音楽において、〈90年代〉は2010年代ぐらいまで歴史に組み込むには時期尚早なイメージがあった。これは筆者の個人的な肌感覚にもよるが、90年代の勢いで走り続けたのが2000年代、その余波と変革の予兆が混在していたのが2010年代だったように思う。
そして2020年代以降、ファッションなど他のカルチャーも巻き込む形で〈90年代〉のリバイバルが急速に進んでいる。特にここ数年のJ-POP自体の多様化により、その根源でもある90年代の日本の音楽を再考する機会は増え、そこから新しい視点や発想が生まれているのも確かだ。その上で、本書はJ-POPを再考するために欠かせない1冊として、今後その価値が更新され続けていくことになるだろう。
本書はそのタイトルどおり、アーテイスト/アルバムを100作品取り上げている。具体的には90年~99年までを1年10枚ごとにレビューしているが、綴られている文は著書個人の主観は控えめに、あくまで客観的、俯瞰的に90年代の日本の音楽を捉えている。ある種クレバーではあるが、そのアルバムが当時どのような経緯や背景で生まれたのか、その作品がアーテイストにとってどのような意味を持ったのかを浮き彫りにし、今にしっかりと伝えている。
サザンオールスターズ『Southern All Stars』(90年)に始まり、X JAPAN『ART OF LIFE』(92年)、Mr.Children『Atomic Heart』(94年)、フィッシュマンズ『空中キャンプ』(96年)といったバンドはもちろん、安室奈美恵『SWEET 19 BLUES』(96年)、浜崎あゆみ『A Song for ××』(99年)、宇多田ヒカル『First Love』(99年)などの名だたるシンガー、さらにKinKi Kids『A album』(97年)やモーニング娘。『ファーストタイム』(98年)といったアイドルからHi-STANDARD『MAKING THE ROAD』(99年)といったインディーズバンドにいたるまで名盤が並ぶ。そんな錚々たる作品が並ぶ目次だけを見ても、90年代が日本の音楽史にとってどれほど大きなターニングポイントだったかがわかるはずだ。
また、レビューの合間に挟まる3本のコラムも、当時の音楽シーンの全貌を把握する上で必要不可欠な要素を取り上げている。そうしたレビューとコラムで編まれた本書からわかること、それは〈90年代J-POP〉は当時の日本がいかに豊かで、いかに異常だったかを伝える〈社会の映し鏡〉でもあったということだ。