昨日よりも今日、今日よりも明日——不世出のラッパーがまたも傑作を生み出した。誰のものでもない自分のライフを刻むマイクはこの状況の東京で何を描く?

生活サイクルの中での変化

 近年はソロ作に加え、ISSUGIとのジョイント・アルバムやツアーでも元気なところを見せるラッパー、BES。この夏もISSUGIとのコンビで『PURPLE ABILITY』を世に放ったばかりの彼が、今度はソロの新作を発表する。EP『CONVECTION』(2018年)に続く2年ぶりの作品は、自身4枚目のフル・アルバム『LIVE IN TOKYO』。前作をはじめこれまでも数多くのレコーディングを共にしてきたI-DeAが、今回もエンジニアとして全面的に彼をバックアップし、アルバムは制作された。気心知れた2人の作業は、いつものように自由なムードのなかで進んだという。

BES 『LIVE IN TOKYO』 ULTRA-VYBE(2020)

 「(I-DeAからは)内容については特に何も言われなくて、とりあえず作りたい音楽を作る感じ。ビートへのアプローチとか声の出し方でダメなところをダメ出ししてもらったくらいで、あとは〈いいトピックないですかね~?〉とかそういう話をしたり、サポート的な動きもしてもらってすごい助かりました」。

 後がないと握った自身のマイクに追い立てられるかのごとく、アグレッシヴなビート群にヴォルテージを上げた前回の『CONVECTION』は、EPならではの瞬発力が随所に窺える一作だったが、アルバムとなる今回は、趣を若干変えたよう。ややギアを落としたラップぶりは、〈リヴ・イン・トーキョー〉なるタイトルさながら、みずからの日常へとそのラップをさらに引き寄せるかのようでもある。同時にそれは、巧みなフロウに身を任せるかつてのスタイルから、言葉をより明確に届けるものへと変わった現在の彼のラップ・スタイルに適ったものとも言えようか。

 「いい意味でも悪い意味でも昔とだいぶスタイルが変わってきてるんですけど、それもこの生活サイクルの中での変化なのかなと思ったりもしてます。リリックに関してはいつも通り書きたいように書いてるだけ。リリックが出来たらレコーディング、また出来たらレコーディングって感じで、つるっと出来たリリックでも次の日やってみると半分以上使えないこともありました」。

嘘のない内容

 今回の曲作りでは「必ずしも音ありきで書くんじゃなくて、集中して書いたほうがいいってなったらイヤホン外して、字数だけ合わせて書く時もあった」とも話すBES。これまでがそうであったように、それがみずからに向きあった末の結果だとすれば、アルバムが街に生きる一人の男の姿をリアルに映し出すのも必然だろう。センティメンタルなピアノの響きと共に滑り出すGRADIS NICEのビートに、〈排ガスと偽善で固めた〉東京で、〈いつになればこの不安が消える/綱渡りのLIFE〉と吐かずにいられぬ“理由”は、そんなアルバムの幕開けを飾る一曲。続く“Surviving Fraction”では、過去作でもほぼもれなく共演してきたSCARSの盟友STICKYをフィーチャーし、ふたたびGRADIS NICEのシンプルなトラックで、身を置く現実にもがく姿を映す。〈ストレスがパンチラインの肥やしになる〉(BES)、〈上手く行くのは偽物ばっか/誰でも書けそうなラヴソングは/2秒で消す/俺らとは違う〉(STICKY)と、それぞれに繰り出すラインも耳を引く。

 さらに続く“Mr.Ethiopean”では、同じくGRADIS NICEの手による、ウワネタに敷く単音がクセになるビートに、〈自分失う無茶苦茶なLIFE〉で出くわした、とある顛末を盛り込んで放つ〈結局待つのはルンペンかJAIL/苦味と痛み織り交ぜたGAME〉との一節が象徴的だ。そして、LIi'Yukichi制作のダークなトラックに、〈正気でいるのもつらい毎日/賞味期限近づいてく毎日〉と漏らす、次の“Rhyme Bombz”……順を追ってアルバムで語られていく、彼が言うところの〈嘘のない〉内容には、過去の話も少なくないようだが、危うい現実のフチをギリギリ渡り、語り草ともなる曲をモノにしてきた彼の孤独な戦いは現在も続き、そこに巣食う困難や苦悩、葛藤がその音楽にいまなお大きく根を張っていることは、本作からも明らかだろう。Kojoeが音を手掛けた“まず一言”や、MASS-HOLEのドス黒いオケに見事応えた“B.K.S”、ビートにNAGMATIC、客演にBLAHRMYの2人を迎えた“Lockdown Story”などももちろん例外ではない。

 「Kojoe君とは一緒に曲をやるまでは時間かかったんですけど、向こうから曲に入ってほしいって言われたのが最初。それが今回“Live in Tokyo”を作ってもらったCRAMのアルバムでKojoe君とISSUGIとの3人でやった曲で(『The Lord』に収録の“The Lord”)。Kojoe君のトラックは内容をどうするか、どう書けばいいか悩みました。BLAHRMYとも前から一緒に曲をやろうって言ってたんですよ。それで今回誘って、みんなパクられたことあるんでそれで一曲いこうって話して。一見華やかに見えても、いつ〈うまい飯が明日くさい飯になるか〉ってMILES君がリリックで言ってて、ホントうまく締めてくれましたね。“B.K.S”はビッグ・Lの“Devil's Son”みたいな感じのビートだなと思って、聴いた瞬間にこういうのが俺に合ってるんじゃないかなっていうのもあったんで作ってみました」。

これが自分のやれること

 BESをラッパーとしてここまで駆り立ててきたものが、何よりも我が身に降りかかる逆境だったとすれば、音楽を続けていくこと自体、決して楽なことではなかったはず。しかし、それでも彼は夢を救いにマイクを握り続けた。ISSUGI客演の“道端の淡い夢に幸あれ”で彼は歌う。〈凍てつく街に飲みこまれないように/今も変わらずマイク握ってる〉と。いまここにいない仲間や彼に関わってきた人々、そして自身に幸あれと歌うこの曲がそうであるように、BESにとって音楽は祈り、希望であり、その音楽は〈昨日よりも今日/今日よりも明日〉に向かうのだ。彼はこう話す。

 「食うか食われるかみたいな状況のなかで結局食われちゃったじゃんっていう人を周りでも見てきたし、自分もいろいろなしがらみにここ数年苦しんで、そこでどう踏ん張るかっていう問題があって、金を作んなきゃいけないとか、ホントはやりたくないけど金になるからやるとか、いろいろ生活の葛藤があったんですけど、最終的に(アルバムの)リリックを聴き直すと、やっぱりこれが自分のやれることだなって」。

 本作の制作を終えたBESには、早くも新たなリリースのプランが持ち上がっているという。そうした近年のコンスタントな動きを見るにつけ、以前から彼の心にちらついていた引退の影もいささか遠ざかったかのように見えるが、彼の胸の内にはなおその2文字がくすぶり続けている。

 「物事はそう思い通りに進むわけでもないし、周りに〈辞めるって言わなくてもいいんじゃない?〉って言われたりとかして、そのへんはブレちゃってるんですけど。まあラストスパート中なんで」――彼を見てきた一人として、どんな道を進むにせよ、その歩みが光ある方向に向かっていることを願わずにはいられない。最後にふたたびリスナーに向けたBESの言葉を引こう。

 「今回のアルバムもまあ好き嫌いあると思うんですけど、普通にサラッと聴いてもらって、気に入った曲があれば何回も聴いてもらえればいいなと思いますし、また新しいのが出たらどっかで聴いてほしいです」。 

BESの近作を紹介。

 

BESの参加した近作。

 

『LIVE IN TOKYO』に参加した面々の関連盤。