孤高のラッパーが壮絶な歩みの果てに辿り着いた場所――熱狂渦巻く武道館のステージとその舞台裏で般若は何を感じていたのか? 初のドキュメンタリー映画で明かされるその男の過去、現在、そして未来
東京・三軒茶屋から身を立て、ライヴや音源、バトルを通じてその存在を確たるものに築き上げてきたラッパー、般若。その男の生い立ちやキャリア、生き様を、2019年1月11日の日本武道館公演〈おはよう武道館〉の模様を絡めて追いかけたのが、このたび公開された初の⻑編ドキュメンタリー映画「その男、東京につき」だ。少年時代のいじめ経験や亡き父への想いなどパーソナルな領域についても踏み込みながら、さまざまな挫折を経て長年の目標だった武道館ワンマンを成功させるまでの歩みが、Zeebraをはじめとする身近なアーティストや関係者たちの発言も交えて立体化されている。結果的に新型コロナ禍の現状の空気まで封入することとなった今作の舞台裏について、般若本人に話を訊いた。
失敗を歌ってきた
――もともと撮影はどういう経緯で始まったんでしょう。
「最初は武道館に密着するドキュメンタリーの話があって、武道館の前から密着が始まったんですよ。で、それを映画にしたいっていう話になって、また今年いろいろ撮影して、野音で無観客のライヴを撮って……みたいな。10月ぐらいまで続いたっすよ。映画で言うと、その野音のライヴと、あと北九州に行ったっていうあたりですかね」
――今回の映画は、武道館ワンマンに向かう様子を追いつつ般若さんの生い立ちやキャリアが語られていく構成ですが、出演者はどのように選ばれたんですか?
「ある程度はもう決まってたんですけど、俺も一応〈この人はどう?〉とか案は出しました。ただ、こんだけの付き合いがあって、このタイミングで初めてお願いしたのは(長渕)剛さんですね。そしたら快諾してくださって」
――桜島の話をZeebraさんがされてたら、ご本人が登場してビックリしましたね。
「いや、俺もビックリしました。初じゃないですかね。剛さんが普通に出てくるって、ビックリするじゃないですか(笑)」
――あと、AIさんがなかなか荒っぽいエピソードとかを話されてて良かったです(笑)。
「それはね、ホントすみませんっていう。AIちゃんは僕がちょっと、〈AIちゃんがいいんじゃない?〉って話をしましたね、はい」
――初期に“GOLDEN MIC(REMIX)”で共演もされてて。ただ、そこまで繋がりが見えにくかったのかなっていう。
「ああ、そうか。旦那さんのHIRO君の繋がりもあるし。まあ、AIちゃんも剛さんも鹿児島っていう繋がりがあったりとか」
――一方でさらに昔から馴染みのBAKUさんや、妄走族のGAMIさんも登場されます。
「GAMIはプライヴェートでしょっちゅう会ってるし、いろんなものを一緒に見てきたから。ホントに大事なこと言ってるのはGAMIだったりするんじゃないかなと思いました。BAKUもよく覚えてるなと思いましたね。やっぱり一緒にいた時間が長いんで、忘れないっすよ。もちろんT-Pablowも凄い大事なことを言ってくれてるし、みんな大事なことを言ってくれていますよね」
――自分がなぜ撮られる対象に選ばれたんだと思いますか?
「そんなのは全然わかんないですよ。別に俺を撮ってもおもしろくないと思うんで。でも、俺を観て〈コイツがやれてるなら俺もやれるな〉って感じてもらえるならいいかなと思ったっすね。ずっと言ってますけど、俺は別に成功してる人間じゃないし、そう思ったことも一度もないです。だから、わりかし身近に感じてもらえるかもしれない。いま10代、20代の人も、何年か経ったらわかるというか、絶対そこに何かあると思う。俺はずっと成功じゃなくて、失敗したことを歌ってるじゃないですか(笑)。それは重要なことだと思うんですよ」
武道館の舞台裏
――とはいえ、そういう〈失敗〉をたくさん歌ってきて、一般的に考えると武道館でワンマンやれるというのは、成功のひとつと言っていいのかなと思うんですけど。
「いや、いま俺が20代だったら成功だと思います。俺、40代でやってるもん(笑)。これはね、やってる側としては考えさせられますよ。そこで俺は結局また後悔にすぐ至ってしまうので。そういう自虐だったり挫折だったりをずっと繰り返してきてますね」
――MCでも〈時間がかかった〉とは仰ってますね。
「それはもう自分が生み出した結果だし、タイミングだから仕方がないです。まあ、決してメジャーでやってきたわけじゃない人間がそこまで辿り着いたっていうのはあるけど、そこが全部じゃないから。だから武道館の後に小っちゃいライヴハウス回ったりもして。別に目の前に10人いようと1000人いようとやることは変わんないじゃないですか。包み隠さず言えば、武道館の前にやったツアーでも〈マジで?〉っていうぐらい人が入らない場所もあったし。そういうのを直前に喰らったら普通の奴なら心折れるっすよ。でも俺はもう折れるとかじゃなくて、それすらもうギャグじゃないですか。上手くいったことがないし、いつでも絶対にトラブルがあったからあんまり怖いものがないんですよね(笑)」
――じゃあ、武道館は当日まで集中できなかったというか。
「マジで全然、ですよ。直前まで集中できるタイミングがなかった(笑)」
――パフォーマンスに影響はなかったですか?
「コンディショニングだけは作ってたというか、フィジカルの面は作れてたし、ある程度の計算はできてたんで、そこは大丈夫でした。集中できないのは仕方ないんで、そのなかで集中する時間を1秒でも見つけるっていう。トレーニングやってても、レストが1分の時あったら、最後の3秒でどうにかして肺に酸素を入れるみたいな感じでやるんで。たぶん俺はめちゃくちゃ特殊なんだと思うんですけど。結局、完璧なものっていうのがないんで、だったら自分でどうにかするしかない、やるしかないっていう」
――心が乱れても集中する瞬間を見つけられるのは、キャリアの賜物でしょうか。
「それは妄走族で修行させられたからですね。そこの部分では根性論と〈耐える〉っていう姿勢を俺は見つけたつもりです。あいつらがいなかったらいまの自分は絶対にないんですよ。どんなトラブルがあっても俺は曲を作り続けてきたし、あの時代を経験してたら別にやれないことないですよ、それは」
――そんな状況でステージに立ってみての感慨はいかがでしたか?
「やっぱりライヴの最中はどこかで麻痺するところもあるんだけど、早かったっすね。でもわりかし冷静にやってました。とにかく時間を気にしてましたね。みんなそうだと思うんですけど、ああいう会場って時間気にしなきゃいけないんで(笑)。うん、やれて良かったです。〈やっと終わったな~〉って」
――客演の入る4曲を前半の1か所に固めて、3時間ぐらいの長丁場をほぼ一人でやりきるセットリストも印象的でした。
「そこは何回も何回も考えましたね。40曲ぐらいかな、声が出なくなることもなく歌いきれたんで良かったっすね。それはずっとやってきたトレーニングだったり、フィジカルの面が活きたんじゃないかなって思います」
気持ちが切り替わって
――武道館を終えた後の心境はいかがでしたか。
「3月に三軒茶屋でワンマンやって、もう次の映画の撮影が入ったりしてて。あんまり冷静になる時間がなかったっていうか、流れが止まらなかったですね。自分の中で決めてた〈ダンジョン〉の引退もあったんで」
――そうか、5月には「フリースタイルダンジョン」の〈ラスボス〉引退がありました。
「そうなんです、放送だと先なんですけど、収録は3月ぐらいだったんですよ」
――結果的に武道館が節目となって、いろんな変化のタイミングが重なってきたわけですね。
「そうですね。だからいろんなものが終わってった感じなんですよ、実は。で、制作はするんだけど、ちょっと書けなくなっちゃったりもして」

――その頃を経て作りはじめた曲が、2020年のアルバム『12發』になるわけですね。
「自分の中での切り替えに、精神的に少し時間かかったってのが、いまだから言える本音っすね。あと、そのぐらいの狭間で友達が死んだりして、それが俺の中でデカかったんすよ。そこから気持ちが切り替わった感じっすね。ちゃんと自分で立たなきゃいけないと思って」
――『12發』の1曲目が“INTRO”という楽曲なのも、そういう仕切り直しの意識だったんでしょうか?
「あれは、何かここにきて“INTRO”っていうのもウケるなって思って作った感じっすね。まあ、『12發』に関してはガツガツとラップさせてもらってるんで、俺としては悪くないアルバムになったと思ってます」
――『12發』とこの映画が出来た2020年ですが、コロナ禍の状況になる前のプランはあったんでしょうか。
「ライヴの話をしてる時に先が見えなくなって、そうなったら俺らの仕事なんてなくなるじゃないですか。でも、なったらなったでしょうがないんで、〈この状況は続くだろうな〉って思いながら、ずっと制作してましたね」
――良くも悪くも、それぐらい創作に充てる時間があった年っていう。
「今年はそうっすね、あとは役者業のほうもちょいちょいやりながらって感じですね」
――年末にこの映画が公開されて、すぐ2021年になります。武道館のステージでは最後に〈またここに戻ってきたい〉って発言されてますけど、それは今後のひとつの目標でもあるわけですよね?
「うん。いつどこでやるとかは言えないし、まず現時点でライヴがやれてないんで、いまは絵空事は言えないですけどね」
――新年の動きも楽しみにしてます。
「なんで、そのなかでも最大限にやれることをやっていきたいっすね。ライヴに関して2020年は黙りすぎたんで、まずこの映画を観てもらって、来年は少しでもちゃんと会えるような状況を作りたいなと思ってます」
般若の作品を一部紹介。
般若のライヴDVD/BDを一部紹介。
般若が出演した近作を一部紹介。
CINEMA INFORMATION
「その男、東京につき」
【出演】般若、Zeebra、AI、t-Ace、R-指定(Creepy Nuts)、T-Pablow(BAD HOP)、BAKU、GAMI、NORIKIYO、DJ FUMIRATCH、SHINGO★西成、松井昭憲、三﨑和雄、長渕 剛(特別友情出演)ほか
【監督・編集】岡島龍介
【撮影監督】手嶋悠貴
【ゼネラルプロデューサー】ショガト・バネルジー、ジョン・フラナガン
【エグゼクティブプロデューサー】福井靖典、松本俊一郎
【プロデューサー】上田悠詞
【製作】A+E Creative Partners
【協力】昭和レコード
【配給】REGENTS
【配給協力】 エイベックス・ピクチャーズ
■12月25日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
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般若
ストイックに我が道を進んできたその男、般若のキャリアを映画公開に合わせて改めて振り返る
その男の名前をいつどのようにしてどの側面から知ったのかによって、彼についての印象は大きく変わるかもしれない。妄走族での活動も含めた初期の危険物なイメージが強い人もいれば、ライヴを通じてのストイックな姿勢を追ってきたファンも多いだろうし、近年ならTV番組「フリースタイルダンジョン」の〈ラスボス〉を通じて親しみを持ったという人もいるだろう。ここ数年は俳優としてもコンスタントに活動している彼だが(この秋冬の公開作だけでも「きみの瞳が問いかけている」「タイトル、拒絶」に出演している)、登場時からその存在を知る者であれば、今回の「その男、東京につき」公開には改めて大きな感慨を抱くしかない。映画本編でも辿ることのできるそのキャリアを、ここではもう少し細かく振り返っておこう。
物騒で危険な個性
東京は世田谷区・三軒茶屋出身の般若は、78年生まれ。10代の頃から表舞台で活躍していたMACCHO(OZROSAURUS)とTOKONA-X(M.O.S.A.D.)をはじめ、漢 a.k.a. GAMIやAK-69ら多くの人気者を輩出した〈78年組〉とも呼ばれる豊作な世代にあたるわけだが、もともとDJを志していた彼はRUMIのラップを見て自身もマイクを握るようになる。RUMIと組んだ彼はYOSHIと名乗り、般若というユニットで活動を開始。程なくして、デモテープがYOU THE ROCKの深夜ラジオ番組「ヒップホップナイトフライト」にてオンエアされ、番組中でZeebraがYOSHIに生電話し……という顛末は、映画「その男、東京につき」にもフィーチャーされている。その後コンビは解消されるも、そのまま般若の名前を引き継いだ彼は98年頃から地元の仲間たちと組んだ妄走族に参加。渋谷などのイヴェントにステージ乱入してマイクジャックしながら名を売るという手法の荒っぽさも話題を集め、徐々に表舞台にも物騒な存在感を広げていくようになった。
妄走族が初のアルバム『君臨』を発表した2000年には般若も初のソロ・シングル“極東エリア”をリリース。グループでは翌年メジャー・デビューを果たす一方、般若はMCバトルなどを通じて個の持ち味を知らしめていき、なかでも〈BBOY PARK 2002〉で繰り広げた漢(当時はKAN)との決勝は語り草となっている。ソロでもラッパ我リヤやDABO、Zeebraらの楽曲に客演を果たし、シングル“神輿”を経て、2004年2月にFUTURE SHOCKから初のアルバム『おはよう日本』をリリース。攻撃的な刺々しさとシリアスな目線、ぶっきらぼうなユーモアの混在する作風はそこから徐々に確立されていくこととなった。その後は長渕剛のトリビュート盤での仕事が認められ、彼が桜島に7万5千人を動員した伝説的なライヴにも招かれている。2作目『根こそぎ』を発表した2005年には、長渕の日本武道館公演でオープニングアクトを務めた。音源に加えてライヴの完成度をストイックに追求していく般若にとって、この時期の経験が大きな転機となったであろうことは言うまでもない。
ストイックで多面的な人間味
“その男、東京につき”も収めた2006年の3作目『内部告発』リリース後には、渋谷DUOにて初の単独ライヴを開催。2008年の4作目『ドクタートーキョー』発表のタイミングで自主レーベルの昭和レコードを設立し、同年には久々にMCバトルの舞台に復帰して〈ULTIMATE MC BATTLE〉に出場、東京予選の決勝で実現したRUMIとの劇的な再会も大きな話題となった。その一戦を制して乗り込んだ決勝大会で優勝して以降はふたたびバトルから身を退き、2009年の5作目『HANNYA』リリース後には約3年ぶりの単独ライヴを渋谷O-EASTにて開催。地力を養いながらライヴを主軸にした活動へとシフトしていく。
そして東日本大震災も踏まえた2011年の『BLACK RAIN』リリース後、同作を引っ提げて行った2012年1月の渋谷公会堂ワンマンにおいて、日本武道館のステージを目標とすることを宣言。そこへ向かって2014年1月に渋谷AX、同年9月には日比谷野外音楽堂、とワンマンのステージを着実にスケールアップしていく。音源においてはより人間味に溢れた普遍的な側面も強めていき、映画でも語られている実父への想いと息子の誕生が並んで歌われた8作目『#バースデー』(2014年)以降は、パーソナルな内容にも踏み込んで表現の幅を大きく広げているのが印象的だ。
2015年には「Zアイランド」で映画初出演を果たし、同年秋から「フリースタイルダンジョン」でMCバトルに〈復帰〉して、また新たな魅力を幅広い層に知らしめたのも記憶に新しいところだろう。彼に影響された後進が次々に台頭し、生存競争もますます激しいなか、常に最前線で生き抜いてきた般若。その男の次なるステップにも期待していきたい。
般若の作品を一部紹介。
般若が客演した近作を紹介。
「その男、東京につき」本編を楽しむための過去作ガイド

武道館公演の告知と同時に、エイプリルフールにリリースされた10枚目のアルバム。当日のオープニングをドラマティックに飾った“ぶどうかんのうた”や映画でもフィーチャーされている“素敵なTomorrow”のほか、“ここにいる”や“生きる”“何者でもない”“家訓”など武道館を彩った重要曲が多数収録されている。

映画でも般若のキャリア初期に関してエピソードを寄せているBAKUは、RUMI+YOSHIとのグループ=般若でDJを務めていた旧友でもある。この自身のリーダー作では“COAST TO COAST”に般若と漢をフィーチャー。般若の最新作『12發』ではエキセントリックな“イキそう”を手掛けて個性を発揮していた。

映画に登場するAIが安室奈美恵からスヌープまで豪勢な面々との共演をまとめたコラボ・ベスト。もともとはDJ MASTERKEY×Zeebraのオリジナルに彼女とKASHI DA HANDSOME、童子-T、般若が客演した“GOLDEN MIC(REMIX)”(2003年)もここで聴ける。大トリを飾る般若の無法ぶりたるや!

98年に結成され、東京の三軒茶屋~渋谷を中心に名を馳せた大所帯ユニットのミックスCD。後進を交えての新録曲や入手困難な過去曲がピックされたベスト盤的な作りで、この時点で在籍していた般若を含む各メンバーのソロ曲も収録。神(GAMI)と般若のコラボも聴くことができる。

DJ HAZIME 『AIN'T NO STOPPIN' THE DJ VOL. 2』 ユニバーサル(2013)
MACCHOとNORIKIYOを招いて武道館で披露された豪華なマイクリレー“Beats & Rhyme”(2011年)はこちらに収録。かつてレーベルメイトでもあったMACCHOとは他にも“ジレンマ”などで78年式のコラボを行い、一方のNORIKIYOとも互いの楽曲にてたびたび手合わせしている。

当時の昭和3MC揃い踏みによって武道館で披露されたのが“HUNGRY”。トリオでのアルバムには同曲やDJ FUKUによる“ありがとう”、DJ FUMIRATCH作の“GO”といった配信ヒットのほか、それぞれにスキルフルな圧の強さでかますコラボ・チューンが満載されている。FUMIRATCHは“そんな中で”も制作。

社会現象化した「フリースタイルダンジョン」の人気をDJ WATARAIビーツに乗せて世に知らしめた“MONSTER VISION”(2017年)はここに収録。モンスターのCHICO CARLITO、DOTAMA、T-Pablow、サイプレス上野、漢 a.k.a. GAMI、R-指定は般若の武道館公演でも勢揃い。

映画に出演しているt-Aceは、最近では『12發』収録の“花金ナイトフィーバー Pt.2”に駆けつけていた間柄。同曲の雛形でもある“クズの極み夫”などゲスい手合わせの目立っている両名だが、本作に収録されている“ダレも知らないブルース”は武道館でも披露されたメロディアスな名曲だ。

ジャケがインパクトを放った5枚目のアルバム。フックがたびたび引用されるクラシック“最ッ低のMC”はこちらに収録され、武道館で同曲が披露される様子は映画本編中においてもオーディエンス大合唱の名シーンを生み出している。武道館では他にもポジティヴな“やってやる”もチョイスされた。

昭和レコードを設立しての第1弾となる4枚目のアルバム。タイプライターのビートが緊迫感を煽るハードコアな“路上の唄”やリリックも話題になった“関係あんの?”、BACHLOGICによる疾走チューン“夢の痕”など武道館でも選曲された名曲揃いだが、長渕剛がプロデュースした“チャレンジャー”も重要だ。

ミックスCD『般若万歳』シリーズでも知られ、般若のライヴDJとして武道館でもソロ・パートを担ったFUMIRATCHの初オリジナル・アルバム。エンジニア/トラックメイカーとして活躍してきた審美眼を活かして多彩な面々が起用されるなか、“Capacity Over”では般若と¥ellow Bucksの鮮烈なコラボが実現!

ユーモラスな“DA MA RE”や“寝言”、R-指定との東西ゲスボス共演となる“たちがわるい”、リリカルな“月の真ん中”、直球のロック・チューンなど多彩な佳曲が揃った9枚目のアルバム。武道館公演のラストを飾った一曲で映画においてもクライマックスとなる“あの頃じゃねえ”はもちろん本作でもハイライト。