時間をかけて〈深み〉を探った耽美的サウンド――ピアノ・ソロを解禁した理由

 ピアニスト/作曲家の橋本一子による、ソロ・アルバムとしては実に12年ぶりとなる新作『view』が完成した。アコースティック・ピアノによる耽美的な響きを基調に、楽曲によってはヴォイスを織り交ぜ、あるいは菊地成孔(アルト・サックス)や類家心平(トランペット)、藤本敦夫(ドラムス/エレクトリック・ベース)らとともに緊密なインタープレイを繰り広げていく、清澄だが躍動感溢れる作品に仕上がっている。録音は今年初めに行われたが、アルバム制作がスタートしたのはおよそ8年前にまで遡るそうだ。

 「実はずっとピアノ・ソロは封印していたんですね。けれど7~8年前にまたやりたいと思うようになって、今回のアルバムには入っていない曲も含めて色々と作ったんです。それで月1回ぐらいのペースでライブをやり始めて、その時に過去の曲、例えば『Ichiko』(84年)という最初のソロ・アルバムに入っている曲とか、もう何十年も弾いていないような曲ももう一度自分で立ち上げてみました。それを続けていくうちに、自分の中でピアノ・ソロへの対し方が定まっていったんです」

 ちょうど機が熟した段階で、懇意にしている吉祥寺のスタジオGOK SOUNDがコロナ禍で経営危機に陥っていることを知った彼女は、支援の意味も込めてレコーディングを決断。出来上がった作品にはオリジナル曲とスタンダード曲がほぼ半分ずつ収録されていた。

 「オリジナル曲にはもっとピアニストが好んでやりそうな複雑な曲もあったんですけど、そういった曲は収録していないんですね。むしろ今回のアルバムに収録したオリジナル曲にはシンプルな構成のものが多いんですよ。その中で〈深み〉を探っていきました」

 一方のスタンダード曲についてはこう語る。

 「私にとってスタンダード曲はすごく難しいものだったんです。やろうとしてもカッコよく弾けなかった。なので時間をかけて着地点を探して頭の中で流れているサウンドを現実化する作業を続けていきました」

 着想を具現化するにあたって、完全即興ではなく楽曲にフォーカスしたのはなぜだろうか。

 「フリー・インプロヴィゼーションはすごく好きで、言ってしまえば得意分野なんです。けれどコードやリズムがある音楽も同じように好きなんですよ。曲があることによってより刺激的になることもありますし、その曲を自分が弾くことで新しく何かが生まれていくこともある。それはすごく面白いなと思うんです」

 もちろん新作『view』に即興的な瞬間がないわけではない。むしろ楽曲の演奏を突き詰めることで予期せず生まれていったような、二項対立を形成する内/外が入れ子状となった音の愉しみに溢れているようにも聴こえてはこないだろうか。

 


LIVE INFORMATION
『view』リリースライヴ

2021年9月12日(日)東京・渋谷 公園通りクラシックス
2021年10月1日(金)神奈川 横濱エアジン
出演:橋本一子(ピアノ/ヴォーカル)
https://www.najanaja.net/schedule_ichiko.html