禍々しくも美しい世界を紡ぎながら飛躍してきた本の家の少女たち——感情豊かに夜明けを告げるニュー・シングルは、4人をさらなる高みへ導く転換点なのだろうか?

濃厚だった2018年

 音楽家のサクライケンタがトータル・プロデュースを行い、アヴァンと野蛮の入り交じった前衛的なサウンド、独特の内省を美意識とするヴィジュアルや歌世界で人気を集めてきたMaison book girl。レーベルを移籍した2018年は、メンバーたちも「濃かった」と振り返る通り、国内の大型フェス出演や、ブライトンでの〈The Great Escape Festival〉出演を含むUKツアーも敢行するなど活動の場を広げ、傑作の誉れ高いアルバム『yume』のリリース、3公演から成るワンマン〈Solitude HOTEL 6F〉の開催……と濃密な一年となったようです。

コショージメグミ「技量を試される場面が多かったですね。移籍が決まってレーベルの方々が初めて観に来てくださるライヴも大切だったし、その後の〈ビバラポップ!〉はさいたまスーパーアリーナのメインステージでハロー!プロジェクトさんや欅坂46さんのような人たちと同じ舞台に立たせてもらうっていうプレッシャーがあったし、UKではフェスにも出たので、Maison book girlを知らない人からどういう反応がくるのか想像できなかったし。で、帰ってきたらワンマンの〈Solitude HOTEL 5F〉があって……とか、そういう〈やらなきゃ〉みたいな場面が立て続けにきたので、心も身体も揺さぶられる状態でした」

和田輪「試練というか、乗り越えなければならない大きなものがたくさんきた年だったので、そこに上手に乗って実力を伸ばせた年だったのかなって思いました。年末のワンマンでも2019年の課題を見つけることができたし、いま自分に何が足りないか自覚している状態をずっと続けられたので、これからも伸ばせたらいいなって思ってます。一昨年ぐらいには〈もうこれ以上、何をしたら伸びるかわからない〉っていう時期もあったんですけど」

 そうした流れに自覚的に反応してこられたのは、個々が自分たちの活動を客観視する余裕ができたことの表れでしょう。

和田「そう、新しく出会った人たちに観られることがあったりだとか、主観だけではなく自分たちを評価する機会が多かったのも関係あると思います。確かに、前はそういう余裕があんまりなかったし」

井上唯「うん。それまでは自分にいっぱいいっぱいだったかもしれない」

矢川葵「去年は前向きになれた年だなと私は思ってて、いっぱい試される機会もあったぶん、出たことない場に出たりして、それもただ出ただけじゃなくて、毎回ちゃんと反応が返ってきたなって。〈ビバラポップ!〉でも、イギリスに行った時も、初めてTVで歌った時も、そのたびにブクガを知って良いって思ってくれる人が増えた実感がちゃんとあったし、そんな年の締め括りに『yume』っていうアルバムを出せて、ワンマンを〈hiru〉〈yoru〉〈yume〉の3公演できたのも良かったし、2019年も期待できるなって前向きに思えた年でした」

 そのアルバム『yume』が充実の年に相応しい傑作となったのは、結成時からの彼女たちを包んでいたインスタレーションのような雰囲気が、その情緒と品格を失わないまま有機的に振り幅を広げてきたから。サクライなりの開けた感覚がエモーションの起伏を増した歌声にリンクした結果、もともとの実験的な独自性が極めてポップに響きはじめたのかもしれません。

矢川「いままでも〈夢〉っていう単語はブクガの曲の中でもいっぱい出てきてたりして、それをガッて集めて、4年くらい活動してたのを〈ここでまとめました〉みたいなものが、ちゃんとアルバムになってて。最近は対バンとかでも『yume』からの曲をよくやるんですけど、いままでの曲よりも一個強くなったなって歌いながら思うし、お客さんもやっぱ『yume』の曲がくるとスイッチが入るみたいなので……何だろう、良いアルバムですよね(笑)」

和田「『yume』に関してはテーマが〈夢〉なので、夢って支離滅裂なことも起きたりするじゃないですか? だから、いろんな雰囲気の曲を一枚にまとめるっていうのがテーマとしてあって、〈この曲は特に浮かせたいから、いつもと違う感じでパリッと歌ってみて〉みたいなのがあったのかなって思います」

コショージ「私は昔からサクライさんに〈コショージは感情的に歌ってほしい〉みたいに言われてて、音を外したとしても言葉に気持ちを込めて歌うほうがいいみたいな感じだったんですけど、最近はメンバーみんな普通に感情を込めて歌うようになってきましたね」

井上「自分の声があんまり好きじゃなくて歌にも興味が湧かなかったんですけど、ちょっと上手く歌えるようになってきたら、やっと興味が出てきて(笑)、『yume』のレコーディングの終わり頃から歌うのが楽しくなってきてます。そうやって好きだと伸びるじゃないですか? そうするとまた歌い方の引き出しも増えて……みたいな感じで、いまは絶賛その期間です(笑)」

 

外の世界に気付きはじめた

 そんな良い流れのなか、今年最初のリリースとなるのがニュー・シングル『SOUP』。抽象的にも思える表題は「海のスープですかね(笑)」(井上)とのことで、2014年のグループ結成時と同じロケーションで撮影されたアーティスト写真も、漫画家の富沢ひとしがイラストを描き下ろしたジャケの雰囲気も変化を伝えるはず。リード曲にあたる“鯨工場”は、〈夢の中のあの話、本当は何処かで続いていた。〉と仄めかされる通り、『yume』の延長線上にある不思議な明るさが快いナンバーに仕上がっています。

Maison book girl SOUP ポニーキャニオン(2019)

和田「“鯨工場”は〈Maison book girl〉をテーマにした曲ですね。いままでは第三者がまた他の誰かに関して言ってるような曲が多かったんですけど、今回はもうMaison book girl自体がテーマになっていて」

 曲中でそのまま〈本の家の少女たち〉という一節が登場するのも然り、珍しく純然たる一人称で〈僕ら〉と歌っていることも、4人が歌世界の主人公として立体化してきた印象を強くするものでしょう。

井上「ああ、〈僕ら〉ってあんまり歌ってないかもしれないですね、確かに。そうかも」

コショージ「私たちの曲って何か、変拍子って言われたり……まあ、変拍子なんですけど(笑)、〈聴き手を選ぶよね〉って言われることが多かったし、それでもその曲たちを信じて歌い続けてきたので、〈僕らの唄はどこに届いているんだろう。〉みたいな歌詞は〈Maison book girlの言葉〉に近いかなって思います。自分たちの耳に入ってこなくても、どこからか〈最近ブクガが良いって聞くよ〉みたいな声が遠くから聞こえてきたりもするんですけど、そういう〈私たちの知らないところに届いているのだろうか?〉みたいな感じもMaison book girlらしいかなって。いままで〈青いカーテンが隠してた景色〉にも気付いてるし、外の世界に気付きはじめたMaison book girlみたいな感じですかね」

 その開放感を帯びた“鯨工場”が〈僕らの朝は次の唄で明けてゆくの。〉と歌って終わり、カップリングの“長い夜が明けて”に繋がっていきます。こちらはより生々しさを伝えるエモーショナルな歌声で、ストレートにグッとくる仕上がりです。

和田「曲におけるヴォーカルの役割が大きくて、私たちの表現が信頼されたうえで作られてる曲だなっていうのを感じて、プレッシャーもあったぶん、歌で好きなようにできるので、難しかったけど楽しかったです。レコーディングの時のディレクションも〈歌詞がもっと聴き取れるようにして〉とかぐらいで、基本的に表現の部分はそのまま受け取ってもらえたような気がします」

井上「いままでこんなに強く歌い上げるみたいな曲はなかったので、苦戦しましたね。だから私はサクライさんに、〈こうですか?〉〈違う〉〈こうですか?〉〈もうちょっと〉みたいに、意見を求めて凄い言いました。言ったけど、〈違う〉〈え、もうわかんない〉みたいな(笑)」

矢川「『yume』の曲も難しかったんですけど、今回もサクライさんが〈いや、もうちょっとイケると思う〉って言いながら、さらに挑戦させてくれてるというか、〈もっとできるよ〉って考えながら作ってくれたのはありがたいと思います」

井上「サクライさんの声で仮歌が入ってきた時は、何かあんまり好きじゃないかもって思ったんですけど(笑)、4人のヴォーカルで完成したのを聴いたら、〈めちゃめちゃ良い曲になったな〉って思いました」

矢川「凄いカッコイイのが出来たなって、何回も聴き返したりしてますね」

 さらに、毎作の恒例となっているコショージ作の幻想的なポエトリー“まんげつのよるに”も収録。童話的でイマジナティヴな詩世界を4人の朗読で披露しています。

コショージ「いままではまったく意識しないで詩を書いてたんですけど、今回はある意味ブクガだからできることというか、演劇みたいに配役して、ライヴで披露することを想定しながら考えて書きました」

 ともすれば変拍子や不協和音といったサウンドの個性、ヴィジュアルも含めたトータルな芸術性や独特の立ち位置ばかりがクローズアップされてきた彼女たちですが、それらに強度の高いポップネスと機能性を与えているのもまた彼女たちなのです。3月半ばから福岡~大阪~名古屋と続く春ツアーは、4月14日の人見記念講堂にてファイナル〈Solitude HOTEL 7F〉を迎えます。

和田「『SOUP』の曲は凄いライヴ映えしそうだなと思っていて、早く反応が見たいところなので、すぐツアーがあって全国の人の声が聞けるのが凄く楽しみです」

矢川「去年の〈6F〉で期待値が高くなってると思うので、それを上回る良いツアーにして、ちゃんと最後の〈7F〉まで持っていきたいです。前の〈6F〉でファイナルを3公演もやった経験をちゃんと1回に集中して見せられたら、またより良いものができるんじゃないかなって」

井上「去年で急成長したMaison book girlをツアーで皆さんに観てもらえたら、より好きになってもらえると信じてます」

 ツアー終了後の5月にはふたたび〈ビバラポップ!〉出演が決まっており、「今年はライヴもたくさんできそうな予感がします」(コショージ)とのことで、4人は今年もさまざまなフィールドで飛躍していくはず。すでに音源の評価は著しく高いMaison book girlの歌がどこまで届いているのか……その答えはいよいよ目に見える範囲でも証明されていくことでしょう。

Maison book girlの作品を紹介。