©LILLIE EIGER

 〈Sound Of 2020〉選出時には公式に明かされながらも現在のオフィシャルな資料などであえて触れられていないのは、いわゆる〈二世アーティスト扱い〉への偏見を避けたいという意図の表れに違いないが、いずれにせよこの過熱ぶりによってその存在は出自もろとも一気に広まってしまうことになるのだろう。若々しくグッド・ルッキングなインヘイラーはアイルランドはダブリンで結成された新進気鋭のロック・バンド。あるいはフロントマンを務めるイライジャ・ヒューソンの姿をU2『Songs Of Experience』(2017年)のジャケで見たことがある人もいるかもしれない。

 彼とロバート・キーティング(ベース)、ライアン・マクマホン(ドラムス)らが集まってローティーンの頃に前身バンドが結成され、その後ジョシュ・ジェンキンソン(ギター)が加入してインヘイラーとして始動。メンバーの4人はいずれも99~00年生まれという若さながら、音楽的なインスピレーションを受けたアーティストにはストーン・ローゼズやジョイ・ディヴィジョン、デペッシュ・モード、ストロークス、インターポール、キュアーといった名前が並ぶ。こうした趣味が彼らと同世代の若者の間で珍しくないのかどうかはわからないが、80年代ニューウェイヴのメインストリームから受けた直球の影響は“It Won’t Always Be Like This”や“My Honest Face”(MVはノエル・ギャラガーの娘アナイスが撮影)を自主リリースして注目を集めはじめた頃から明らかだった。軽やかなシンセサイザーやドラムマシーンも用いたシンプルで小気味良いアレンジ、主に4人の共作で生まれる親しみやすい楽曲性、伸びやかに広がっていくイライジャのヴォーカル……それらから初期U2の影響を嗅ぎ取らずにいることは難しいものがあるとはいえ、2019年に“Ice Cream Sundae”でメジャー・デビューしてからのバンドは着実に独自のカラーを創造していくことになる。

 これまでにノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズやコーティナーズ、DMA’s、ブロッサムズといった先輩たちのサポート・アクトを国内外で務めてライヴ・バンドとしての地力をみるみる蓄えた彼らは、先述の〈Sound Of 2020〉選出を経た2020年の2月には、アルバム・デビュー前にもかかわらず渋谷ストリームホールで初来日公演を行っている。同年の動きはコロナ禍の影響もあって穏やかだったものの、今年に入ると3月リリースのキャッチーなシングル“Cheer Up Baby”を皮切りにコンスタントな楽曲発表のサイクルに立ち戻り、このたびのファースト・アルバム『It Won’t Always Be Like This』完成へと至ったというわけだ。

INHALER 『It Won’t Always Be Like This』 Polydor/ユニバーサル(2021)

 アルバムのプロデュースを務めたのは元パルプのアントニー・ジェンで、彼がキーボードやプログラミングでも助力。表題曲と爽快な“My Honets Face”はインディー時代からの代表的なナンバーで、軽やかで翳りのあるギター・リフが快い“When It Breaks”、ポップでダンサブルな“Who’s Your Money On?(Plastic House)”、ダビーな意匠が印象的な“A Night On The Floor”など、どこを切ってもモダンな世代感に従来的な意味でのメジャー感までも兼ね備えためちゃくちゃキャッチーな佳曲たちが並んでいる。

 当初の予定より一週間の前倒しでリリースされたアルバムはいきなり全英チャート首位を記録するペースで一気に支持を広げていて、その存在がこの先どんどん大きくなっていくことは確実だろう。例えば彼らを単純に(音楽性は異なるものの)フォンテインズDCに続くアイリッシュ・バンドの期待株と捉えることも可能だし、久々に登場してきたスター性のある大物新人バンドとして希望を寄せることもできる。だからこそ、そこに余計な但し書きを付けてしまうのは無粋というものなのである。    

 


インヘイラー
イライジャ・ヒューソン(ヴォーカル/ギター)、ジョシュ・ジェンキンソン(ギター)、ロバート・キーティング(ベース)、ライアン・マクマホン(ドラムス)から成る、アイルランドはダブリンのロック・バンド。学校の友人が集まって2012年に前身バンドが結成され、2015年にジョシュが加入して現在のラインナップとなる。2017年にファースト・シングル“I Want You”を自主リリース。2019年にポリドールと契約して、“Ice Cream Sundae”でメジャー・デビュー。2020年にはBBCの〈Sound Of 2020〉にノミネートされ、2月に初来日公演を行う。その後もコンスタントに音源を重ね、このたびファースト・アルバム『It Won’t Always Be Like This』(Polydor/ユニバーサル)をリリースしたばかり。