2020年の東京で全貌をあらわす21世紀のアヴァンギャルド
1987年の夏、記念すべき第1回を開催したサマーフェスティバルは20世紀音楽を中心に今日の作品を特徴的なテーマをもうけながら紹介してきた、老舗音楽祭で、2018年の32回目から〈サントリーホール サマーフェスティバル〉と改称し、令和に入って今回が2回目である。私は〈東京の夏〉が2009年になくなったので、かさなるところもすくなくなった〈サマーフェス〉(と以下は略します)の動向にはなにかと注目してきた。なんとなれば、あらゆる芸術分野で表現形式が払底したかにみえるポストモダン状況下で主題をもうけプログラムを組むことそのものがひとつの提案であり、他者への、あるいは自己自身への問いをふくむのだからそこには根拠となる観点があるにちがいない。何も決断的なつよいものでなくてもいい、むしろそのようなつよさはときに抑圧めいて働くやもしれず、注意がいる。だがリスクヘッジの名のもとに、総花的な顔ぶれになるのもつまらない。私は〈サマーフェス〉が楽しみなのはこのような理由による。
〈サマーフェス〉がプロデューサーを立てた体裁になったのは数年前から。〈ひらく〉を合い言葉に毎年ひとりの監修者と併走するスタイルも定着した観がある。本年のプロデューサーは作曲家の一柳慧がつとめている。いうまでもなく、わが国を代表する音楽家で、自身もピアニストであることに由来するピアノ曲やマリンバなどの器楽曲、交響曲をはじめとした大小さまざまな管弦楽、オペラや映画音楽にもすぐれた作品をのこしたその業績を列挙するには本稿の余白はあまりに狭いが、20世紀の音楽を積極的に紹介してきた〈サマーフェス〉としては満を持しての登場といえるであろう。そのテーマもふっている――、というより身震いさえもよおしたのだが、それは〈2020東京アヴァンギャルド宣言〉と銘打っていたからである。
アヴァンギャルドとは音楽祭の公式HPに片山杜秀氏が記されるとおり、仏語で〈前衛〉を意味する軍隊用語が転じて野心的な試みの表現をさしはじめ、20世紀後半まで芸術分野の指針となった。モダニズム=近代主義といっても事情は同じで、近代化こそ前進の謂との熱い思いが前衛の語には脈打っている。これとよく似た語に〈実験〉というのがあり、グラフィックスコアなどの演奏者の解釈が介在する作品の結果の予測不可能性をさす実験の語を、私は前衛と区分する立場だが、現実的にはさほど厳密につかいわけはなされないようである。個々の作品の構想よりそれによりもたらされる思考の前進性を作家の思考とみなす一柳慧であれば、〈アヴァンギャルド〉の語に、定義めいた形式的な区分よりも音楽にむかう思考の前衛性のニュアンスをこめたのではなないか。そのような推測を誘う多彩なラインナップの〈2020東京アヴァンギャルド宣言〉である。
今回は室内楽とオーケストラのふたつの軸があり、8月19日のオンラインのプレイベントを皮切りに月内を目途に開催する数回のコンサートで、一柳をはじめ、権代敦彦、杉山洋一、山本和智、山根明季子、森円花の5名の委嘱作をふくむ世界初演作や、高橋悠治やシュトックハウゼン、エリオット・カーターら、20世紀音楽の偉人たちの作品もとりあげることになっている。その総体がしめすものこそ2020年の東京のアヴァンギャルドであり、これを書いている時点では予測もつかないが、ひとつだけいえるのはノスタルジーにふけることはあるまいということである。昨年はじめ「前衛音楽入門」と題した書物を上梓した身にすれば、ポストモダニズムの世界に埋没したかにみえたアヴァンギャルドなる概念が息をふきかえしたのは、歴史の終わりのかけ声にうながされ短絡した最適解の前でぬくぬくと思考停止するカント主義的な有限性への批判、すなわち人間中心主義批判への再批判とでもいうべき実存回帰のなかで、アヴァンギャルドなる語の志向(指向)性があざやかさをいやましたからではないか──と感じているが、そういった理路をたとえ共有せずとも、アヴァンギャルドの旗のもとに集うものには通じ合うものがきっとある。一柳慧はその旗頭と呼ぶべき存在であり、幾多の形式はむろんのこと、時間や空間といった音楽の原理の側面、東日本大震災や原発事故、それらと深くかかわる日本という国の来し方行く末に思い馳せた作品をものしてきた一柳にとって、コロナパンデミックで先のみえない時代をむかえたいまこそ、思考の前線を拓くときなのであろう。私たちもまたそこに加わるべく、ふるえて待ちたい。
EVENT INFORMATION
サントリーホール サマーフェスティバル2020 ○2020年8月22日(土)~8月30日(日)
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/summer2020/
ザ・プロデューサー・シリーズ 一柳慧がひらく~2020東京アヴァンギャルド宣言~
室内楽XXI-1
〇8月22日(土)17:20開場/18:00開演 ブルーローズ(小ホール)
■森 円花:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲“ヤーヌス”(2020)(世界初演 サントリーホール委嘱)
杉山洋一(指揮)山根一仁(vn)上野通明(vc)
サントリーホール室内楽アカデミー修了生によるアンサンブル
■カールハインツ・シュトックハウゼン:『クラング―1日の24時間』より
15時間目“オルヴォントン”バリトンと電子音楽のための(2007)[日本初演]
松平敬(Br)有馬純寿(electronics)
■権代敦彦:“コズミック・セックス”6人の奏者のための(2016)
杉山洋一(指揮)高木綾子(fl)神田佳子(perc)篠﨑和子(hp)黒田亜樹(p)山根一仁(vn)上野通明(vc)
■杉山洋一:五重奏曲“アフリカからの最後のインタビュー”(2013)
東京現音計画:有馬純寿(electronics)大石将紀(sax)神田佳子(perc)黒田亜樹(p)橋本晋哉(tb)
「おかわり」シュトックハウゼン
〇8月22日(土)20:50開場/21:00開演 ブルーローズ(小ホール)完全入替制/約30分
カールハインツ・シュトックハウゼン:『クラング―1日の24時間』より
13時間目“宇宙の脈動”電子音楽のための(2006~07)
有馬純寿(electronics)
室内楽XXI-2
〇8月23日(日)14:20開場/15:00開演
山本和智:“ヴァーチャリティの平原”第2部 ii) Another Roaming Liquidアンサンブルのための(2017~18)
板倉康明(指揮)佐藤洋嗣(videolon)山田 岳(g)磯部英彬(videolonics)東京シンフォニエッタ
■エリオット・カーター:“ダイアログ” ピアノと室内オーケストラのための(2003)
板倉康明(指揮)朝川万里(p)東京シンフォニエッタ
■山根明季子:“水玉コレクション No. 4” 室内オーケストラのための(2009)
板倉康明(指揮)東京シンフォニエッタ
■一柳 慧:“コンチェルティーノ―Time Revival―”弦楽オーケストラと2人の打楽器奏者のための(2018~19)
板倉康明(指揮)松倉利之/和田光世(perc)東京シンフォニエッタ
オーケストラ スペースXXI-1
〇8月26日(水)18:20開場/19:00開演 大ホール
■高橋悠治:“鳥も使いか”三絃引き語りを含む合奏(1993)*
■山根明季子:“アーケード”オーケストラのための(2020)[世界初演 サントリーホール委嘱]
■山本和智:“ヴァーチャリティの平原”第2部iii) 浮かびの二重螺旋木柱列2人のマリンビスト、ガムランアンサンブルとオーケストラのための(2018~19)**[世界初演 サントリーホール委嘱]
■高橋悠治:“オルフィカ”(1969)
杉山洋一(指揮)本條秀慈郎*(三弦)西岡まり子/篠田浩美**(marimba)
ガムラングループ・ランバンサリ** 読売日本交響楽団
オーケストラ スペースXXI-2
〇8月30日(日)14:20開場/15:00開演 大ホール
■川島素晴:管弦楽のためのスタディ“illuminance / juvenile”(2014/20)*(世界初演 サントリー芸術財団委嘱)
■杉山洋一:『自画像』オーケストラのための(2020)(世界初演 サントリーホール委嘱)
■一柳 慧:交響曲第11番(2020)(世界初演 サントリーホール委嘱)
鈴木優人/川島素晴*(指揮) 東京フィルハーモニー交響楽団
第30回芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会
〇8月29日(土)14:20開場/15:00開演 大ホール
■坂田直樹(1981~):“手懐けられない光”オーケストラのための(2020)(世界初演 サントリー芸術財団委嘱)
第30回芥川也寸志サントリー作曲賞候補作品(50音順/曲順未定)
■有吉佑仁郎(1994~):“メリーゴーラウンド/オーケストラルサーキット”オーケストラのための(2019)
■小野田健太(1996~):“シンガブル・ラブII-feat.マジシカーダ”オーケストラのための(2018~2019)
■冷水乃栄流(1997~):“ノット ファウンド”オーケストラのための(2019)
沼尻竜典(指揮)新日本フィルハーモニー交響楽団
候補作品応援企画 非公式開催! SFA総選挙~あなたの清き、耳の一票を昨年よりスタートした、聴衆による投票〈SFA(S=サマー、F=フェスティバル、A=芥川)総選挙〉を、今年も行います。この選考演奏会を会場で聴いて、気に入った曲に投票してください。観客による総選挙の結果は、作曲賞決定後に発表します。
テーマ作曲家 イザベル・ムンドリー公演中止のお知らせ
新型コロナウイルスの世界的感染拡大に伴う各国対応の影響により、海外に在住する複数の出演関係者の渡航・移動に支障がでたため、8月24日(月)・25日(火)・28日(金)開催予定の公演を中止とさせていただきます。