ソプラノ歌手・天羽明惠の初ソロ盤――暗闇から光、自己観照の振動と共鳴する倍音
ソプラノ歌手の天羽明恵が初のソロ・アルバム『R・シュトラウス:4つの最後の歌』をリリースした。ベルリン在住の音楽評論家、城所孝吉氏のプロデュース、オスロのソニア女王記念国際音楽コンクールに優勝して以来のパートナーであるノルウェー人、ジークムント・イェルセットのピアノ。『ナクソス島のアリアドネ』のツェルビネッタ、『アラベラ』のフィアカーミリなどR・シュトラウス歌劇の超絶技巧コロラトゥーラ役で頭角を現したのは90年代半ば。そのシュトラウスを軸にシェーンベルク、ウルマン、山田耕筰と、19世紀末から20世紀半ばにかけての作品を並べた。四半世紀を超えるキャリアを持つスター歌手の練り上げられた芸術を堪能する1枚である。
「基本は作曲家の書いたことを汲み取り、自分の体を〈楽器〉として鳴らし、どういう声を出せるかを究めることです。私はリリコ・レッジェーロ(軽いけど、しっかりした声)。エディタ・グルベローヴァのように50年近く同じレパートリーをキープするか、ルチア・ポップと同じく次第に重い声の役に移行していくか。歌手としての生き方も、若いころから真剣に考えてきました」
アルバムを聴いた第一印象は、倍音の美しさにつきる。そして中くらいの音域、音量のゾーンで語られる音と言葉の濃密さ! 第二次世界大戦中、ユダヤ人だったシェーンベルクはカリフォルニアに亡命し、弟子のウルマンはナチスの強制収容所で殺された。R・シュトラウスはナチス政権、山田耕筰は日本の軍事政権でそれぞれ音楽家を統括するポストに就き、戦後まで生き延びた。立場を完全に二分しながら、音楽は同じ時代の精神、空気感を共有する。とりわけ深尾須磨子詩の“紫”、寺崎悦子詩の“澄月集”という山田の2作は“赤とんぼ”や“からたちの花”とは全く趣を異にして、ドイツ表現主義の影響が色濃い。明暗と清濁が交錯する4人の作曲家が遺した音たちは、天上へと伸びていく天羽の倍音を得て、最終的な浄化を得る。
「倍音は私が〈楽器〉を鳴らす基本。体内と体外の空気を皮1枚ない状態で一体化、振動させることは非常に重要です。歴史の浄化は、まさにアルバムのコンセプトでした。ジャケット写真にも〈音楽が聴こえるように〉とこだわり、表側を明るく、裏側を暗くして〈暗闇から光へ〉の浄化プロセスを象徴しています」。喜多尾道冬氏は解説ブックレットの中で「来し方行く末を見はるかす天羽のスパンは聴き手を深い自己観照に、つまり自己の問い直しに誘い込む」と指摘した。
「次はコルンゴルト、ツェムリンスキー、レーガーあたりを録音したいですね」。待っています!