サーリアホ、自らの音楽とオペラ「Only the Sound Remains -余韻-」を語る

 いまや世界屈指の人気作曲家となったカイヤ・サーリアホ(1952年、ヘルシンキ生まれ)の音楽がなぜ多くの人々の心をとらえるのか。その理由は、あの神秘的な音響を通して、彼女の心の中で起きている出来事の片鱗が確かに伝わってくるからであり、詩や伝説や絵画などと連関して起きている、その出来事があまりにも偉大だからである。パリで学んだスペクトル楽派の分析的手法から由来する響きの魔法のような魅力もさることながら、彼女が魔法を使って何をしようとしているか、その目的こそが素晴らしい。サーリアホは、キラキラと光る星屑を、自らの作品の中に取り入れることを怖れない。なぜなら、それは聴き手を安易に喜ばせるためのまがい物ではなく、真実な世界からやってきた本物の星屑が彼女の心の中にあるからだ。

 いよいよ、近年最大の注目作であるオペラ「Only the Sound Remains -余韻-」が東京文化会館で6月6日に日本初演される。二つの能 「経正」「羽衣」を原作とした二部構成によるこのオペラは、2016年3月にアムステルダムで世界初演されているが、今回の上演はヴェネツィア・ビエンナーレ他との国際共同制作による新プロダクションで、全く新しいものとなる。以下は、フランス在住のサーリアホへのリモート取材から。


 

――あなたのその魔法の響きの秘密はどこにあるのでしょうか?

「それはやはり、イマジネーションから出発していると思います。物心ついてから私は音を想像することが、自分の中の作業の中で大きな要素を占めているのです。まず想像したものを現実のものにすることが、私の仕事のステップなのだろうと思っています。その仕事は何によって栄養を与えられているかというと、音響を分析したり、構築したりすることも大事になります。本能的なものを大事にしつつ、常に新しい知識を入れていくことも必要です。ときには響きを色に例えてみて、この響きはどういう色にあたるのかということも考えてみながら仕事をすることもあります」

――オペラをオペラたらしめる条件とは、どのようなものだとお考えですか?

「ドラマトゥルギーが大事なのです。それに加えて、オペラでは登場人物が展開し変化を遂げていく。その人物たち同士のコミュニケーションがあり、それは物語とのコミュニケーションであり、人々とのコミュニケーションでもある。大切なのは人間としての経験がその中に盛り込まれているかどうかです。音楽とは特殊な芸術だと私は思います。香りのように瞬間的に染み込んでくる。人に直接的に触れて、人生を動かすことも可能なのです。そして、人がどう変化するかということですが、ドラマトゥルギーが〈私〉自身の人生とかかわっているかどうか。〈私〉自身の物語として成立しうるかどうか。そこがコンサートの音楽と、オペラの音楽との大きな違いだと思います」

――オペラに一つではなく二つの能を組み合わせた理由は?

「『経正』については暗くておどろおどろしい面が強いのですが、『羽衣』は光に満ちていて、おとぎ話的なものです。私は日本人としてではなく、外からのまなざしとして、この物語を知りました。テキスト自体は詩的な解釈をした、短くまとめられたものです。二つの物語を使うことによって二回同じようなストーリーを体験するのですが、全く違う色彩があるので、違う味わい方をしながら生きることができる。そういう面白さが、二つの能を用いることでできるのではないかと考えました。普通であれば当たり前の人間が生きていて、風変わりな無限の存在に出会って、そこから何か神秘的な体験をしていく物語なのですが、角度を変えて、色を変えて、二回体験できる」

――日本での上演について。

「この難しい時代で大変かと思いますが、何としても実現させて欲しいですし、日本のお客様がどうこの作品を受け止めて下さるか、本当に今から楽しみでなりません」

 


カイヤ・サーリアホ(Kaija Anneli Saariaho)
ヘルシンキ生まれ。IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)でコンピュータ支援作曲や録音およびライヴ・エレクトロニクスの技術を磨き、緩やかに変化する高密度の音の集合体を強調した管弦楽曲の作曲へのアプローチに影響を与える。2000年、初めてのオペラ「遥かなる愛」がザルツブルク音楽祭で初演、グロマイヤー賞などを受賞。近年ではピーター・セラーズやエサ=ペッカ・サロネンをはじめ、様々なアーティストと創作活動を行い、作品を〈抽象的なプロセスから生まれるものではなく、聞き手に考えやイメージ、感情を切実に伝える媒体〉と捉え、多くの作品を生み出している。

 


EVENT INFORMATION
東京文化会館 舞台芸術創造事業〈国際共同制作〉
カイヤ・サーリアホ:オペラ「Only the Sound Remains -余韻-」

2021年6月6日(日)東京・上野 東京文化会館 大ホール
開場/開演:14:15/15:00
原作:第1部 能「経正」 第2部 能「羽衣」
台本:エズラ・パウンド/アーネスト・フェノロサ
上演形式:原語(英語)上演 ・日本語字幕付
作曲:カイヤ・サーリアホ
指揮:クレマン・マオ・タカス
演出・美術・衣裳・映像:アレクシ・バリエール
振付:森山開次

■出演
第1部 Always Strong
経正:ミハウ・スワヴェツキ(カウンターテナー)
行慶:ブライアン・マリー(バス・バリトン)
ダンス:森山開次

第2部 Feather Mantle
天女:ミハウ・スワヴェツキ(カウンターテナー)
白龍:ブライアン・マリー(バス・バリトン)
ダンス:森山開次

■演奏
東京文化会館チェンバーオーケストラ
ヴァイオリン:成田達輝/瀧村依里
ヴィオラ:原裕子
チェロ:笹沼樹
カンテレ:エイヤ・カンカーンランタ
フルート:カミラ・ホイテンガ
打楽器:神戸光徳
コーラス:新国立劇場合唱団

https://www.t-bunka.jp/stage/9159/