©Ayano Sudo

「誰もみてくれないようなところを面白がってくださった一柳さんの言葉にものすごく励まされました」

 日本を代表するコンサートホール、サントリーホールが開館したのは1986年10月のこと。その翌年から、毎年夏にサマーフェスティバル(91年まではサマースペシャル)と題された特別公演が執り行われるようになり、89年からは徐々に現代音楽が中心となる音楽祭へと姿を変えていった。それまで日本で演奏されたことのなかった音楽と作曲家を多数紹介してきた功績はあまりに大きい。特に60年代以降に生まれた現代音楽の作曲家たちにとっては、現代音楽版の芥川賞ともいうべき芥川也寸志サントリー作曲賞(旧:芥川作曲賞)の存在込みで、欠かせぬものとなっている。2010年の受賞者である山根明季子もこう語る。

 「すっごく刺激をもらっています。学生時代は関西に住んでいたのですが、秋吉台(山口県)や武生(福井県)の講習会に行くようになると(現代音楽関係の)友達が出来るようになって。そしてやっと東京でサマーフェスティバルに行った時は本当に衝撃でしたし、現在に至るまで刺激を受け続けています。どれもこれも記憶に残っていますが、三輪眞弘さんの“村松ギヤ・エンジンによるボレロ”は驚きましたね(笑)」

 詳しくは各自ググっていただきたいのだが、それまでメディア・アートを中心に作曲していた三輪がはじめて手掛けたこの管弦楽曲は、30分近くをあるワンアイディアで貫き通した大・大・大問題作。物議を醸しながらも、2004年の芥川作曲賞を受賞して話題を呼んだ。山根の作品もノミネートした2007年、受賞した2010年、そして受賞者への委嘱作が初演された2012年と、3度にわたり音楽祭で演奏されてきたが、今年は2013年から新しく始まったザ・プロデューサー・シリーズで新作と旧作が取り上げられる。山根を選んだのは、作曲家として歴代3人目となる文化勲章を受章した御年87歳の一柳慧だ。日本にジョン・ケージ・ショックをもたらした張本人としても知られている。

 「印象に残っているのは、2010年のトーキョーワンダーサイト×N響の共同企画のときに一柳さんが聴いてくださって、私の作品について他の人が見てくれていないようなところを面白がってくれたんです。どこにも伝わらなかったら、しょぼくれていくしかないんですけど、一柳さんの言葉にもの凄く励まされました」

 後進の作曲家たちを理解し、鼓舞する一柳の姿からは、高齢となってもプロデューサーとしての力量が衰えていないことを感じさせる。こうした存在がいるからこそ、若い作曲家は自分が信じる道を突き進めるのだ。

 「私の“水玉コレクション”シリーズでは、一音の質感を追求しているんです。質感というのは楽譜上になかなか確定できないので、それをひとつひとつ丁寧に書いていきます。今回再演される4番では、室内オーケストラでどういう音が出来るのかを考えつつ、ちょうど出産直後だったので、子どもが夜中に起きないかビクビクしながら書いていましたね。“水玉コレクション”の1番を書いているなかで浮かんできた自分が書きたい音があって、それに近いのが実はこの4番なんです」

 日本の現代音楽にポップな風通しの良さをもたらした山根の代表シリーズの原点を知るためにも4番は重要作なのだ。一方、今回のために書き下ろされた新作の管弦楽曲“アーケード”は少しコンセプトが違う。

 「アーケードというのはゲームセンターのことですね。“水玉コレクション”では視点が音の外側にあったんですけれど、この“アーケード”では視点が一音の内側に入り込んでいるんです」

 この考えは“くるくるおどりゑ”(2014)や“アミューズメント”(2018)でもみられたもので、後者について山根は〈物質的モデルはパチンコホールやゲームセンターなどのアミューズメント空間。音響の模写ではなく、質感の転写を試みている〉と語っており、曲中にはゲーム音楽のような8ビット風の電子音まで登場する。

 「インスタント(即席)な欲望に強い興味があるんですよ。西洋音楽に育てられてきましたが、自分の生きている感覚に即した今の時代のものをどうしたら書けるのか、いつも考えています」

 新作“アーケード”では、このコンセプトが初めて大オーケストラに適応されることで、間違いなく既存のオーケストラらしからぬ、けれども我々が生きる現代社会を反映した作品が生まれるはず。普段、現代音楽を聴かない方も要チェックだ。