田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。アメリカでは、また大変な事件が起きました。8月23日、米ウィスコンシン州ケノーシャで黒人男性のジェイコブ・ブレイクさんが白人警察官によって背後から7回銃撃され、重体に陥っています」
天野龍太郎「ジョージ・フロイドさんが殺害され、全米でブラック・ライヴズ・マター(Black Lives Matter)運動が再燃した5月からわずか3か月。どうしてこんなことになってしまうのでしょうか? まったく理解できません」
田中「日本では、テニス選手の大坂なおみさんが〈ウエスタン・アンド・サザン・オープン〉への出場を抗議のため棄権したことが話題になりました。その後、大坂さんは大会側の対応を受けて、予定どおり出場することを表明しています」
天野「スポーツだけでなく、音楽、映画、ファッションなど、あらゆる文化に携わる人々からプロテストの声が上がっています。たとえば、カーディ・B(Cardi B)や50セントは〈正義と平等を求めよう〉とアーティストを先導していますね。とにかく、ブレイクさんのご無事を祈っています。それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から」
1. Cordae feat. Roddy Ricch “Gifted”
Song Of The Week
天野「〈SOTW〉は、コーデイがロディ・リッチをフィーチャーした“Gifted”! いまのラップ・ミュージック・シーンの最前線に立っている、売れっ子の2人ですね」
田中「コーデイのことは、昨年2月の〈PSN〉で紹介しています。米ノースカロライナ州出身のラッパーで、YBNコレクティヴのメンバー……だったのですが、YBNコレクティヴはなんと8月6日に解散してしまいました。それに伴って、彼も名前から〈YBN〉を取ったわけです」
天野「そうなんですよ。ちょっとびっくりしました。コーデイは、2018年からエミネムの“My Name Is”のリミックスやJ・コール“1985”へのレスポンスである“Old Niggas”、そしてオリジナル・ソング“Kung Fu”などで名を上げたラッパー。その後、2019年7月にデビュー・アルバム『The Lost Boy』をリリースしました。内面を吐露したパーソナルなリリックや高いトータリティーが評価され、なんと第62回グラミー賞にノミネート。正直に言って、ここまでビッグになるとは思いませんでしたね」
田中「日本では、大坂なおみさんの恋人として知られていますよね。ロディ・リッチは連載で何度も紹介しているので説明不要でしょう。〈2020年上半期ベスト・ソング〉にも選んだ“The Box”が大ヒットしているラッパーです」
天野「この“Gifted”はそんな彼らによる初共演曲なのですが、実は2人は2019年にXXLの〈フレッシュメン・クラス〉に選ばれた、いわば同期。いいタッグだと思いました。ついこの間まで〈期待の新人〉だったコーデイとロディが、夢を信じて突き進み、〈だって俺たち才能があるんだもん〉と成功を謳歌ししている姿はかっこいい! なお、“Gfited”はコーデイのニュー・アルバムからのシングルです。あの傑作『The Lost Boy』に続く新作ですから、とても楽しみですね」
2. Travis Scott “The Plan (From The Motion Picture “TENET”)”
田中「そして、2位はトラヴィス・スコットの新曲“The Plan“。クリストファー・ノーラン監督の新作映画『TENET テネット』に提供した楽曲とのことで、大きな話題になっていますね。本当は先週取り上げたいと思っていたんですが、配信のスタートが日本時間で夜だったこともあり、泣く泣く断念した曲でもあります。といっても天野くんとしては、いざ聴いてみたら〈かなり微妙〉だったようで……。あんなに楽しみにしていて、なんなら前回の1位を〈この曲にするかも〉と掲載直前まで空けていたのに!」
天野「うーん……(苦笑)。ぶよぶよ鳴っているベースの響きとか、もったいぶっているけどたいして盛り上がらない展開とか、いかにも〈ブロックバスター映画のエンディング・ソングです!〉って感じで。あんまりトラヴィスの個性やクリエイティヴィティーが活かされていないし、〈そもそもこれ、ノーランの映画に合う?〉と思いました。こういう企画ものって、あんまりいい曲ないですよね(笑)。現代アメリカのエンターテインメントの弱点です。Pitchforkも酷評していました」
田中「なるほど~。僕はかっこいい曲だと思いましたけどね。まず、地を這うどころか地中に潜っていくような重たいサブベースが強烈。オートチューンを使ったヴォーカルには不穏さが漂っていて、まるでバッド・トリップに入っちゃったときみたいだなと。まだ謎の多い映画『TENET テネット』ですが、どうやら〈時間を逆行すること〉が中心的なファクターのようなので、その時空がグニャリと歪む感覚をうまくサウンドに落とし込んでいる印象です」
天野「コーラスでは〈お前はどこに立っているのかもわからない/本当さ/計画(the plan)を知るんだ〉と歌っていますしね。〈ボーイング・ジェットを着陸させるんだ〉など、映画のストーリーを反映したラインもあります」
田中「この曲のプロデューサーは、映画『ブラックパンサー』(2018年)の音楽やチャイルディッシュ・ガンビーノとの共作などで知られるルドウィグ・ゴランソン(Ludwig Göransson)と、トラヴィスとたびたび組んできたワンダーガール(WondaGurl)。ゴランソンは『TENET テネット』のスコアも手掛けています。というか、ノーランがハンス・ジマー以外の作曲家と組むのは、相当ひさしぶりなんじゃないでしょうか。スコットは『TENET テネット』について、〈観てもらわないと説明できないんだけど、とにかく素晴らしいんだ〉と言っています。映画は9月18日(金)に日本で公開予定。楽しみです」
3. Shamir “Running”
天野「3位です。シャミールのニュー・シングル“Running”。シャミールことシャミール・ベイリー(Shamir Bailey)は、94年生まれ、ラスヴェガス出身のシンガー・ソングライターです。インディー・ロックやダンス・ミュージック、R&Bなどを取り入れだエクレクティックなサウンドで2014年から注目を集めていた才能です」
田中「2015年にはXLからデビュー・アルバム『Ratchet』をリリースして、高い評価を受けました。その後はXLを離れ、インディペンデントな活動で独自の作品を作り続けています。どれも充実した作品で、新曲を発表するたびに〈PSN〉では候補に挙がっていましたね」
天野「そうなんです。今年も3月に『Cataclysm』というアルバムを発表していて、かなりの多作家。さらに彼は2020年の2作目になる『Shamir』をリリースする予定で、この“Running”はそこからのシングルです。怒涛の勢いですね。で、“Running”は2000年代のポスト・パンク・リヴァイヴァルを思い出すような、ダンサブルなロック・サウンドだと思いました。そのビートに空間を敷き詰めるような音作りのギターを合わせているのが独特で、ぐっときます。かなり中性的なシャミールのヴォーカルも活きていますね」
田中「歌詞は、友人グループのトキシックな関係性についてのものだとか。そのグループのなかで、シャミール以外はみんなシスジェンダーだったんだそうです。シャミールはジェンダークィアなので、その精神的な苦しみや疎外感がこの曲に昇華されていることを知ると、より理解が深まりますね」
4. clipping. “Say The Name”
田中「4位はクリッピングの “Say The Name”。クリッピングはダヴィード・ディグス(Daveed Diggs)率いる、LAを拠点とする3人組ヒップホップ・ユニットです。所属しているレーベルがインディー・ロックの名門、サブ・ポップというのもおもしろいですよね。ダークでエクスペリメンタルなサウンドが特徴で、ロック・ファンにも馴染みやすい存在なのかなと思います」
天野「それって亮太さんじゃん! モワックスとかアンチコンとか、あのへんのレーベルのカタログを思い出させる音楽が本当に好きですよね。僕としては、クリッピングがアツかったのってサブ・ポップと契約する前のミックステープの頃なので、なんで毎回推すのかなって不思議なんですよね」
田中「すみません……(笑)。でも、この曲最高じゃないですか? トラックは、BPM 85のヘヴィーなエレクトロ・ファンク。ゆらゆらと身体を揺らせるグルーヴを保ちつつ、曲が進むにつれてドラムの激しいフィルインやホラーなシンセサイザーを加えて、音数がどんどん増えていく。サーカスティックなダンス・ミュージックとも言えそうで、ちょっとGEZANの『狂(KLUE)』(2020年)みたいだなと」
天野「そのたとえ、よくわかりません(笑)! ただ、この曲にはヒップホップ史的なポイントがあります。曲中で繰り返されている〈Candlesticks in the dark, visions of bodies being burned〉というヴォイス・サンプルは、ゲトー・ボーイズの超クラシック“My Mind Is Playing Tricks On Me”(91年)の、スカーフェイスのヴァースから取ったものなんですよ」
田中「そのフレーズはクリッピングのニュー・アルバムのタイトルにも使われていますね! 『Visions Of Bodies Being Burned』は、10月23日(金)にリリースされる予定。同作には、ラップ・デュオのカム&チャイナ(Cam & China)やパンクとラップの凶暴なミクスチャーで知られるホラー(Ho99o9)といった刺激的なアクトに加えて、トータスのジェフ・パーカーも参加しているそうです。かなりユニークなサウンドになっている予感!」
5. Big Sean feat. Nipsey Hussle “Deep Reverence”
天野「今週最後の曲になりました。ビッグ・ショーンが故ニプシー・ハッスルをフィーチャーした“Deep Reverence”。2019年に銃撃によって亡くなったニプシーのことは、この連載で何度も紹介していますよね。LAのローカル・コミュニティーでとても尊敬されていたラッパーです」
田中「8月14日には、あのスヌープ・ドッグがトリビュート・ソング“Nipsey Blue”を発表していて、みんなニプシーのことを愛しているんだな、と感じましたね。ドロシー・ムーアのクラシック“Misty Blue”(76年)を丸々引用した“Nipsey Blue”は、とても感動的な曲でした」
天野「“Misty Blue”の替え歌を歌っているだけなので、〈スヌープのカラオケかよ!〉ってツッコミたくなっちゃいましたけど(笑)」
田中「他方、ビッグ・ショーンはカニエ・ウェストのレーベル、GOODミュージックに所属する中堅ラッパー。“I Don’t Fuck With You (Feat. E-40)”(2014年)などのヒット・ソングで知られていて、今年は彼のフッドであるデトロイトをタイトルに掲げた新作『Detroit 2』をリリースする予定です」
天野「2012年のミックステープの続編ですね。“Deep Reverence”は同作からのシングルで、ファースト・ヴァースとコーラスにニプシーがフィーチャーされています。ニプシーの〈俺はストリートの伝説、みんな深い敬意をもって愛してくれている〉というリリックは、本当にそのとおりだなと思いました。一方、ショーンの〈ニプシーの身にあんなことが起こってから、俺はケンドリック(・ラマー)に連絡した/そもそも現実的な問題なんてなかった/コミュニケーションの欠如とまちがった情報/エゴに駆られたやつらから出てきたもの、炎と軽油をかき混ぜるような〉というラインは、彼とケンドリックのビーフを否定しているところ。いろいろな点で聴きごたえのある曲です。ところで、今週はロバート・グラスパー“Better Than I Imagined (Feat. H.E.R. & Meshell Ndegeocello)”やカルヴィン・ハリス&ウィークエンド“Over Now”など、他にも注目の新曲がたくさんありますので、ぜひ〈PSN〉のプレイリストをチェックしてください!」