や“FUNKAFULL FUNKAFULL”はホーンやベースライン、ギターのカッティングなどが印象的なファンク・ナンバーではあるものの、ENDRECHERIとしてファンク道をまい進する『NARALIEN』(2019年)や『LOVE FADERS』の楽曲と比べると、グルーヴの粘りよりも軽快さや抜けの良さが強調されている。だが、『NARALIEN』で再録されることになる“NIPPON”が収録されていることも見逃してはならないだろう。
だからこそ、ファンク・シンガーとしてパーカッシヴな歌唱や艶めかしいヴォーカリゼーションを究めつつある近年よりも、この頃の堂本の歌はメロディーを美しく歌うことや、歌詞をエモーショナルに表現することに重きを置いているように感じる。その証拠に、初期レディオヘッドのような“TALK TO MYSELF”や“愛詩雨”“素敵な詩 孤独な詩”といったアルバム前半のロック・バラードには、堂本の魂がそのまま差し出されているかのような、私的で、なおかつ孤独な手触りがある。
青空と白い雲を写したジャケット写真は、なんとなくプラスティック・オノ・バンドの『Live Peace In Toronto 1969』(69年)のよう。あのアルバムの邦題は、〈平和の祈りをこめて〉だった。
〈堂本剛〉による〈SHAMANIPPON〉(2009~2011年)
『RAIN』『縁を結いて』『Nijiの詩』
それに続くのは、〈堂本剛〉名義で発表された『RAIN』(2009年)、『縁を結いて』(2011年)、『Nijiの詩』(2011年)という3作のシングル。いずれの作品も、音楽的には美 我 空のサウンドの延長線上にあると言っていいだろう。

『RAIN』のオープニング・ナンバー“Sunday Morning”は、ドラム、ベース、ギター、ピアノを堂本が一人で演奏した(!)楽曲で、この一人多重録音スタイルはプリンス(そして、彼をリスペクトする岡村靖幸)のそれをほうふつとさせる。
美 我 空よりもさらにパーソナルな表現に感じられるが、シンプルなホーンのフレーズに閉塞感はなく、開かれた印象を聴き手に与える。
12分強の大曲“音楽を終わらせよう”と表題曲“RAIN”はライブ録音で、堂本のパフォーマーとしての凄みを生々しく見せつけると共に、やはりどこか喪失感を湛えている楽曲だ。堂本によるソロ・ピアノの後者は、孤独な音楽家の姿を優しく提示している。

続く『縁を結いて』は、〈奈良にある芸能や音楽といった世界に「縁」のある神社〉で収録された。レーベルはここから〈SHAMANIPPON〉になっている。
タイトル・ソングはピアノを中心にしたバラードで、鈴の音色が神秘的な響きをもたらす。テーマは〈美しきくに…日本〉。堂本の作品を貫くパトリオティックな思いや祈りが強く表出している。
また、カップリングの9分のインストゥルメンタル“時空”は、和太鼓をフィーチャー。次のバラード“赤いSinger”と共に、シングルでありながらも濃密で統一感のある世界を形成している。
なお、『縁を結いて』は東日本大震災の直後である2011年4月にリリースされた。奈良の美しい景色を捉えたジャケット写真は、なんでもない風景(堂本の故郷)を切り取ったものだが、リリースの時期を考えるとぐっとくるものがある。“縁を結いて”の歌詞も、当時は切実に響いたはずだ。

そして『Nijiの詩』は、新たなプロジェクト〈SHAMANIPPON〉からリリースされた最初の作品。各エディションの収録曲をまとめた5曲入りの〈Complete Edition〉として配信されている。
1曲目の“Nijiの詩”は、エレクトロニカ風の電子音による導入からピアノ・バラードへ、そしてバンド・サウンドによるロック・バラードへと発展していくドラマティックな構成。コンセプトは〈水と傷〉だという。
“カケタ オイカケタ”は優しいローズ・ピアノと力強いファンク・ホーンが好対照をなしている一曲。
他に、十川ともじのピアノと堂本の歌だけの“寧日”、密室的なドラムの響きや音作りがおもしろい“Technologia - 意思”、堂本のソロ・ピアノによる11分間の“月 - ツク”が収められており、またも濃密なシングルになっている。
堂本剛の〈ファンク〉の開花と米南部音楽志向(2012~2014年)
『shamanippon -ラカチノトヒ-』『瞬き』『shamanippon -ロイノチノイ-』

ここまで内省的でパーソナルな作品が続いていたが、ついにアルバム『shamanippon -ラカチノトヒ-』(2012年)で現在の堂本の音楽性に繋がるような〈ファンク〉が花開いていく。
堂本が〈shamanippon〉とチャントのように繰り返すファンク・ロック“shamanippon 〜くにのうた”がまず鮮烈だ。これは、当時彼が構想していたという共和国〈SHAMANIPPON〉の建国宣言だろうか。
ちなみに〈SHAMANIPPON〉とは、「自分の中にある愛とかを自分に憑依させて、その中でトリップして表現するための架空の国」だそう。「誰でも参加でき」、「宗教は意味を持たなくて自分のみが意味を持」ち、「自分がそこにあると信じればそこにある」ものがSHAMANIPPON。「政治が乱れている今の日本よりは、もしかしたら面白いことができるんじゃないのかなぁ?」という憂いも語っており、単純な現実逃避やスピリチュアリズムではなく、堂本の〈理想の未来〉の投影だと思われる。
そんな前向きなヴィジョンが投影されているのだろうか、これまでの作品とは打って変わって、とにかくアッパーに攻めていく。スライ&ザ・ファミリー・ストーン風の“に ひ”で〈あたらしい 次元へ ゆこう〉と歌われるのも〈SHAMANIPPON期〉の堂本らしく、同時にそれはENDRECHERIでの宇宙的な愛を歌うファンクを予見させる。
ライブ録音だとおぼしき長尺のファンク・セッション“TUKUFUNK”(屋敷豪太のドラム・ソロが凄まじい)は、まるでジミ・ヘンドリックス × Pファンクといった感じだ。ファンクのゴッドファーザー、ジェイムズ・ブラウンのスタイルを思わせるタイトな“一鼓動 ~1 beat”では、ラップに近い言葉を詰め込んだヴォーカリゼーションを聴くことができる。
注目したいのは“Mind ligt blues”。堂本の艶っぽいヴォーカルも素晴らしいが、ブルース~ブギウギに挑んでいるところがかなりおもしろい(堂本のディスコグラフィーに、このような曲は他にないのでは?)。
SHAMANIPPON期の堂本の作品には音楽的な遊び心や〈あれもこれも〉という豊饒さがあり、どんどんソリッドになっていく現在のENDRECHERIとはまたちがったおもしろさを感じる。

『瞬き』(2013年)は、モノクロのポートレートがあしらわれたジャケットが印象的なシングル。
キャッチーだが切ないメロディーを狂おしく歌うバラードの表題曲はフォーク・ロック調だが、ブリッジで琴や鈴の音色が入ってくることで曲調がガラッと変わるあたり、とても堂本らしい一曲。
驚かされたのは、和の意匠を取り込んだエレクトロ~EDMの“Welcome to shamanippon”。
また、ブルージーなギターとゴスペル風のコーラスがローリング・ストーンズっぽい“縁 - groovin’”も素晴らしく、繰り返しになるが、こういった音楽的な振れ幅の広さは(特にこの時期の)堂本というアーティストの個性だと感じる。

次なる作品はアルバム『shamanippon -ロイノチノイ-』(2014年)で、タイトルからは『shamanippon -ラカチノトヒ-』との強い連続性を感じさせる。
配信版のオープニング・ナンバー“I gotta take you shamanippon”は、前述の“縁 - groovin’”(アルバムでは2曲目に配置)を引き継いだファンキーなロックンロール。初期スライ&ザ・ファミリー・ストーンやローリング・ストーンズ、あるいはアメリカ南部音楽を志向していた頃のプライマル・スクリームを思い起こさせるソウルフルな逸品だ。
冒頭の2曲に引っ張られるように、アルバム全体からは、〈ファンク〉というよりも、広くアメリカ南部音楽からの影響が香り立つ。“イノチトボクラ”“美しき日”“Ginger”“shamaspice”“shamadokafunk - 謝 円 音 頭”など、後半の一連の楽曲は、ホーン・セクションやピアノ、エレピがリズミカルに響く、アーシーで泥臭いアレンジだ。なかでも“美しき日”は、堂本らしい切ないソングライティングとサザン・ソウルとの出会い、といった趣。
堂本剛の〈ファンク〉の進化と変化(2015~2016年)
『TU』『Grateful Rebirth』

2015年に発表されたアルバム『TU』の音楽については、リリース当時のbounceの記事が特に詳しい。
『TU』は、堂本という音楽家にとって重要なターニング・ポイントだと言えるだろう。というのも、土臭くてどこかルーズだった南部志向の前作から一転、現在のENDRECHERIに直接繋がるタイトな〈ファンク〉、しかも〈ハイブリッドなファンク〉への志向が、アルバムを貫いているからだ。
ナンセンスなユーモアや言葉遊びによるミニマルな日本語をファンク・ビートに乗せてパーカッシヴに歌う堂本のヴォーカル・スタイルも、この頃からはっきりと打ち出されるようになってきた。これは〈TU(トゥ)〉という意味のない言葉をタイトルに掲げているあたりにも顕著だ。
1曲目の“Tu FUNK”は、そういったことを全面的に開陳した楽しい快曲。パーラメント風のヘヴィーなファンク・ビートが執拗に反復され、その上をソウルフルなスキャットやヴォコーダーのコーラスが飛び交い、さらにはオリエンタルなメロディーがすっと飛び込んでくる。堂本にしか作りえない音楽、という感じだ。
“恋にも愛にも染まるような赤”“心眼 接吻”“まだ 見ぬ 最愛”などからは、まだロック色も感じる。しかし、いずれもファンクにロックが注入されている印象で、バンド・アンサンブルの骨や核の部分が〈ファンク〉になっている。
そんななかで本作の主眼にして真骨頂は、R&Bの“Funky舌鼓”や、まるでブルーノ・マーズな80sブギー風の“EENEN”“魂サイダー”などだろう。
一方で、60年代のリズム・アンド・ブルースやポップを思わせるゴージャスな“Heart Disc”のアレンジは、前作からの連続性とさらなる洗練を感じておもしろい。

さて。ようやく最後の作品にたどり着いた。ミニ・アルバム『Grateful Rebirth』(2016年)は、ENDRECHERIの『NARALIEN』でリメイクされた“Believe in intuition・・・”で幕を開ける。過剰なサウンド・エディットによって、エレクトロニックでスペ―シーな独特のファンクネスを練り上げている。
“T & U”は打って変わってオーセンティックかつタイトで、ハイテンションなファンク。しかし、タブラやシタールが鳴っており、一筋縄ではないかない。
“Paint it, fill it with love”は一聴するとスライ&ザ・ファミリー・ストーンっぽいものの、センターと右チャンネルで鳴っているギターがアフロビートのニュアンスを帯びており、不思議なグルーヴを生み出している。
バラードの“ある世界”は水の音のサンプルが鳴っているユニークな曲で、スライ・ストーン~シュギー・オーティス風のリズム・ボックスがとてもパーソナルな響きを持つ。〈本当の自由は心の中にある〉と、インナー・スペースを重視する堂本らしい歌詞とサウンドが絶妙にマッチしている。
以上、デジタル配信が解禁された堂本の作品を、かなり駆け足で振り返ってみた。こんなにも分厚いディスコグラフィーを持つ堂本剛という音楽家とその作品に迫るには、このようなテキストでは不十分だろう。
今回2009~2016年の、ENDRECHERI以前の堂本のキャリアを見通してみて驚いたのは、まったくブランクがないことだった。しかも、ハイペースな活動のなかで残してきた作品は、いずれも濃密で濃厚。他の音楽家では、こうはいかないだろう。
そのうえ堂本はKinKi Kidsでの活動なども並行してやっているわけで、そう考えると、彼のミュージシャンとしての体力は超人的。これほどまでに創作意欲にあふれたハード・ワーキンな音楽家が、他にいるだろうか。並みのミュージシャンではないことはたしかだ。
現在ENDRECHERIに注力している堂本にとって、美 我 空やSHAMANIPPONといったプロジェクトは過去のものかもしれない。しかし、ENDRECHERIがどこかで〈ENDLICHERI☆ENDLICHERI〉(2005~2008年)に繋がっているように、これらのプロジェクトが〈Rebirth〉する可能性も残されている、かもしれない。だからこそ、レガシーであるこれらの作品がこうして全世界に向けて開かれたのではないだろうか。
堂本剛というアーティストのことを深く知り、そのキャリアを俯瞰できるように、ENDLICHERI☆ENDLICHERIとして発表した楽曲やそれ以前のソロ作品の配信も解禁されることを願うばかりだ。

