高橋照幸の意向と異なる形でリリースされた『FY FAN』、土方鉄人との交流
――話を戻しますが、72年3月に『FY FAN』を録音して、5月にまたヨーロッパへ行ったんですね。
谷野「うん。で、『FY FAN』の内容が、こっちが考えてたのと全然違うものになったんだよ。(権利を)売ったからしょうがないんだけど。秦社長には電話して問い詰めた」
――ファーストアルバムの曲と混ぜたんですよね。“鳥葬の唄”が収録されなかったり※。
谷野「“精神病院の中で”の冒頭に聖書の朗読があって、〈アーメン〉って言うところをB面の1曲目のつもりで〈ビーメン〉と言ってるんだけど、それが通じなくなっちゃってさ」
つのだ「(権利を)売ったのが悪いんだよ(笑)!」
――ジャケットの写真を撮ったのは川俣修壽さんです。
谷野「そう。鹿島まで写真を撮りに行ったんだよ。スウェーデンにいた時、綺麗な国なんだけど、海を挟んだ向こう側にあるドイツのハンブルグの工場の煙が来るのをスウェーデンの人は嫌がってて、俺たちまで環境問題に敏感になった。それで、〈鹿島臨海工業地帯の石油コンビナートを撮ろう〉となったんだよ。いい写真だったけど、使われなかったんだ」

――2回目の渡欧は短かったんですよね。帰国したのが73年12月で、その頃からカイゾクさんはヨットを作り始めます。趣味が多くて、オートバイも好きだったのだとか。
つのだ「あと、軍事訓練ね。さんざんやってたよ」
谷野「俺と間違えて、俺の弟に私服(刑官)が付いてね。〈いつも見張られてた〉と言ってた」
つのだ「カイゾクにも公安が付いてたね。で、銃刀法違反で捕まってさ」
谷野「モデルガンを改造したからね」
――谷野さんはURCの休みの国のポスターで銃を持っていますね。
谷野「それはモデルガンだよ」


――ポスターの下に、〈読み取れるだけの文字と聞き取れるだけの言葉で世の中は出来ているのさ〉と英語でメッセージがあります。
谷野「それは俺が入れた。その前に〈Remember〉と入れてるんだ。あれもいい写真だよね。カイゾクと川俣は写真が好きで、仲が良かった」
つのだ「カイゾクはいつもカメラを持ってて、ジャックスもよく撮ってたよね」
――川俣さんや、休みの国の音楽を使った映画監督の土方鉄人さん※も和光の同級生なんですよね。
谷野「そうそう。土方は1つ下だった」
つのだ「テムジン(土方鉄人)、イチゴ丸、ってさ……。イチゴ丸は俺の中学の同級生で、和光に行ったんだよ」
谷野「〈イチゴ丸〉っていうのは小林達比古※ね。落研の(笑)。今や映画の世界の神様だよね。モノクロをやらせたらピカイチのカメラマンで」
つのだ「テムジンはメチャクチャだったね(笑)。町田から新宿まで小田急の電車の中で、テムジンがウンコを持ってイチゴ丸を追いかけ回したりさ(笑)」
――ちょうど先月(2021年11月10日)、土方監督の自主映画4作が再上映があり、ようやく時代が追いついたようです。土方監督の「実録たまご運搬人 警視庁殴り込み」にカイゾクさんは音楽で協力をして、74年12月、3度目の渡欧をするんですね。
谷野「そう、70年代は半分以上を北欧で過ごしてる」
つのだ「そう考えると、休みの国の活動はカイゾクと谷野氏がいなきゃ出来ないので、つまりその間、俺らは仕事が無いんです」
ぶっつけ本番だった75年のライブ
――そして、75年1月に帰国。今回CD化された75年4月19日の日仏会館でのコンサートは前橋ジャックス・ファンクラブが主催で、会報によると会長の北爪誠さんが浜松にいたカイゾクさんに会いに行き、ライブを開催することになったそうです。この日のライブのことは覚えていますか?
つのだ「何も覚えてないわ(笑)。この頃は仕事をし過ぎてたから」
谷野「事前の練習はほとんどしなかった。当日、本番の30分前にリハをしただけ」
つのだ「この日のメンバーも、ギターの永井(充男)さんはカイゾクが連れてきたんだよね。自分はギターを上手く弾けないってことを、自分で分かってたからだよね」
――ピアノの岡村みちさんもそうなんですよね。
谷野「クラシックの人だよね。それはカイゾクの趣味」
――そして、ぶっつけ本番で演奏したと。
谷野「だから、俺のベース、結構間違えてる」
つのだ「エラそうに言うな(笑)!」
――しかし、ベースのフレーズは素晴らしいです。
谷野「戻るところなのにサビに行ったりして。音が1度違うんじゃないかな」
つのだ「そこがカッコいいんだよね」
谷野「誤魔化しが上手いから」
つのだ「〈これ、間違いじゃないよ〉って顔でね」
谷野「今回CDが出て、写真を初めて見たんだけど、PAがいたんだね。びっくりしたよ」

――ただ、CDのソースは、PAのライン録りではないです。オープンリールの編集をしていた時に、スタジオでそれが分かりました。編集をしてもらったエンジニアの近藤祥昭さん(GOK SOUND)によると、おそらくホールの天井から吊り下げられたマイクで録ったものだとのことです。
谷野「俺の記憶では、舞台にはモニターが無かったんだけど、写真を見るとあるね」

――話は逸れますが、80年頃の週刊プレイボーイ誌で、音楽評論家の北中正和さんがカイゾクさんに取材しているんです。その記事に、カイゾクさんと谷野さんの〈永遠に大人にならない誓い〉というのがあります。これはどういう内容なんですか?
谷野「LSDだよ(笑)! 〈俺たち永遠のガキだぜ!〉って、毎週金曜にやってたんだよ。ヨーロッパにいた時の話だよ」
つのだ「(LSDを)やってもやってなくても、永遠に大人になってないから(笑)」