いまを積み重ねてきた歌声は、今年の誕生日も初めての場所へと向かう。ロンドンの空気を吸い込み、まさかの大御所も名を連ねたUKサウンドには、まだ見ぬ彼女の姿が映し出されていて――
これはすごいことだな
「別に誕生日にこだわらなくてもいいんですけどね。でも、特別感は出るかなって(笑)。こうして1年に1回、なにかしらできるのは嬉しいです。(音楽活動で)嬉しいことは1年に1回どころじゃないんですけどね」。
その語り口はいたって自然である。花澤香菜は、2013年2月20日にファースト・アルバム『claire』を発表して以降、誕生日の2月25日近辺は毎年必ず自身名義のリリースを続け、その澄んだ歌声と豊潤な音楽を世に送り届けている。今年も堅調なペースを崩すことなく(声優業の仕事量も考えると偉業としか言いようがない!)、2月22日に4枚目のオリジナル・アルバム『Opportunity』をリリースする運びとなった。
本作のサウンド・プロダクションの背景にあるものは、60年代から現在に至るまでのイギリス発祥の音楽。前作『Blue Avenue』が〈NY〉をテーマにしていたのに対し、『Opportunity』は〈UKサウンド〉へのアプローチを試みている。
「『Blue Avenue』を作っている段階で〈次はロンドンに行くぞ!〉みたいな流れになっていて。私は〈本当に行くのかな?〉と思っていたんですけど(笑)、〈UKロックをテーマに次のアルバムを作ります〉というのは早い段階で決まりました」。
ひとくちに〈UKロック〉と言っても、その内容はブルー・アイド・ソウル調やブレイクビーツ、EDMまでフォローする幅の広さだが、これまでの花澤作品のファンであればまず間違いなく満足できるであろう、質の高いポップスの数々が収められている。自身もジャケット~ブックレットの撮影のためにロンドンに赴いた。「ロンドンで見てきた風景を思い浮かべながら歌った曲もあるので、いい影響が出ていると思います」とのことで、彼の地のリアリティーが細部に宿っているに違いない。
参加した作家陣はプロデューサーの北川勝利を筆頭に、沖井礼二(TWEEDEES)、矢野博康、ミト(クラムボン)、宮川弾、岩里祐穂といった鉄壁の布陣に加え、空気公団の山崎ゆかり、秦基博、Spangle call Lilli line、kz(livetune)、片寄明人、そして驚きのシンプリー・レッドのミック・ハックネルと、意外かつ胸が高鳴る並び。参加ミュージシャンの顔ぶれもまた豪華絢爛なのだがスペースの都合上、泣く泣く割愛するとして、ともかく、クレジットを見るだけでもその名を知る人にはたまらない、名盤を約束された作品になっているのだ。
まずは冒頭。今作は、kzが手掛ける“スウィンギング・ガール”で幕を開ける。kzとはキャラソン以外では初顔合わせ。エレクトロニックな楽曲を想像する方も少なくないかもしれないが、ここではビートルズの雰囲気を思い切り吸い込んだ、スウィンギン・ロンドンなバンド・サウンドに。アルバムの世界観を高らかに宣言する一曲と言っていいだろう。
「kzさんにはいつもと違う引き出しを開けていただいて。歌詞はアルバムの導入に相応しい、ゆるやかな気持ちにさせてくれながらも前向きなものになっています」。
そして、UKサウンドというテーマの核をなす象徴的なナンバーは間違いなく“FRIENDS FOREVER”だ。こちらがミック・ハックネル作曲の楽曲である。詞を寄せたのがNONA REEVESの西寺郷太で、このマッチングも非常に刺激的。前作のスウィング・アウト・シスター参加に匹敵するインパクトだが、その内容は正しくブルー・アイドな、たおやかな仕上がりに。花澤のスタッフ陣も大喜びだったそう。
「まず、このプロジェクトの音楽好きおじさんたちの喜び方が半端なかったので、これはすごいことだなって思いました(笑)。みんなニヤニヤしてましたもん。しばらくゴキゲンだった気がする。何より曲が素晴らしかったです。郷太さんの歌詞もこうくるかって感じで嬉しかった。〈“FRIENDS FOREVER”はバンドでやらないともったいないよね〉っていうくらいハマっているので、ライヴにも期待してほしいです」。
また、Spangle call Lilli lineの提供した“星結ぶとき”は、流れるような旋律を聴けばそれとすぐにわかる印象的な一曲。こちらも今回が初顔合わせ。
「とってもお洒落で、レコーディング前から普通に(デモを)ずっと聴いてました。〈本当にいい曲だな~!〉って。難しい歌なんですけど、そうやって聴きまくったからあんまり音も迷わずに歌えました。宮川弾さんの歌詞もとてもマッチしていて、聴くだけで嬉しくなる曲です」。