サントリー芸術財団サマーフェスティバル2016

佐藤紀雄 (C)Akitoshi Higashi
 

音楽の最前線を切り開いて来たプロデューサーたち

 サントリーホールで毎夏8月に開催されてきた「サマーフェスティバル」(主催・サントリー芸術財団)。2013年から新企画としてこのフェスティバルの中で開催されて来たのが「ザ・プロデューサー・シリーズ」である。現代音楽では作曲家、演奏家に光があたることが多いけれど、実際にはそこに至る過程で「プロデューサー」の存在が重要である。誰にどんな作品を委嘱するのか、それをどう演奏家につなぎ、どんな演奏会として世の中に作品を紹介して行くのか、それはプロデューサーの仕事なのである。2013年には作曲家の池辺晋一郎のプロデューサーとしての側面に焦点をあてた。そして2014年には、1977年に東京で初演されたシュトックハウゼンの「歴年」、そのプロデューサーとして活躍した木戸敏郎の仕事が紹介された。当然のことながら、シュトックハウゼンの「歴年」雅楽版が再演され、話題を集めた。2015年には音楽学者として知られる長木誠司により、「長木誠司がひらく」と題してB・A・ツィンマーマンの「ある若き詩人のためのレクイエム」(1967~69年作曲)が大野和士の指揮、東京都交響楽団などによって日本初演された。

 2016年はふたりのプロデューサーが登場する。ひとりは佐藤紀雄、そしてもうひとりは板倉康明である。佐藤紀雄はギタリスト、指揮者として活動し、1997年にアンサンブル・ノマドを結成。同時代の音楽を洋の東西を問わずに積極的に紹介してきた。今回のサマーフェスティバルでは「単独者たちの王国」と題して、2夜にわたるコンサートを企画した。佐藤はこの企画についてこう語る。

 「単独者というのは、どの流派にも属さずに、一匹狼として現代音楽の世界で活動して来た作曲家たちのこと。第1夜(8月22日)ではエベルト・バスケス、ジャック・ボディを、第2夜(8月27日)ではクロード・ヴィヴィエ、武満徹、マイケル・トーキー、リュック・フェラーリの作品を取り上げますが、そのうち4人の作品が日本初演、ジャック・ボディの作品「死の願望の歌とダンス」は改訂版世界初演となります。彼らの名前は世界的に有名ですが、その作品は特殊な編成などの理由により、なかなか演奏される機会に恵まれていませんでした。そういう作品を今回は集めて演奏したいと思いました」

 非常に個性的な作曲家ばかりであり、それぞれの作品のタイトルからだけでもその魅力が立ちのぼって来るようだ。ヴィヴィエ「ジパング」、武満「群島S.」、フェラーリ「ソシエテII~そしてもしピアノが女体だったら」などなど。

板倉康明 (C)Eric MANAS
 

 もうひとりのプロデューサー・板倉康明も「耳の愉しみ」と題して、2夜のコンサートを企画した。第1夜「スバラシイ・演奏」(8月25日)では、ブーレーズ、メシアン、リゲティなどの作品が取り上げられるが、リゲティの「ヴァイオリン協奏曲」には神尾真由子が参加する。第2夜「ウツクシイ・音楽」(8月29日)ではマントヴァーニ「衝突」(サントリー芸術財団委嘱・世界初演)、ゲオルク・ハース、マグヌス・リンドベルイ「ピアノ協奏曲第2番」、ドビュッシー「海」が取り上げられ、ピアノの小菅優がリンドベルイ作品に参加する。

 板倉は東京藝大からパリ国立高等音楽院に留学し、クラリネット奏者として活躍。2001年からは東京シンフォニエッタの音楽監督としても活躍している。板倉はこう語る。

 「ドビュッシーに『聴くだけで十分だ』という言葉がありますが、今回のコンセプトもまさにそれ。言葉や理屈を超えて『スバラシイ・演奏』『ウツクシイ・音楽』を体験して欲しいと思います。マントヴァーニは友人で、今回、委嘱を引き受けてくれました。またハースの『ダーク・ドリームズ』はラトル&ベルリン・フィルによって初演され、世界的に話題となった作品です。29日のコンサートでは、マントヴァーニ、ハース、リンドベルイが世界中から委嘱される、その秘密に迫りたいと思います」

 ふたりのプロデューサーは、それぞれが違う視点から作品を選んでいるが、いずれも刺激的なもの。まさに我々と同時代の作曲家たちの息づかいをそこに感じながら、夏の夜を楽しみたいと思う。 *片桐卓也

 


LIVE INFORMATION
サントリー芸術財団 サマーフェスティバル2016
8/22(月)~8/30(火)
会場:サントリーホール
http://suntory.jp/summer/

ザ・プロデューサー・シリーズ 佐藤紀雄がひらく
〈単独者たちの王国〉めぐりあう声

○8/22(月)18:30開場/19:00開演
○会場:ブルーローズ(小ホール)
○曲目:エベルト・バスケス(1963-):デジャルダン/デ・プレ*(2013)【日本初演】ジャック・ボディ(1944-2015):死と願望の歌とダンス**(2002/2016)編曲:クリス・ゲンドール、フィル・ブラウンリー【改訂版世界初演】
○演奏:佐藤紀雄(指揮)甲斐史子(va)* 波多野睦美(MS)** 肖 瑪(シャオ・マ)(CT)** 森山開次(dance)** アンサンブル・ノマド

〈単独者たちの王国〉めぐりあう響き
○8/27(土)18:30開場/19:00開演
○会場:大ホール
○曲目:クロード・ヴィヴィエ(1948-83):ジパング(1980)【日本初演】武満徹(1930-96):群島S. 21人の奏者のための(1993)マイケル・トーキー(1961-):アジャスタブル・レンチ(1987)【日本初演】リュック・フェラーリ(1929-2005):ソシエテII―そしてもしピアノが女体だったら*(1967)【日本初演】
○演奏:佐藤紀雄(指揮)中川賢一(p)*吉原すみれ*、加藤訓子*、宮本典子*(perc.)アンサンブル・ノマド
○音響:片桐健順(S.C.ALLIANCE)*

森山開次 (C)Sadato
波多野睦美 (C)Toshiyuki Kono
吉原すみれ
 

ザ・プロデューサー・シリーズ 板倉康明がひらく
〈耳の愉しみ〉スバラシイ・演奏
○8/25(木)18:30開場/19:00開演
○会場:ブルーローズ(小ホール)
○曲目:ピエール・ブーレーズ(1925-2016):デリーヴ1(1984)オリヴィエ・メシアン(1908-92):7つの俳諧*(1962)ベネト・カサブランカス(1956-):6つの解釈 ―セース・ノーテボームのテクストによせて(2010)【日本初演】ジェルジ・リゲティ(1923-2006):ヴァイオリン協奏曲**(1992)
○出演:板倉康明(指揮)神尾真由子(vn)** 藤原亜美(p)* 東京シンフォニエッタ

〈耳の愉しみ〉ウツクシイ・音楽
○8/29(月)18:30開場/19:00開演
○会場:大ホール
○曲目:ブルーノ・マントヴァーニ(1974-):衝突(2016)【世界初演】ゲオルク・ハース(1953-):ダーク・ドリームズ(2013)【日本初演】マグヌス・リンドベルイ(1958-):ピアノ協奏曲第2番*(2011-12)クロード・ドビュッシー(1862-1918):海 (1905)
○出演:板倉康明(指揮)小菅優(p)* 東京都交響楽団

神尾真由子 (C)Shion Isaka
小菅優 (C)Marco Borggreve
 

 

カイヤ・サーリアホ

カイヤ・サーリアホ
 

ヴィジュアルなイメージを喚起させるフィンランドの作曲家

 カイヤ・サーリアホの音楽とは、詩であり、映像であり、絵本である。もっと言うなら――異界からの風であり、中世への旅であり、秘密の花園への誘いである。

 それほどまでにヴィジュアルなイメージを喚起する音楽なのだ。そこで彼女は、秘術として現代のテクノロジーを使う。パリのIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)でグリゼーとミュライユから多大な影響を受け、ポスト・スペクトル楽派として位置づけられるサーリアホだが、彼女が電子音響やコンピュータによる倍音分析といった技術を扱うその手つきは、あたかも魔女が秘薬を調合するときの薬草を集めてくるときの感じを思わせる。

 いや、魔女というよりは、巫女に近い存在かもしれない。なぜなら、サーリアホは明らかな神秘主義者ではあるけれど、そこには常にエレガンスと、神聖と世俗のバランスと、高い精神への憧れがあるからだ。同じフィンランドの作曲家で大御所的な存在のエイノユハニ・ラウタヴァーラ(1928-)が天使への偏愛を明言し、そこには善なる存在のみならず悪の天使までも含まれているのに対し、あるいはそれに続くカレヴィ・アホ(1949-)が鳥や昆虫や岩石に至るまでの自然界へのスペクタクルな視点を特徴としているのに対し、それに続く世代の一人であるサーリアホ(1952-)は、同様に自然との深い交信を行いつつも、そこに人間の声と倫理的な高みさえ感じさせるのである。それにしても、さらにその下の世代にマグヌス・リンドベルイ(1958-)やエサ=ペッカ・サロネン(1958-)が続いていることを考えると、フィンランドからは何と多くの素晴らしい作曲家たちが輩出されてきていることだろう!

 むろんそのルーツはシベリウスである。今回のサントリーホール国際作曲家委嘱シリーズでは、テーマ作曲家として来日するサーリアホが、細川俊夫との公開対談を行い、室内楽とオーケストラの主要作品および委嘱新作を披露するが、その中で、企画考案者の武満徹が決めたプログラミングの決まり事として、委嘱新作に加え「自らの代表作」「自らがもっとも影響を受けた作曲家の作品」「自らが推薦する若い作曲家の作品」をひとつずつ選ぶことになっている。そのしきたりに倣い、サーリアホが影響を受けた作品として選んだのはシベリウスの交響曲第7番――当然というべきか、納得いく選択である。シベリウスの音楽にも、自然信仰や神秘主義と極めて近いところがあって、その最大の成果がこの第7番だからである。形のないもの、全体が姿をあらわさないものについての交響曲。そこからすべては始まったのだ。

 今回の委嘱新作世界初演の「トランス(変わりゆく)」は、どうやら事実上のハープ協奏曲らしい。ソリストはグザヴィエ・ドゥ・メストレという豪華さ。何をさしおいても駆けつけねばなるまい。 *林田直樹

グザヴィエ・ドゥ・メストレ (C)Gregor Hohenberg
 

LIVE INFORMATION
サントリーホール国際作曲家委嘱シリーズNo.39(監修:細川俊夫)
テーマ作曲家〈カイヤ・サーリアホ〉

【室内楽】
○8/24(水)18:20開場/19:00開演 18:30~プレコンサート・トーク(カイヤ・サーリアホ&細川俊夫)会場:ブルーローズ(小ホール)
○曲目:カイヤ・サーリアホ(1952-):7匹の蝶*(2000):テレストル(地上の)*(2002):トカール**(2010):光についてのノート*,**(2010)【日本初演】
○演奏:アンッシ・カルットゥネン(vc)* 石川星太郎(指揮、p)** アンサンブルシュテルン
【管弦楽】
○8/30(火)18:30開場/19:00開演 ○会場:大ホール
○曲目:ジャン・シベリウス(1865-1957):交響曲第7番(1924)カイヤ・サーリアホ(1952-):トランス(変わりゆく)*(2015)【世界初演】ゾーシャ・ディ・カストリ(1985-):系譜(2013)【日本初演】カイヤ・サーリアホ(1952-):オリオン(2002)
○演奏:エルネスト・マルティネス=イスキエルド(指揮)グザヴィエ・ドゥ・メストレ(hp)*東京交響楽団

 

武満徹

武満徹

タン・ドゥンによる《ジェモー》再演に注目!

 都会の夏を彩る、サントリー芸術財団によるサマーフェスティバルの季節がやってきた。今年は、サントリーホール開館30周年、作曲家・武満徹の没後20年を記念し、特別プログラム「国際作曲委嘱作品再演シリーズ」も用意されている。

 サントリーホールは、開館した1986年に武満を監修者として迎え、「国際作曲委嘱シリーズ」を始めた。武満は、複雑化する国際社会の中で、様々な価値観を持つ文化の存在を知らせ、音楽を通じて語り合う時間を設けることで、少しでも人間性が豊かになることを夢見ていた。そして、海外から作曲家を招き、オーケストラ作品を委嘱した。この企画は武満亡きあと、湯浅譲二、そして細川俊夫に引き継がれ、現在に至る。文化の成果は見えにくいが、杉山洋一のように、ここでブソッティと出会い、イタリアへ渡り作曲家・指揮者としての才能を開花させた人もいる。聴衆も、間違いなく育っているはずである。

 今回、再演されるのは、シリーズの第1回に初演された武満の《ジェモー》と、それに影響を受けて書かれ、シリーズの第17回に初演された、タン・ドゥンの《オーケストラル・シアターII:Re》である。

 タン・ドゥンはシリーズに招かれた1993年当時、まだ36歳だった。その後も武満の評価は変わらなかった。1996年、亡くなる2週間前にグレン・グールド賞を受賞した武満が、若い作曲家を選出する指名権を与えられて告げた名は、タン・ドゥンだった。

 武満とタン・ドゥンの作風は、異なるかもしれない。けれども、どちらの作品からも、根本的に人間を信じる強さが感じられる。発想の広大さも、似通っている(武満が少年期を中国で過ごしたからか)。また、彼らは同じキーワードを口にしている。愛、である。武満が未来に希望を託した作曲家は、時を超えて、パワーアップしながら夢の続きを紡いでいる。そうしたタン・ドゥンの手で、武満の大作がどう再現されるのか。それも楽しみの一つである。

 《ジェモー》は、全4部からなる音による恋愛劇で、生命の誕生と、時に相反するふたつのものが愛によって帰一し、死に至るまでが描かれる。タン・ドゥンの作品は、聴衆も参加し、ダイナミックな劇場空間が創出される。会場が一体感で包まれた初演を、覚えている方もあるだろう。

 初演当時と比べ、私たちの社会はより複雑化している。コミュニケーション・ツールとしてのインターネットは、手放せない。しかし一方で、人間関係は希薄になってきている。武満とタン・ドゥンの音楽は、いずれも音による呼び交わしがあり、心を通わせたコミュニケーションの上で成り立つ。そこに立ち会う人は、懐かしくも新しい、忘れられないひと時を過ごすこととなるだろう。 *小野光子

譚盾(タン・ドゥン) (C)Nan Watanabe
 

LIVE INFORMATION
サントリーホール30周年記念 国際作曲委嘱作品再演シリーズ
武満徹の《ジェモー(双子座)》
タン・ドゥン~Takemitsuへのオマージュ〈武満徹没後20年〉


○8/26(金)18:30開場/19:00開演  会場:大ホール
○曲目:武満徹(1930-96):ジェモー(双子座)(1971-86)-オーボエ、トロンボーン、2つのオーケストラ、2人の指揮者のための
譚盾(タン・ドゥン)(1957-):オーケストラル・シアターⅡ:Re(1993)-2人の指揮者と分割されたオーケストラ、バス、聴衆のための
武満徹(1930-96):ウォーター・ドリーミング(1987)-フルートとオーケストラのための 譚盾(タン・ドゥン)(1957-):3つの音符の交響詩(2010)
○出演:譚盾(タン・ドゥン)、三ツ橋敬子(指揮)荒川文吉(ob)ヨルゲン・ファン・ライエン(tb)スティーブン・ブライアント(B) 東京フィルハーモニー交響楽団