IDM/エレクトロニカを代表する孤高のデュオ、オウテカ。91年のデビュー以来、常に前進と実験を続け、唯一無二の電子音楽を研ぎ澄ませてきた。先日リリースされた新作『SIGN』に象徴されるとおり、その記号的な作品タイトルなどは、言葉に頼らず音のみで語る彼らのストイックな姿勢を表しているだろう。

ときに難解とも言われる彼らの音楽だが、今回の『SIGN』はひさしぶりに聴きやすい長さの作品であり、メロディックなサウンドもあいまって、すでに多くの称賛が寄せられている。今回Mikikiは、オウテカ入門にも最適な本作のリリースにあわせて、彼らの歩みや名盤の数々を振り返った。ライターの木津毅が、進化することをやめないオウテカのキャリアに迫る。 *Mikiki編集部


 

最新作こそが最前線であり続けてきた存在

オウテカがシーンに登場して30年が過ぎようとしている。しかし彼らほど、つねに最新作こそが最前線であり続けてきた存在がいるだろうか。オウテカを長く聴いてきたリスナーも、通算としては14作目のアルバム『SIGN』を聴いて驚いている……その新しい聴覚体験に。〈こんなオウテカははじめてかもしれない〉、と。

あるいはまた、『SIGN』ははじめてオウテカを聴くリスナーにも推薦したい作品でもある。そこにはオウテカが繰り広げてきた実験の歴史の断片が散らばっていて、1時間強の(彼らとしては)聴きやすいサイズ感で奇妙に統合されているからだ。

 

1991~1993年
聴覚を挑発する新しいテクノの発明

80年代末のマンチェスターのアンダーグラウンドから現れたロブ・ブラウンとショーン・ブースのふたりは、91年、レゴ・フィート(Lego Feet)としてエレクトロニック・ミュージックのレーベル〈Skam Records〉からはじめてのレコードをリリースしている。マントロニクスなどの80年代のエレクトロからの影響をかなり直接的に受けた内容で、いま聴くと彼らの出発点がどこにあったかがよくわかる。ただ、そこに変則的なビート感覚やインダストリアルな質感がすでに注入されており、彼ららしさの萌芽を発見することもできる。

レゴ・フィートの91年作『Lego Feet』

同年にオウテカとして初のシングル“Cavity Job”をリリースしているが、何と言っても注目を集めたのは、92年にリリースされたワープのコンピレーション『Artificial Intelligence』への参加だろう。まずジャケットに注目したい。誰もいない、整然とした部屋で聴く音楽――当たり前の光景のようだが、それは、90年代初頭にはすっかり肥大化していたレイヴ・テクノ、とりわけハードコア・テクノへのあからさまなカウンターだった。〈クラブで踊る〉のではなく、〈部屋で聴く〉テクノ・ミュージック。ダンスのために機能化したものではなく、聴覚を挑発するための音。

同コンピにはリッチー・ホウティンやスピーディ・Jも参加しているため、いま見ると必ずしも統一された内容とは言えないのだが、ブラッグ・ドッグ、B12、そしてリチャード・D・ジェイムズがそれぞれ変名で加わっていることの意味はあまりに大きい。彼らこそがやがて、IDM/エレクトロニカと呼ばれるシーンのキーパーソンになっていくからだ。“Crystel”“The Egg”の2曲で参加したオウテカは――まだエレクトロからの影響を色濃く残しながらも――その複雑なビートやサイバーな冷ややかさで個性を発揮していた。

92年のコンピレーション『Artificial Intelligence』収録曲“Crystel”

そして、そうした当時の彼らの音楽性がひとまずの結実を見せたのが93年のファースト・アルバム『Incunabula』である。エレクトロ譲りの変則ブレイクビーツ、デトロイト・テクノ由来のスペーシーなシンセ音と、アシッド・ハウス的なトリップ感、穏やかなアンビエント・フィーリング……そういったものがじつに複雑に混在している。それは確実に〈新しいテクノ〉として注目され、インディー・チャートのトップを獲得さえしたのだった。

93年作『Incunabula』収録曲“Basscadet”