ストリート・ピアノの動画でも人気の鍵盤奏者が新作を完成。意外なアプローチで新味を得たポップ・スタンダードたちと共に巡る、音楽の世界旅行へようこそ!

 出自であるジャズやクラシックはもちろん、J-Pop~アニソンなども自由に行き来する音楽性と、高い技術に裏打ちされた演奏で評価を得ているピアニスト、ジェイコブ・コーラー。ストリート・ピアノの動画を中心としたYouTubeの総再生数が6,300万を超えるなど、幅広いリスナーから支持を獲得している。YouTuberでもあるアーティスト、よみぃとのコラボ・アルバム『ヒットソング超絶技巧コレクション RED Version ~ピアノ王とファントムシーフ~』(2020年)に続く新作『ジャズ・ピアノ巡り』は、洋楽やジャズ/クラシックのスタンダードから現在の日本のヒット曲、民謡までをカヴァーした作品。端緒となったのは、今年2月の山形への演奏旅行だ。

JACOB KOLLER 『ジャズ・ピアノ巡り』 JIMS(2021)

 「『千と千尋の神隠し』のモデルになったと言われる銀山温泉など、景色がとても綺麗でした。軽トラにピアノを乗せていろいろな場所で演奏したのですが、そのときに〈ピアノで巡る〉というアイデアを思い付いて、“ジャズ・ピアノ巡り”というオリジナル曲を書いて。それが今回のアルバムのコンセプトに繋がっています。〈巡り〉には、〈実際に移動して演奏する〉という意味のほかに、〈いろいろなジャンルを巡る〉ということも込めています。ジャズ、クラシックからヒップホップ、日本の伝統音楽を含むワールド・ミュージックまで、いろいろな音楽が好きだし、それをピアノで表現したいと思っているので」。

 山形でのストリート・ライヴがそのまま収録され、川の流れや風の音と交じり合う演奏が楽しめる“ジブリ・ソング・メドレー”(「ハウルの動く城」より“人生のメリーゴーランド”~「魔女の宅急便」より“海に見える街に”~「千と千尋の神隠し」より“あの夏へ”、わたせせいぞうの同名のイラストにインスパイアされた、美しく叙情的なオリジナル曲“富士に恋して”、ストリート・ピアノでもよく演奏されているアニメ・ソング・メドレー(“ルパン三世のテーマ'78”~名探偵コナン・メイン・テーマ~「カウボーイビバップ」より“Tank!”)などを収めた本作。演奏家としての魅力をさまざまな楽曲で体感できることはもちろん、新鮮なアイデアを反映させたアレンジの妙も大きな聴きどころだ。

 「アレンジするときは、リズムをいちばん大切にしています。たとえば『鬼滅の刃』のメドレーは、“炎”がボサノヴァ、“竈門炭治郎のうた”がジャズ、“紅蓮華”がサンバのリズムになっていて。もちろん和声やアドリブも大事ですが、グルーヴのある音楽が好きだし、打楽器としてのピアノの側面を表現したいという気持ちもありますね」。

 また、7拍子を取り入れた黒うさPの“千本桜”や、ラグタイム風のピアノが印象的なAdoの“うっせぇわ”は、編曲家としての才能とピアニストとしての技量がバランス良く共存したナンバーだ。

 「“千本桜”は以前から〈弾いてほしい〉とリクエストが多かった曲。格好良いカヴァーが数多く存在しているので、他とは違うアレンジをずっと考えていたんですが、7拍子にしてみたら上手くいって。もともと変拍子も好きだし、よく知られた楽曲に採り入れることで新鮮に聴こえるんですよね。Adoさんの“うっせぇわ”の原曲は激しいロックですが、メロディーと和声はラグタイムに近くて。ストライド・ピアノを活かしたアレンジにしたら、すぐに出来上がりました」。

 アルバムの後半には、ビリー・ジョエルのカヴァー“ニューヨークの想い”“ピアノマン”をはじめとするNYを題材にしたナンバーに加え、“アラベスク”や“エリーゼのために”、“アメイジング・グレイス”といった馴染み深い楽曲も並ぶ。いずれにも彼自身の思い出や記憶が反映されているものだという。

 「“ニューヨークの想い”や“ピアノマン”は、(2009年に)日本に来たばかりの頃、ホテルのラウンジでよく弾いていた曲です。久しぶりにカヴァーしたのですが、リスナーの皆さんの反応もすごく良いですね。ピアノの練習曲の“アラベスク”は僕も子どもの頃に弾いた曲。今回はジャズ・アレンジの超絶技巧ヴァージョンです(笑)。“アメイジング・グレイス”は教会でよく演奏していた曲ですね」。

 多様なフィールドに目を向けた選曲、そして、意外性に満ちたアレンジセンスと豊かな表現力を湛えた演奏がひとつになった『ジャズ・ピアノ巡り』。〈音楽の世界旅行〉を心ゆくまで堪能してほしい。

 

ジェイコブ・コーラーの近作を紹介。
左から、2017年作『CINEMATIC PIANO ADVENTURE』、2019年作『JAZZ PIANO JAPAN』、2020年作『REFLECTION』、JACOB &よみぃ名義の2020年作『ヒットソング超絶技巧コレクション RED Version ~ピアノ王とファントムシーフ~』(すべてJIMS)

 

『ジャズ・ピアノ巡り』でカヴァーされた楽曲の関連作品を一部紹介。
左から、LiSAの2020年作『LEO-NiNE』(SACRA MUSIC)、ボーカロイド・ベスト盤『VOCALOID 超BEST IMPACTS』(ソニー)、久石譲のベスト盤『ジブリ・ベストストーリーズ』(ユニバーサル)、「ルパン三世」関連楽曲のベスト盤『ルパン三世 LUPIN THE BEST』(コロムビア)、YOASOBIの2021年作『THE BOOK』(ソニー)、ビリー・ジョエルの76年作『Turnstiles』(Columbia)、クリストファー・クロスのベスト盤『The Definitive Christopher Cross』(Rhino)