アイドルグループ、Maison book girlのメンバーとして2014年にデビューし、その独自の音楽性と世界観で音楽ファンを魅了。今年5月のワンマンライブをもって7年近くにわたったグループでの活動は終了することになったが、9月に自身のTwitterで〈また活動を始めようと思います〉とツイートし、ソロシンガーとして活動再開することを発表した矢川葵。事務所も辞め、何も後ろ盾のない彼女がソロとして活動するにあたって考えたことは、自身が幼少期から愛してきた〈昭和歌謡〉を歌い継ぎ、その魅力を現代に伝えていくアイドルになりたいということだった。そこで彼女は、3曲入りのEPとビジュアルの制作資金を集めるため、クラウドファンディングを実施。1か月の募集期間で、目標金額を大幅に上回る1000万円超の支援が集まった。
そんな矢川葵が、EPの1曲目に収録される楽曲、松田聖子“瞳はダイアモンド”のカバーで12月1日にソロデビューを果たした。グループの活動終了から、活動再開までの苦悩、そして今後の展望まで話を訊く。


あのお客さんたちにまた会いたい
――矢川さんってもともとは何になりたかったんですか?
「どこから言えばいいかな……小さい頃からアイドルは好きで〈アイドルになりた~い〉と言ってはいたけど、職業としてはそんなにちゃんとは目指していなくて。で、高校卒業後にイラストデザインの仕事をしたくて専門学校に入ったんですけど、就職に敗れて(笑)」
――就職に敗れる(笑)。
「はい(笑)。それで思い出作りの一環のような感じで〈ミスiD(2015)〉というオーディションを受けたんです。そこでファイナリストに残していただいて、それがあって、前にいたグループのプロデューサーのサクライ(ケンタ)さんという方に声をかけていただいて。ちょうど新しいグループを作ろうとしていた時期で、〈ちょっと話だけでも聞いてみませんか?〉という感じで。で、昔なりたいと思ってたアイドルになれるかもしれないと思って、そこからグループに入ることになったんです」
――グループでの活躍ぶりはすでに多くの人が知っていると思うのですが、今年に入ってグループが活動を終了してしまいます。その後のコメントでは〈また歌いたいな、みんなに会いたいな〉と言っていますが、その時はどういうことを考えましたか?
「最初は〈やめたくない〉という気持ちがありました。なんとかグループを続けられないかと思ったんですけど、結局それは叶わなくて。だから最後のライブが終わった後は、〈大阪(実家)に帰ろうかな〉とか〈普通の仕事に就こうかな〉とか、いろいろ考えたんですけど、〈あのお客さんたちに会えなくなるのは寂しいな〉〈また会いたいな〉っていう気持ちが強かったです。
それに7年近く活動していて、歌を歌うということが好きになれたし、自信も持てたし、それが自分の一番好きなことだったので、ここでグループが無くなったからって歌うのをやめたくないなって思って。それで以前からお手伝いして頂いているスタッフさんにそういう話を聞いてもらって、これからも手伝っていただけることになり、ソロ活動を始めようと思いました」
――〈ファンのみなさんにまた会いたい〉と思った時に、活動の仕方はいくつか考えられると思うのですが、その中でソロでの活動を選んだ理由は?
「前のグループのメンバーがすごく居心地が良かったんですよね。私はもともと団体行動が得意な方ではないんですけど、一緒にいて楽しかった。だからあの3人以外とまた何かをしたいっていう気持ちにはならなくて。だったら自分ひとりで頑張ってみようかなって」
――ソロとして活動する矢川さんは、肩書としては何になるのでしょう? アイドルなのか、歌手なのか、アーティストなのか。
「前のグループでもそういう疑問はあったんですけど、松田聖子さんとか松浦亜弥さんみたいなアイドルが好きなので、私の心持ち的にはずっとアイドルでいたいと思っています。でも観る人それぞれが決めてもらえればいいと思うんですけどね」
――ここまでの流れとして、アイドルになりたかった人が、アイドルグループに入って、今はソロのアイドルになったということですね。
「はい。令和のソロアイドルです(笑)」

ひとりになってからでも待ってくれてる人がこんなにいるんだな
――ひとりになって所属事務所も無くなってしまい、何から始めたんですか?
「スタッフさんとの話の中で、まず私がどんなことをしたいかという話になって。〈歌を歌いたい〉と答えました。〈どういう歌?〉って訊かれて〈80年代アイドルがすごく好きで、イベントでもリスペクトしている松田聖子さんの歌を歌ったりしてきたので、そういう方向性はきっとファンの方も知ってるし、受け入れてもらいやすいと思う〉という話をして。そこからビジュアルの方向性を決めていったり、お手伝いしてくれる人に出会っていったりして、一緒にやっていくことになりました」
――そして矢川さんはクラウドファンディングを始めます。その理由が、〈幼い頃から大好きだった「昭和歌謡」を現代に歌い継ぐソロアイドルになるため〉でした。なぜ〈昭和歌謡〉だったのでしょう?
「もともとすごくおばあちゃんっ子で、毎週おばあちゃん家に泊まりに行くような幼少期を過ごしてたんですけど、母が学生時代に過ごしてたそのまま部屋が残ってて、そこに聖子ちゃんのレコードとか昭和のファンシーグッズとか、母の青春時代が詰まってたんですね。それを勝手に見るのが好きだったし、母がよく口ずさんでる曲が聖子ちゃんの曲だったのも分かってたし、そうやって知ってることがどんどん増えていったんですね。
中学生になると友達と好きなアーティストやバンドについて話す機会が出てきますけど、そういう時に〈自分の好きな音楽ってなんだろう?〉って考えたら、聴き馴染みのある松田聖子さんの曲だなって思ったんです。そこからいろんなアイドルの曲を掘っていって、いろんな歌謡曲をどんどん好きになっていったんです」
――矢川さんは、平成や令和のアイドルソングもたくさん聴いて関わってきたと思いますが、昭和のアイドル音楽は何か違いますか?
「曲がゆったりしてると思いますね。あと昔の歌番組の動画を観ると、今よりセットがちゃんと作り込まれてて、このアイドルひとりが歌うためだけのセットだ!って感動します。聖子さんは新幹線の停車中にホームで歌うなんてこともありましたけど(笑)。アイドルがそこにひとりで立って歌ってるっていうのがいいと思います。あとはやっぱり松本隆さんの書く詞が好きで、松本先生の詞を調べるとどれもすごいなって思いますね」
――そして、クラウドファンディングの結果、838人もの支援者の方が総額1000万円を超える支援をして大成功を収めました。率直な感想は?
「大大大成功でした。前のグループにいた頃から観ていただいているみなさんにご支援していただいて、少しずつ頑張っていけたらなと思っていて、当初は目標金額も達成できるか不安だったんですが、想像以上すぎてビックリしました。始まってみたら知ってる名前の方がたくさんコメントを残してくれてたし、私ひとりになってからでもこうやって待ってくれてる人がこんなにいるんだなと思うと、すごく感慨深かったです」

〈私はもっと強いはずよ〉
――クラウドファンディングでは3曲入りのEPを作ることを宣言されていて、2曲はカバー、1曲はオリジナル曲を収録予定です。そのうちのカバー曲の第1弾が、今回12月1日に配信リリースされた“瞳はダイアモンド”ですが、最初に大好きな松田聖子さんのこの曲を選んだ理由を教えてください。
「やっぱり80年代アイドルが好きって言うからにはレジェンドである松田聖子さんのカバーをしてからじゃないと、私の中で筋が通らないというか、一番好きなので一番初めは松田聖子さんの曲にしたいと思っていて。1回仮歌で歌ってみて、自分に合っていてスタッフのみなさんの反応もよかったのがこの“瞳はダイアモンド”でした」
――この曲は、失恋を感じさせるような歌詞ですよね。
「はい。最後に〈私はもっと強いはずよ〉っていう歌詞があるんですけど、前のグループが活動終了して、私はいろいろと悲しくて辛い1年を過ごしてきて、それでもまだ頑張らなくちゃって思った時の心境がその歌詞とリンクして、すごく刺さったんですね。〈このフレーズを今歌いたいな〉って思ったんです」
――歌い方やアレンジも含めてすごく原曲を大事にされていて、よく研究されたのではないかと感じました。
「大好きで何度も何度も聴いてた曲だったので、聖子さんの歌い方はもちろんイメージできていました。それをカバーするってなった時に、ボイストレーナーの先生とも相談して、原曲リスペクトの気持ちがあってこそのカバーだから、1回本家の真似というか、きちんとお手本を見直してみようということで、聖子さんらしい歌い方をするところから始めました。そこからレコーディングしていくうちに、自分らしさとか歌いやすさを意識したり、自分なりに考えた感情を込めたりするようになりました」
――レコーディングはいかがでしたか?
「実はレコーディングの2日前に松田聖子さんのライブを初めて観て、そこでこの曲を歌ってくださって、〈ああ、このキラキラを超えることは絶対にできないから、曲をお借りする気持ちで、私の中に聖子さんを宿して歌いたい〉って思って歌いました」
――“瞳はダイアモンド”は83年のリリースですが、最初に聴いた時のことやその時の印象は覚えてますか?
「ちゃんとは覚えてないですけど、〈80年代ヒットソング特集〉みたいな番組が流れていて、そういうのを観ながら母が歌ってたのを聴いたのが初めだと思います。ちゃんと自分でCDで聴いたのは中学生か高校生だったと思います。40曲くらい入ってるベストアルバムを聴いたんですけど、ほとんど全曲知ってて。それまで、そんなにしっかり聖子さんの曲だって認識して聴いてきたわけではなかった私でも知ってる曲ばかりで、それってやっぱりすごいことだなって思いました。今後も日本の歴史に残っていく名曲たちだなって。
そんな中でも“瞳はダイアモンド”は、最初ゆったり始まるところから最後のサビにかけて感情がわーっと盛り上がっていく感じが好きだったし、〈瞳はダイアモンド〉って言ったり、〈傷つかない心は小さなダイアモンド〉〈涙はダイアモンド〉ってダイアモンドが表しているものが変わっていくところが素敵だなって思いました」
――最初の頃から、歌詞のそんな深いところまで読んでいるなんてすごいですね。
「根がオタクなんで(笑)」
――この曲は先ほどもお名前が出た松本隆さんが作詞を手掛けていて、作曲ももちろん呉田軽穂こと松任谷由実さん、編曲は松任谷正隆さんです。このメンバーが作った楽曲をカバーするプレッシャーはありますか?
「ありますね。もうすでにこの曲を好きな人がたくさんいて、私のことなんて知らない人の方が多いわけで、〈絶対この子、聖子ちゃんのことそんな好きじゃないじゃん〉なんて思われるカバーにはしたくないと思ってました。ちゃんと愛があるからこの曲を選んだというのが伝わると嬉しいです。
他の方の好きな曲もたくさんあるので、そういう曲をカバーすることも考えたんですけど、やっぱり最初はみんなが知ってる曲の方が聴きやすいだろうし」
――ぜひ聖子さんにも聴いていただきたいですね。
「それは……それはとっても緊張しますね……」
――少しいじわるな質問ですが、矢川葵にあって松田聖子さんにないものってありますか?
「えっ!?……あー、あります。声にちょっと影がある感じですね。聖子さんは何年経っても80年代のキラキラ感を保っていて、どんな曲でも聖子さんが歌えば聖子さんのキラキラ感が出るんですけど、私にあるのは平成のダーク感みたいな(笑)。そこは違うものだと思いますね」
――今後はキラキラした曲も歌っていくんですか?
「歌っていきたいですね。合う曲があれば」

〈帰ってきてよかった〉とか〈応援しててよかった〉って思ってもらえるようなライブに
――今後リリースされるEPには、カバー曲があと1曲と、オリジナル曲が1曲、収録予定ですが、それらはどんな感じになっていくのでしょうか?
「カバーの方は、聖子さんともうひとり、この方にはきちんとご挨拶しないと、という方の曲が決まっています。オリジナル曲の方も、ある方に80年代の雰囲気は残した現代のアイドルソングを書いていただくことになっているので、ぜひ楽しみにしていただきたいです」
――今後カバーしていきたい曲はありますか?
「いっぱいあります。例えばなんだろな……松本伊代さんの“お楽しみは これから……”っていう曲があるんですけど、その曲がすごく好きで。でもカラオケにも入ってないし、動画や音源を検索してもあまり出てこないような曲なんです。でも、ある動画で見かけて直感的にすごく好きだって思ったので、いつか歌ってみたいです。他にも好きなアイドルはたくさんいるんですけどね」
――ライブの予定はあるんですか?
「一応、来年にはやりたいなと考えています」
――グループと違ってソロとなると、観客全員が矢川さんひとりを見るわけですよね。そこにプレッシャーとかはないですか?
「プレッシャーもあるけど(笑)、それ以上に楽しいと思います」
――バンドがいて生演奏なのか、完全におひとりで出るのかとか、髪型や衣装はアーティスト写真に近いままなのか、聖子ちゃんカットみたいになるのかとか、セットはどうなるのかとか、気になることがたくさんあります。
「どうなるんでしょうね……(笑)。今いい塩梅のところを考えています。普段なかなか見られない大がかりなセットとかキラッキラの照明とか、そういうステージを観るのが好きだし、グループでライブをしていた時もいろんな演出を組み込んでいたので、そういうのが好きではあるんですよね(笑)。
ファンの方々に会うのはかなり久々になるし、しかも急に(活動)終了して急に会えなくなってしまって以来なので、本当にみなさんが来てくれるのか心配ではあるんですけど、みなさんに会えるからには〈帰ってきてよかった〉とか〈応援しててよかった〉って思ってもらえるようなライブにしたいです。〈感謝を伝える会〉みたいにしたいですね。まだ曲数もそんなにないので、きっと喋ったりする時間も多いと思います」
――今後、どういう人に矢川さんの歌を聴いてほしいですか?
「80年代アイドルが好きだった方もそうですし、今になって、あの頃の曲がいいって思いながら聴いている若い方もたくさんいると思うので、そういう方たちにも見付けてもらえたらなって思いますね」
――矢川さんも、昭和には生まれてないですもんね。
「はい、年齢は出してないですけど、一応平成生まれです(笑)」
――失礼な話ですけど、アイドルって何歳までやれるんですかね。
「ねー、どうなんですかね(笑)。気持ち的にはアイドルなんですけど、アイドル活動は前のグループで終わったような気もしていて、今は余生です(笑)。余生を楽しむみたいな気持ちでやってます」
――でも聖子さんだって未だにアイドルですし、そういう風になっていってほしいと思っています。今後の大きな目標とか展望はありますか?
「んー……アルバムを出したいです」
――それはすぐ叶いそうですけど。
「でも、まずはアルバムを出すっていうことからですね。ゆっきゅんっていう友達がいて、その方もソロで活動してて、デモ音源ができたら送り合ったりする仲なんですけど、〈いつか作詞したい〉って言ってくれたんで、それはぜひお願いしたいって思ってます」