首都のパフォーミング・アーツの殿堂、東京文化会館の〈還暦〉はサーリアホのオペラで祝う

 国鉄(現JR東日本)上野駅の公園口改札前に61年完成した東京文化会館が今年(2021年)〈還暦〉(60周年)を迎える。昭和36年といえば第二次世界大戦(太平洋戦争)の敗戦から16年。前回の東京オリンピックの3年前であり、首都・東京といえども戦争の傷跡は癒えず、貧しかった。設計を担当した前川國男はル・コルビュジェの弟子であり、師が2年先に完成させた国立西洋美術館(2016年にユネスコが世界遺産に指定)の真向かいに音楽・舞台芸術の殿堂を築く大事業に全身全霊を注いだ。

 例えば、プロセニアム(舞台の額)両側の壁にある人間の顔のような木材は音響効果も計算に入れた装飾だが、メーカーの天童木工には現在〈メンテナンスはできても、同じものを作れる職人はいない〉という。ガラス張りのロビーから西洋美術館を一望できる配慮に至るまで、前川はこだわった。数度の改修を経て内装や外構に微妙な変化は生じているが、2,303席の大ホール、649席の小ホールとも音響の良さは揺るがず、サントリーホール(86年)や東京芸術劇場(90年)の開場後も首都のトップホールの名声を維持。とりわけオペラ、バレエなどのパフォーミング・アーツでは他の追随を許さず、97年の新国立劇場完成後も高い稼働率を維持してきた。

 現在は公益財団法人東京都歴史文化財団の下にあり、東京音楽コンクールなどの財団主催事業や〈東京・春・音楽祭〉をはじめとする民間イヴェントとも柔軟に連携しながら都内屈指の文化ゾーン、上野公園一帯の〈顔〉であり続ける。長い歴史の中には〈事件〉もある。とりわけ74年、当時西ドイツのバイエルン州立歌劇場第1回日本ツアーで同じく初来日のカルロス・クライバーが「ばらの騎士」(R・シュトラウス)を振り始めて間もなく過激派を名乗る人物から爆破予告の電話が入り、公演は中断に。カルロスを含む全員が上野駅や公園に避難したのは衝撃的だった。以後、NYメトロポリタン歌劇場、英国ロイヤル・オペラ、ウィーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座……と世界有数のオペラ・ハウスやバレエ団の〈引越公演〉のメイン会場を担い、ウィーン・フィルやベルリン・フィルなどの楽員、マウリツィオ・ポリーニ (ピアノ)やチョン・キョンファ(ヴァイオリン)ら一流ソリストたちの間で〈ブンカカイカン〉の音響や楽屋周りの使い勝手などへの評価が高まっていく。

 2004年に大賀典雄ソニー名誉会長(当時)に館長が替わり、新設の音楽監督ポストに指揮者の大友直人が就くと、東京文化会館はジャズやポップスなどクラシック以外の音楽ジャンルとのクロスオーバーとともに、三善晃前館長が少しずつ模索していた独自のオペラ制作態勢を一気に強化した。皮切りは2006年の開館45周年記念企画で大友と片山杜秀、私の3人で古今の日本人作曲家による創作の名場面集〈日本オペラ絵巻〉を企画し、10月2日に上演した。当日のアンケートで最も全曲上演のリクエストが多かった黛敏郎作曲、中島悠爾台本(古代ドイツ語)による歌劇「古事記」は5年後の2011年11月20日と23日、50周年フェスティバル記念オペラとして舞台版日本初演(大友指揮、岩田達宗演出)を成功させた。55周年の2016年は日本とベルギーの友好150周年と重なり、川端康成の原作にベルギーのクリス・デフォートが作曲した「眠れる美女~House of the Sleeping Beauties~」日本初演を12月10&11日に行った(パトリック・ダヴァン指揮、ギー・カシアス演出)。

 そして60周年。フィンランドの作曲家カイヤ・サーリアホが日本の能に題材を得た室内オペラ『Only the Sound Remainsー余韻ー』を舞台芸術創造事業の枠で6月6日、大ホールで日本初演する。還暦には〈十干十二支が一巡、赤ちゃんに戻る〉の意味があり、〈芸事は6歳の6月6日から始めると上達する〉ともいわれるので、実に縁起のいい日を選んだものだ。

 


LIVE INFORMATION

東京文化会館 舞台芸術創造事業〈国際共同制作〉
カイヤ・サーリアホ:オペラ『Only the Sound Remains -余韻-』

〇2021年6月6日(日)15:00開演
【会場】東京文化会館 大ホール
【原作】第1部 能「経正」 第2部 能「羽衣」
【台本】エズラ・パウンド、アーネスト・フェノロサ
【上演形式】原語(英語)上演 ・日本語字幕付
【作曲】カイヤ・サーリアホ
【指揮】クレマン・マオ・タカス
【演出・美術・衣装・映像】アレクシ・バリエール
【振付】森山開次
【出演】第1部: Always Strong
     経正:ミハウ・スワヴェツキ(カウンターテナー)
     行慶:ブライアン・マリー(バス・バリトン)
     ダンス:森山開次
    第2部: Feather Mantle
     天女:ミカル・スラヴェッキ(カウンターテナー)
     白龍:ブライアン・マリー(バス・バリトン)
     ダンス:森山開次
【演奏】東京文化会館チェンバーオーケストラ
    ヴァイオリン:成田達輝、瀧村依里
    ヴィオラ:原裕子
    チェロ:笹沼樹
    カンテレ:エイヤ・カンカーンランタ
    フルート:カミラ・ホイテンガ
    打楽器:神戸光徳
【コーラス】新国立歌劇場合唱団
www.t-bunka.jp/stage/9159/