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違って当然、だけど、一緒にいる意味はある

――この数年間は、ひとりになった空気公団でどんなことをするかを練っていた期間でもありました?

「そういうことは考えてなかったですね。ひとりになった当初、頭にあったのは〈とにかく空気公団をいちばん聴きたいのは春だろう〉ということ。でも、あの春は近すぎるな、だったらこのくらいの春がいいだろうな、とか考えていました。自分のなかでは常に空気公団が基準としてあるんです」

――そして、新作『僕と君の希求』が2021年の春にリリースされました。まずタイトルが空気公団らしいなと感じたんです。あくまで〈僕〉と〈君〉、だけど〈僕ら〉じゃない。

「昔は僕らという言葉も使っていたんですけどね。でも、今回は僕と君がしっくりきた。この2年くらいを通じて、人はそれぞれ思いが違うというのがより明白になりましたよね。私も〈自分が思っていた当たり前って当たり前じゃなかった〉とわかることが多かった。僕と君は考え方が違って当然、だけど、ここに一緒にいる意味はあるよね、ということを言いたかったんだと思います」

――10曲目の“そしてつづいていく”では、〈僕らの気持ちは同じじゃない/それでも心はわかりあえる〉と歌われています。こうした考えは、分断や対立が可視化されているいまの世界に必要なものだと思いました。世の中の潮流や空気みたいなものが、山崎さんにそういう言葉を書かせた面はありますか?

「それはあるかもしれないですね。私はたくさん本を読んだり映画を観たりはしないんですよ。だけど、いま起きていることをなんとなく感じて吸収して、それを吐き出している。何か空気を感じていたのか、今回の〈僕と君〉は男女じゃなくてもいいと思った。だから、“記憶の束”のMVは、男の子同士を主人公にした映像なんです」

『僕と君の希求』収録曲“記憶の束”
 

――以前、Homecomingsというバンドで作詞を担当している福富優樹さんと話したとき、彼らの“Cakes”(2019年)という曲を指して〈性別が特定されないようなラヴソングを書きたかった〉と話されていたんです。彼と山崎さんの態度には共通点があるように感じました。

「曲を作っているときは、性別が何だとかまったく考えてないんですけど、“記憶の束”が出来上がったとき、〈これって女の子同士でもいいし、どんな2人でもいいじゃん〉と思ったんです」

 

誰かを守るためのものでありたい

――今作の資料には〈世の中はただでさえ目まぐるしかった。そこでこの世界中を混乱させる騒ぎが起こっている〉と書かれていましたが、今回のアルバムは、この激動の世の中で、憔悴したり胸を痛めたりしている人に向けられたものなのかなと感じました。

「私は、いまの世界で起きている混乱や、社会的なこととかは絶対に曲のなかに描きたくないんです。それは、〈音楽は人を救うためのものであってほしい〉と思っているから。いろいろな混乱が起こっているということを、自分のなかで一回受け止めるけれど、そのままの形では出さない。空気公団は、誰かを守るためのものでありたい。それだけを心掛けている気がします」

――空気公団の音楽は聴き手に寄り添うものでなければいけない、というのは山崎さんが昔から心掛けてきたことだと思いますが、今回はより強い気持ちとして表れている印象でした。そうした面に、コロナ禍が与えた影響はあるのでしょうか?

「コロナでユカリサのライブが中止になったのは、やはりショックでした。こういうことが起こるんだって。この一年は、明日がどうなるかわからない状況だったし、みんながあたふたとなっているときに、自分にできることは音楽を作り、それで慰めることだと考えていました。その気持ちがすごく強く出たといえば、そうなのかもしれない」

――同じく資料には〈何もできないと思っていた僕が、泣くことも優しい気持ちになることもできるのだ〉と書かれてあって。〈できる〉という際に、行動を指すのではなくて、感情を表に出すことを言っているのがすごくいいなと思ったんです。

「人は子供のときから〈あなたは何もできないわね〉と言われていると、〈自分は何もできないんだ〉と思ってしまうらしいんですね。私は、それはなかったんですよ。むしろ、〈あなたはなんでもできるから、人を心配させたり困らせたりすることはいけないよ〉とだけ言われていたんです。そう育てられたことが、〈できる〉という言葉の捉え方に関係しているのかも。でも、泣きたいときに泣けない人ってやっぱり多いんじゃないですかね」

――ええ。

「そういう人に聴いてもらいたいです。あなたの目を見ると、あなたの悲しさがわかるよ、と、聴いている人に言ってあげるような音楽を作りたくて。

いちばん気を付けているのは、歌詞ですべてを埋めずに、聴いている人が曲のなかで考えられる時間を作るということ。聴き手が、この曲は何が言いたいんだろう、という気持ちを持てるようにしたい。一方的に何かを伝えるのではなく、音楽のなかでそういうコミュニケーションをしたいんです」

――聴き手と曲がそれぞれの関係を築くというか。

「で、その形はどんなふうであってもいい。自由なんですよ。だから私は、空気公団のCDやレコードを買ってくれた人たちを、里親みたいに思っています。その人のなかで音楽がどんどん育っていった結果、〈この曲があのときこういうふうに助けてくれました〉と言われることがあるんです。そういうとき、空気公団の音楽が聴き手と一緒に成長しているんだと思って嬉しくなります」

――新作の話からは逸れるんですが、僕も空気公団の音楽に何度も助けてもらっています。“街路樹と風”(2012年作『夜はそのまなざしの先に流れる』収録)に〈君に伝えたいことがある/僕はなにひとつ成し遂げたことがない〉という歌詞がありますよね。これは、自分にとって聴くと原点に立ち戻れる言葉なんです。人は何かを達成したり成功したりするためだけに生きているのではない、ということを教えられた気がするし、自分もそういう考えを持っているなと気づかせられた。

「私は、自分がぜんぶ中途半端にしてきた、とはっきり言えること自体をいいなと思っています。いま言ってくれた歌詞のあとに〈それでも君を思う/この気持ちは本当さ〉と続きますけど、〈でも、誰かを愛することはできる〉と言えるってかっこいいなと思う」

2012年作『夜はそのまなざしの先に流れる』収録曲“街路樹と風”