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綺麗事ではない感情

 そのようにみずからの核心を形にした楽曲がある一方で、「いちばん得意なのは自分の感情の吐露なんですけど、もっといろんな歌詞を書いてみたいなと思って」取り組まれた楽曲も数多く、曲想の幅はいっそう広がった。

 「自分のことより、自分以外の誰かをイメージして書くと曲がすぐできるし、それを考える作業がすごく楽しくて。“魔女のルール”は若さに執着している30代後半ぐらいの女性、“ほしに例えば”はラノベの主人公みたいなイメージだったり」。

 彼女が考える30代女性のエロティックな側面を表現した“魔女のルール”と“勝手にしやがれ”が並ぶ自称〈エッチゾーン〉は、流行りのローファイっぽい音像を意識したというジャジーな曲調で、幾星霜を越える壮大な愛の歌“ほしに例えば”はコアーズにヒントを得たアイリッシュ調に仕上がるなど、アレンジもヴァリエーション豊かだ。そのなかでも世界が終わる直前をモチーフにした“23:59”は、彼女らしい価値観とロマンが詰まった、瑞々しくも疾走感溢れるギター・ロックに。

 「世界の終わる前を想像したとき、周りはきっと阿鼻叫喚だろうけど、私はどこかしらホッとしていると思うし、そこで初めて世界共通の意識が生まれると思うんです。上も下も白も黒もなくなる一瞬というのが、初めてこの世界に訪れるというのは、皮肉だけどすごく美しいなと思って。平等ってたぶん一生訪れないし、戦争もなくならないと思うし……っていうことを考えながら書きましたね」。

 さらに、前作収録の“ワンダーランド”の系譜に連なる狂騒的なエレクトロ・スウィング曲“神様でもあるまいし”、ギター・カッティングやチョッパー・ベースを研究しながらアレンジしたというファンキーな“Once Upon A Time In TOKYO”と、ライヴを想定して生まれた楽曲も。また、それら多様なスタイルの楽曲で描かれるさまざまな人生模様が、彼女自身の人生観に肉薄した楽曲をより引き立てているわけで、大切なものを失ったときの綺麗事ではない感情を赤裸々に紡いだ“一応私も泣いた”は、アルバム中においてもとりわけ感情的な一曲になった。

 「歌詞のテーマがひと言で表せないものなので、すごく難しい曲なんですけど、カンザキイオリさんが〈わかる〉と言ってくれたのがすごく嬉しくて。やっぱり誰かを失った人にしかわからない何かはあると思うし、この曲はそういう人に届いてほしい曲で。本当に悲しすぎてマジで涙が出ないことってあるし、私も周りの慰めをうるさく感じていたので、そのときの思いは、しっかり曲に残しておこうかなと。自分にいっぱいいっぱいでも全然いいと思うんですよね」。