(左から)谷野ひとし、つのだ☆ひろ

ジャックスを母体に生まれた、高橋照幸を中心とする伝説のバンド、休みの国。その75年の貴重なライブが、CD『休みの国コンサート1975』として発売された。

2021年9月、つのだ☆ひろ氏の事務所に伺うと、2016年に亡くなった高橋氏から預かったという幾つもの段ボール箱があった。中を覗かせていただいたところ、2インチのマルチを始め多くのテープが入っていたのだが、その中に〈1975年4月19日、日仏会館ホール〉と記された7インチのオープンリールテープがあった。それが、12月にCDとして発売された音源だ。

『休みの国コンサート1975』のソースになった7インチオープンリールテープ

これを機に、ライブの演奏メンバーであり、リーダーの高橋照幸と66年から行動を共にしていたジャックスの谷野ひとし氏と、68年のジャックスへの加入時より亡くなる直前までの高橋氏をよく知るつのだ☆ひろ氏に、当時の話を訊いた(2021年12月13日、多摩センターで)。

休みの国 『休みの国コンサート1975』 SUPER FUJI(2021)

 

カイゾク=高橋照幸との出会い

――谷野さんとつのださんは、今回久しぶりにお会いになったんですよね。

つのだ☆ひろ「谷野君、もうメチャクチャなんだから。カイゾク(高橋照幸)と学生運動をやってたから、〈お前、明日何時に来い〉って、俺がジャックスに加入してすぐ突然言われて(笑)」

谷野ひとし「そうだっけ?」

つのだ「そうだよ。新宿へ行って、新宿騒乱(68年10月21日)の時に俺、石を割って投げてたの。それで機動隊が入って来て、すぐ逃げて。谷野君からは〈ヘルメットを捨てて、喫茶店に入ってコーヒーを飲んでればいいから〉って指示されて」

谷野「新宿駅の東口だっけ、〈グリーンハウス〉って呼ばれてた植え込みの芝生のとこ。あそこでやってたら機動隊がウワーッと来て、みんな倒れて折り重なっちゃったんだよね」

――さて、本題に入ります。まず、和光大学に入学して、谷野さんとカイゾクさんが知り合います。和光大はこの年(66年)に出来たんですよね。どうして和光に行こうと思われたのですか?

谷野「他は受かんなかったから」

つのだ「カッコいい! 潔いなぁ」

――谷野さん、高校は市川学園ですよね、名門校じゃないですか。その頃から学生運動をやっていたんですか?

谷野「制服・学帽廃止とかの集会をやって、色んな校内改革運動をやってたわけよ」

――カイゾクさんと出会ったのは?

谷野「和光の寮に入って、そこでだね。俺は高校の頃からハワイアンをやってて、部屋でウクレレを弾いてたら、カイゾクが入って来て、〈上手いもんだねー〉って言うの。〈こんなのすぐ覚えられるよ〉って言ったら、次の日に〈ギターを買いに行く〉って言うんだよ。そしたら、オモチャみたいな変なギターを買ったんだよね。

それでウクレレとギターの2人でやってたら、あの人フォーク出身だから、CとかAmとかEmとかしか弾けなくて。それで〈こう(フレットを押さえたまま)移動するんだよ〉って言ったら、〈ええー!?〉ってビックリしてた」

つのだ「でも、カイゾクがそこからすごく勉強してギターが上手になった、なんてことはないよね」

谷野「夏休みが終わって、ちょっと上手くなったくらい」

つのだ「あの人は最後まで素人に毛が生えたようなもんだから」

谷野「つのだが嫌がったのは、カウントがメチャクチャだったことだよね」

つのだ「いつもドキドキしてたよ。絶対的な流れというのがカイゾクの中には無いから、最後の方になると(カウントが)だんだん遅くなったりして。すごく面倒臭かったね、あれは」

谷野「それで、つのだがカウントをやることになったんだよね」

つのだ「〈いい加減にしてくれ!〉って」

谷野「ジャックスの時もそう。最初は早川(義夫)がやってたけど、そのうち木田(高介)がやるようになった」

つのだ「その頃のカイゾクは何をやってたの? ただの学生?」

谷野「そうだよ。浜松から来て、ビートルズが大好きで。で、〈これだけ教えればビートルズのコードぐらい取れるだろう〉って、〈ビートルズのキーだけ言っとくけど〉って言ったら、アイツ〈キーってなんだよ?〉って」

69年の高橋照幸のインタビュー記事

 

不可思議なバンド、ジャックス

――谷野さんが参加する前から、ジャックスはすでにあったんですよね。

谷野「早川と高橋末広、あと松原(絵里)が(和光)高校からやってたからね。松原が辞めて早川と高橋の2人で続けてたんだ。あと、早川は劇団(和光高校の演劇の講師、平松仙吉が主宰する実験劇団〈パルチ座〉)にいたんだよ」

つのだ「谷野氏はどうしてジャックスに入ったの?」

谷野「高校の時、リズムギターをやってたんだけど、目立つから、リズムがどうとかよく怒られてたのよ。でも、ベースは怒られないわけ。ウッドベースでいい加減に弾いてても。それで、〈楽でいいなぁ〉って。

そして、早川たちが3人でやってたナイチンゲール(ジャックスの前進のフォークトリオ)を観たのよ。〈あ! 和光じゃん!〉って思って声をかけたら、〈女の子(松原)が辞めちゃってさ〉と言うから、〈じゃあ、ベース弾かせろよ!〉って入っちゃったんだ」

つのだ「その3人(ナイチンゲール)はどんな感じだったの?」

谷野「ピーター・ポール&マリー状態」

つのだ「なんでボーカルが辞めてベースが入るの?」

谷野「それは俺が言ったからだよ」

つのだ「ジャックスって、元々そうなのかな? ギターが辞めてさ、ドラムの俺が入るのとか、訳分かんないよ※」

※編集部注 68年、ジャックスからギタリストの水橋春夫が脱退した後、ドラマーのつのだ☆ひろが加入した

谷野「で、〈ベース弾けるの?〉って訊かれたんだけど、〈まだ弾いたことない〉って言ったんだよね」

つのだ「おもしれぇなぁ!」

谷野「そこで、ジャックスになったんだ」

――女性が辞めて、男ばかりになったから〈ジャックス〉なんですよね? 高橋末広さんが名付けたと聞いています。

谷野「末広かなぁ? 早川が〈『ビート・ジャックス』にする〉と言うから、〈『ビート』が付いたらダせぇよ〉とは言ったな」

つのだ「早川さん家は、アイビーの服屋さんをやってたんだよね」

谷野「浅草橋か馬喰町の卸屋さんだよね。店は新宿の西口にあった」

ジャックス・ファンクラブの会報に掲載された早川義夫の実家の紳士服店の広告

――ジャックス・ファンクラブの会報に広告が出ていましたよね。つのださんは、その頃は?

つのだ「ジャズをやっていたんですよ。元々の入口はベンチャーズなんですけど。高校生の頃は色んな所に出ていました。土日は池袋のジュン・クラブで演って、高校の制服をトイレで着替えて。〈アンデルセン〉という名前のバンドでレギュラーで出ていて、サックスの苫米地義久さんもそのバンドにいましたよ。

ある時、変な黒メガネをかけた兄ちゃんが演奏を聴いてて、終わった後〈俺バンドやってるんだけどさぁ〉ってエラそうに言ってくるわけ。誰だか分かるでしょ?」

谷野「木田ね。ハハハ」

つのだ「〈東芝からレコード出してるんだけどさぁ、ギターが辞めたのよ、入る気ない?〉って、素っ頓狂なことを言うの。〈俺、ギターじゃないけど〉って返したら、〈俺がドラムなんだけど、マリンバとかサックスとかをやるから、入んない?〉って言うわけ。

全然乗り気じゃなかったんだけど、レコードをもらって聴いたら、“マリアンヌ”が引っかかったの。なんでかと言うと、あれはジャズワルツというか、6/8(拍子)だから。〈うわー、カッコいいなぁ!! こんな面白いことやってるのか〉と思ってリハーサルに行って、入ったんだ」

ジャックスの68年作『ジャックスの世界』収録曲“マリアンヌ”

 

ジャックスの合宿中に行われた休みの国のレコーディング

――それが68年の秋ですね。翌年3月には〈あんぐら音楽祭〉で〈ジャックス・ショウ〉(69年3月21、31日)をやるために河口湖で合宿するんですよね。

谷野「友達の別荘を借りてね」

つのだ「すごい雪で、〈どうやって行くんだ〉ってなったんだよ。それから食事ね。飯がまずかった。(食事は)当番で、俺の番になって、米を研ぐ前に見たら、コクゾウムシの幼虫が山のように入ってて。一度ザルに入れて、虫を全部取って洗って食ったらうまかったんだ(笑)」

〈第3回ジャックス・ショウ〉〈第4回ジャックス・ショウ〉のポスター

――合宿にはカイゾクさんもいたんですね。

谷野「運転手をやってもらってたからね」

つのだ「最初に俺がカイゾクを知ったのは、ジャックスの運転手としてだったんだ」

谷野「例の変なトヨエースの……」

つのだ「ボロボロの黒いトヨエースで、〈JACKS〉って赤いペンキで書いてあるやつね。ジャックスをやってた頃は仕事が全然無くて、金が無くてしょうがなかったよね。谷野氏だけは日雇いの仕事があったから、日銭を稼いでみんなに羨ましがられてたね(笑)」

谷野「親父の仕事の関係で鳶をやってたからね」

――合宿中に休みの国の録音をしたんですか?

谷野「そうそう、オープンリールで。いいテイクだったよ、あれ。〈カイゾクのデモテープを作ってやろう、秦社長(URCの秦政明)の所に持っていけば、何か作らせてくれるんじゃないか〉って」

高橋照幸が撮影したジャックス

――録音したテープを秦社長の所に持っていったのは、谷野さんですか?

谷野「それはカイゾクだよ。8曲ほど入っていて、ちょうどLPの片面くらいだったから、岡林信康とのカップリング(69年作『休みの国/岡林信康リサイタル』)になった」

つのだ「河口湖で録音したものが、そのままLPになってるの?」

谷野「いや、そのテープを基本にしながら、アオイスタジオで録音したんだよ」

つのだ「アオイスタジオ? 覚えてねー!」

谷野「顔が見えなきゃイヤだからって、〈つのだと俺の間の衝立を透き通ったヤツにしてくれ〉とか言ったりさ」

つのだ「それは今でもそうだね」

谷野「ましてカイゾク先生は調子が分からないからさぁ、ドキドキだもんね」

つのだ「それで、カイゾクの曲をなんでジャックスでやるようになったんだっけ?」

谷野「“第五氷河期”と“追放の歌”ね。俺が早川に〈カッコいい曲があるからやろうよ〉と言ったんだよ。で、つのだがハモったりして」

――ジャックスでやる時はコーラスが入るのですが、休みの国では入りませんよね?

谷野「カイゾクは(コーラスを)気に入ってなかったんだよ」

ジャックスのライブアルバム『LIVE, 15 Jun.1969』トレーラー。ジャックスが休みの国の楽曲“追放の歌”“第5氷河期”を演奏している

 

ジャックスの解散、そして休みの国のデビュー

――そしてこの年、ジャックスが解散します。

つのだ「ジャックスの解散って諸説あるけど、あれはよっちやん(早川義夫)がやめると言ったんだよね」

谷野「彼が俺たちに対して動きづらくなったんじゃないの」

つのだ「俺がジャズをやってた時の仲間の東大生のキーボード(藤田秀雄)をセカンドアルバム(69年作『ジャックスの奇蹟』)のレコーディングに連れて来てさ。早川さんは気に入ってなかったみたいだね」

谷野「あのキーボードは好きだったな。この頃、みんなが曲を作り始めるんだよ、各々の個性が丸出しで。すると、早川の個性が消えていく。それもあっただろうね」

つのだ「今でも覚えてるけど、“敵は遠くに”の録音で、半音ずつ上がってくから谷野氏が嫌がってね」

谷野「耳年増だから、カッコつけてフラメンコベースみたいな弾き方にしたわけ」

ジャックスの69年作『ジャックスの奇蹟』収録曲“敵は遠くに”

つのだ「“からっぽの世界”でも〈バーン!〉ってやってたね」

谷野「弓で弾いたりしてね」

つのだ「もうなんでもアリなんだよね」

谷野「〈ブリッジの向こうまで弾いちゃえ!〉ってね(笑)」

――ジャックスの解散と前後して休みの国のアルバムが出ましたが、ライブ活動はしなかったんですか?

谷野「無いよ」

つのだ「レコーディングして終わりだった。仕事が無いしね」

谷野「70年前後の一時期は、GSとフォークの間の真空状態だったね」

つのだ「やっぱり、『ヤング720』※が終わったのが大きいと思う。高校の朝の第一声は〈今朝の『ヤング720』観た?〉なんだよ。だから、それに出られた時はうれしかったもんね」

※編集部注 『ヤング720』はTBSのTV番組で、グループサウンズの若手バンドが多数出演した。71年に終了

谷野「ジャックスも何回か出たね」

――70年前後といえば、ニューロックに向かう時期ですね。

つのだ「それで俺、ニューロックに行っちゃったりして」

――つのださんは成毛滋さん、高中正義さんとフライド・エッグを結成しますね。成毛滋さんとはどのようにして出会ったんですか?

つのだ「成毛はザ・フィンガーズってバンドをやってて。レッド・ツェッペリンの“Communication Breakdown”(69年)(のフィルイン)は〈ドンドンチッチチッチチッチ〉から〈ドンドンウドドンドンウドドンドン〉ってやるんだけど、その〈ウドドンドン〉が叩けるドラマーが俺だけだったんだよ。成毛はレッド・ツェッペリンが大好きだったから、〈一緒にやろうよ!〉って言ってきたんです」

レッド・ツェッペリンの69年作『Led Zeppelin』収録曲“Communication Breakdown”

谷野「六本木の俳優座でジャックスが演った時に成毛さんが来て、つのだを見つけて、〈一緒にやらない?〉って言ったんだよ。その前に、加藤和彦と半年くらい一緒にやってたよね」

つのだ「サディスティック・ミカ・バンドの前ね。トノバン(加藤和彦)が〈戦艦大和〉ってバンド名を付けて。神谷重徳を呼んで、トノバンと俺の3人にフライド・エッグの高中でバンドらしきものを始めたんだけど、展開が無かったから自然消滅したんだよね」

 

〈FY FAN〉は〈ゴー・トゥ・ヘル〉

――谷野さんとカイゾクさんは、休みの国のレコードを出してすぐ、次の年にヨーロッパへ行ったんですね。

谷野「うん。70年だね」

つのだ「つまり、レコードを出したバンドが日本にはいないという」

――そして71年の10月に帰国して、〈セカンドアルバムを作ろう〉となったんですか?

谷野「〈フィファーン〉(『FY FAN』)ね」

つのだ「〈フィファーン〉って読むんだ! 俺、ずっと〈ハイハーン〉だと思ってた。どういう意味?」

谷野「スウェーデン語で〈ファック〉〈ゴー・トゥ・ヘル〉だよ。〈fy〉が〈このヤロー!〉で〈fan〉が〈地獄〉」

――〈録音しよう〉と言い出したのはカイゾクさんですよね?

つのだ「多分。どっかから金を持って来たんだよね?」

谷野「いやぁ、実は原盤の権利を売ったんだよね」

つのだ「URCに?」

谷野「そう。あと、このアルバムでは、鳥取の田代正平が結構曲を書いてくれたんだよね」

つのだ「メロディーとコード進行が、ビートルズが作りそうなにおいをさせてるもんだから、カイゾクが気に入ってね」

谷野「田代は、この時代にしては面白い曲を作ってたんだよ。歌詞は無いから、カイゾクと俺で詞を付けてね」

――“マリー・ジェーン”も田代さんの曲ですね。

谷野「そう。詞は俺。カイゾクが書いたことになってるけど。“ドクター・クークー”に“マザー”“飛べないフクロウ”もだね。自分で書いたんだから忘れるはずないよ」

つのだ「カイゾクとよくケンカしてたよね」

休みの国の72年作『休みの国』収録曲“飛べないフクロウ”

――谷野さんの歌詞は言葉がカッコいいですよね。

谷野「“悪魔巣取金愚”はカイゾクの歌詞をいじったんだ。〈世界の果ての時計台から/腐ってしまった影が……〉ってところは俺が書いた。アイツさ、俺の“アネモネの花”を違う言葉にして歌ってて。〈俺はこれをもう肉体化してる〉って言うんだよね」

休みの国の72年作『休みの国』収録曲“悪魔巣取金愚”

――ところで、“マリー・ジェーン”は、つのださんの代表曲“メリー・ジェーン”(71年)に曲名が似ていますね。

谷野「その曲を出した時、つのだから電話をもらったよ」

つのだ「休みの国の“マリー・ジェーン”を一緒に練習してて、似たようなタイトルだから、断りを入れたんだよ」

谷野「歌詞はつのだじゃないでしょ?」

つのだ「タイトルは俺が付けたんだけど、歌詞はクリストファー・リン。〈クリストファー・リン〉っていうのは、本当はスウェーデン大使の息子の蓮見不二男さん(ザ・フィンガーズ)で、彼は外国生活が長かったから、あんまり日本語を喋れなかったんだよね」

つのだ☆ひろの71年のシングル“メリー・ジェーン”。ストロベリー・パスの71年作『大鳥が地球にやってきた日』収録曲“Mary Jane On My Mind”がシングルカットされたもの

――〈メリー・ジェーン〉はマリファナの隠語ですが、曲名はそれとは関係ないんですよね。

つのだ「そう、実在の人物。俺が渡辺貞夫さんのバンドにいた時、マーガレットという上智大学の留学生の女の子が好きだったんだけど、でも〈マギー〉だとなんとなくバラードにはならない。〈何かいい名前ないかな〉って思ってたら、その娘の友達にメリー・ジェーンという人がいたんだよね」

 

高橋照幸の意向と異なる形でリリースされた『FY FAN』、土方鉄人との交流

――話を戻しますが、72年3月に『FY FAN』を録音して、5月にまたヨーロッパへ行ったんですね。

谷野「うん。で、『FY FAN』の内容が、こっちが考えてたのと全然違うものになったんだよ。(権利を)売ったからしょうがないんだけど。秦社長には電話して問い詰めた」

――ファーストアルバムの曲と混ぜたんですよね。“鳥葬の唄”が収録されなかったり※。

※編集部注 72年、『FY FAN』の楽曲は『休みの国/岡林信康リサイタル』の収録曲と併せて編集され、URCの秦政明が高橋照幸に無断で『休みの国』としてリリースした。『FY FAN』は88年まで正式にリリースされなかった

谷野「“精神病院の中で”の冒頭に聖書の朗読があって、〈アーメン〉って言うところをB面の1曲目のつもりで〈ビーメン〉と言ってるんだけど、それが通じなくなっちゃってさ」

つのだ「(権利を)売ったのが悪いんだよ(笑)!」

休みの国の72年作『FY FAN』収録曲“精神病院の中で”

――ジャケットの写真を撮ったのは川俣修壽さんです。

谷野「そう。鹿島まで写真を撮りに行ったんだよ。スウェーデンにいた時、綺麗な国なんだけど、海を挟んだ向こう側にあるドイツのハンブルグの工場の煙が来るのをスウェーデンの人は嫌がってて、俺たちまで環境問題に敏感になった。それで、〈鹿島臨海工業地帯の石油コンビナートを撮ろう〉となったんだよ。いい写真だったけど、使われなかったんだ」

――2回目の渡欧は短かったんですよね。帰国したのが73年12月で、その頃からカイゾクさんはヨットを作り始めます。趣味が多くて、オートバイも好きだったのだとか。

つのだ「あと、軍事訓練ね。さんざんやってたよ」

谷野「俺と間違えて、俺の弟に私服(刑官)が付いてね。〈いつも見張られてた〉と言ってた」

つのだ「カイゾクにも公安が付いてたね。で、銃刀法違反で捕まってさ」

谷野「モデルガンを改造したからね」

84年の高橋照幸のドキュメンタリー

――谷野さんはURCの休みの国のポスターで銃を持っていますね。

谷野「それはモデルガンだよ」

――ポスターの下に、〈読み取れるだけの文字と聞き取れるだけの言葉で世の中は出来ているのさ〉と英語でメッセージがあります。

谷野「それは俺が入れた。その前に〈Remember〉と入れてるんだ。あれもいい写真だよね。カイゾクと川俣は写真が好きで、仲が良かった」

つのだ「カイゾクはいつもカメラを持ってて、ジャックスもよく撮ってたよね」

――川俣さんや、休みの国の音楽を使った映画監督の土方鉄人さん※も和光の同級生なんですよね。

※編集部注 「実録たまご運搬人 警視庁殴りこみ」(75年)、「特攻任侠自衛隊」(77年)、「戦争の犬たち」(79年)などの自主映画で知られる映画監督

谷野「そうそう。土方は1つ下だった」

つのだ「テムジン(土方鉄人)、イチゴ丸、ってさ……。イチゴ丸は俺の中学の同級生で、和光に行ったんだよ」

谷野「〈イチゴ丸〉っていうのは小林達比古※ね。落研の(笑)。今や映画の世界の神様だよね。モノクロをやらせたらピカイチのカメラマンで」

※編集部注 市川準監督映画の撮影で知られるカメラマン

つのだ「テムジンはメチャクチャだったね(笑)。町田から新宿まで小田急の電車の中で、テムジンがウンコを持ってイチゴ丸を追いかけ回したりさ(笑)」

土方鉄人の77年の映画「特攻任侠自衛隊」のオープニング。休みの国“悪魔巣取金愚”が主題歌に使用された

――ちょうど先月(2021年11月10日)、土方監督の自主映画4作が再上映があり、ようやく時代が追いついたようです。土方監督の「実録たまご運搬人 警視庁殴り込み」にカイゾクさんは音楽で協力をして、74年12月、3度目の渡欧をするんですね。

谷野「そう、70年代は半分以上を北欧で過ごしてる」

つのだ「そう考えると、休みの国の活動はカイゾクと谷野氏がいなきゃ出来ないので、つまりその間、俺らは仕事が無いんです」

 

ぶっつけ本番だった75年のライブ

――そして、75年1月に帰国。今回CD化された75年4月19日の日仏会館でのコンサートは前橋ジャックス・ファンクラブが主催で、会報によると会長の北爪誠さんが浜松にいたカイゾクさんに会いに行き、ライブを開催することになったそうです。この日のライブのことは覚えていますか?

つのだ「何も覚えてないわ(笑)。この頃は仕事をし過ぎてたから」

谷野「事前の練習はほとんどしなかった。当日、本番の30分前にリハをしただけ」

『休みの国コンサート1975』トレーラー

つのだ「この日のメンバーも、ギターの永井(充男)さんはカイゾクが連れてきたんだよね。自分はギターを上手く弾けないってことを、自分で分かってたからだよね」

――ピアノの岡村みちさんもそうなんですよね。

谷野「クラシックの人だよね。それはカイゾクの趣味」

――そして、ぶっつけ本番で演奏したと。

谷野「だから、俺のベース、結構間違えてる」

つのだ「エラそうに言うな(笑)!」

――しかし、ベースのフレーズは素晴らしいです。

谷野「戻るところなのにサビに行ったりして。音が1度違うんじゃないかな」

つのだ「そこがカッコいいんだよね」

谷野「誤魔化しが上手いから」

つのだ「〈これ、間違いじゃないよ〉って顔でね」

谷野「今回CDが出て、写真を初めて見たんだけど、PAがいたんだね。びっくりしたよ」

――ただ、CDのソースは、PAのライン録りではないです。オープンリールの編集をしていた時に、スタジオでそれが分かりました。編集をしてもらったエンジニアの近藤祥昭さん(GOK SOUND)によると、おそらくホールの天井から吊り下げられたマイクで録ったものだとのことです。

谷野「俺の記憶では、舞台にはモニターが無かったんだけど、写真を見るとあるね」

――話は逸れますが、80年頃の週刊プレイボーイ誌で、音楽評論家の北中正和さんがカイゾクさんに取材しているんです。その記事に、カイゾクさんと谷野さんの〈永遠に大人にならない誓い〉というのがあります。これはどういう内容なんですか?

谷野「LSDだよ(笑)! 〈俺たち永遠のガキだぜ!〉って、毎週金曜にやってたんだよ。ヨーロッパにいた時の話だよ」

つのだ「(LSDを)やってもやってなくても、永遠に大人になってないから(笑)」

 

休みの国のラストライブ

――休みの国の最後のライブとなった、2004年2月14日の労音大久保会館での〈第8休みの国ライブ〉について教えてください。

つのだ「正式には〈休みの国復活祭〉だね。この時、谷野氏はいなかった」

2004年の休みの国のライブのフライヤー

――この時、テープで録音したんです。バンドメンバーはカイゾクさん、つのださん、竹田裕美子さん、まる助さん。つのださんと竹田さんのコーラスが入っていて……。

つのだ「そう。これから新しい休みの国が始まる、というものでした」

谷野「その前に、このメンバーでフジテレビに出たよね」

――2003年8月、フジテレビ〈お台場冒険王〉の〈第2回ともえちゃんフォークジャンボリー〉ですね。

つのだ「THE ALFEEの坂崎(幸之助)が休みの国の大ファンで、坂崎と篠原ともえが司会の番組からカイゾクに直接オファーがあったんだよね。でもカイゾクは、〈お台場みたいな田舎なんかに行けるかよ〉って言ってね。これから〈休みの国をちゃんとやっていこうよ〉って計画してた時だったんだよ」

 


RELEASE INFORMATION

休みの国 『休みの国コンサート1975』 SUPER FUJI(2021)

リリース日:2021年12月15日(金)
品番:FJSP446
フォーマット:CD
価格:3,003円(税込)

TRACKLIST
1. 第五氷河期
2. マザー
3. 白い国籍のスパイ
4. ウィークエンド
5. マリー・ジェーン
6. 追放の歌
7. 悪魔巣取金愚
8. 飛べないフクロウ
9. 夕焼地帯
10. お前の頭の上
11. YOU
12. 朝のダウンタウン
13. 精神病院の中で
14. ドクター・クークー
15. 霧の中から

■休みの国
高橋照幸:ボーカル/ギター
谷野ひとし:ベース
つのだ☆ひろ:ドラムス
永井充男:ギター
岡村みち:ピアノ

1975年4月19日 東京・お茶の水 日仏会館ホール

※M1~13は、高橋照幸が録音した6ミリオープンリールテープを、M 14、15は客席で 関係者が録音したカセットテープをマスターに編集・マスタリングしたものです

録音:高橋照幸
編集・マスタリング:近藤祥昭(GOK SOUND)/中村宗一郎(ピースミュージック)
デザイン:ダダオ
解説:深田政幸(ジャックスファンクラブ会長)/浪江茂樹(第2期ジャックスファンクラブ会長)

 


PROFILE: 休みの国
高橋照幸(1948~2016年)を中心にした、あるいはその独りによるロックバンド。69年、活動末期のジャックスとの交遊から、谷野ひとし(ベース)、つのだひろ(ドラムス)、木田高介(キーボード/フルート/トランペット)、遠藤賢司(ハーモニカ)が参加したアルバム『休みの国』を同年6月にURCより発表(早川義夫はディレクターとして参加)。72年、セカンドアルバム『FY FAN』を録音後、高橋は渡欧。URCは無断で、この一部と69年録音分を併せて『休みの国』として発売。77年、自主制作映画「特攻任侠自衛隊」(土方鉄人監督)の音楽を担当、その主題歌“悪魔巣取金愚”はその後、大槻ケンヂやキノコホテルにカバーされた。77年、カイゾク(高橋照幸)名義で『TOCHIKA』を自主制作し発売。81年、『MID-WAY』をラジオシティより発売。その後も断続的にライブを続け、谷野ひとし、つのだ☆ひろとは最期まで活動を共にした。