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コラム

〈URC50周年記念プロジェクト〉日本の音楽シーンに多大な影響を及ぼした伝説のインディーズ・レーベル、その足跡をたどる

〈URC50周年記念プロジェクト〉日本の音楽シーンに多大な影響を及ぼした伝説のインディーズ・レーベル、その足跡をたどる

1969年、世界中でカウンター・カルチャー・ムーヴメントが吹き荒れていた。 ヒッピー・カルチャーとロックが融合したウッドストック・フェスティバルのあったその年に、 その後の日本の音楽シーンを変えてゆく数々のアーティストや作品を輩出した、日本で最初のインディーズ・レーベル〈URCレコード〉が誕生した。

不滅の名盤群に刻まれた歌の生命力
URC50周年記念プロジェクト

 子供を傍らで遊ばせる女優の杏がギターの弾き語りで“教訓Ⅰ”を歌うYouTube動画がネットで大評判になったのは、コロナ・パンデミック真っ只中の4月半ば。URCレコードの作品がその直前の2~3月にポニーキャニオンからまとめて再発されたことと、杏の動画は無関係だとは思う。が、歌の生命力、時代との共振力というものについて改めて考えさせられたのは事実だ。誰も責任をとることのない国家という幻想に対する人間ひとりひとりの命の重み、痛みを〈めめしく〉歌った“教訓Ⅰ”は、加川良が71年にURCで出したデビュー・アルバム『教訓』のオープニング・ナンバーだった。世に出てから約半世紀。しかしその歌の力は未だ衰えることなく、動画を観た若い世代の琴線を震わせたのである。

 日本で最初のインディーズ・レーベルと言っていいURCほど、その音源が途切れなく再発され続けてきたレーベルもないだろう。69年に発足し、新譜制作などの実働期間は正味5年間ほどだったが(正確には77年発売の5枚のアルバムが最後)、70年代後半からは東宝、SMS、キティ、東芝、エイベックス、そして現在のポニーキャニオンと販売元を替えながらその遺産は丁重に扱われてきた。その背景にはもちろん、時の流れを超えた音楽的訴求力を持つ作品が多い(つまり、商売になる)ということが第一にあるわけだが、加えて、このすぐれた文化遺産を市場から消してはならないという音楽関係者に共通する義務感、責任感もあったはずだ。私はそう信じたい。

 URCは当初〈アングラ・レコード・クラブ〉なる会員制組織としてスタートした。運営主体は、大阪のイベント会社でコンサート企画をやっていた秦政明がフォーク・シンガー高石友也のマネジメント事務所として設立した高石事務所(後に音楽舎に名称変更)。目的は、東京のカレッジ・フォークなどとはスタンスもココロザシも違う関西フォーク勢の生の声を発信することだ。会員には隔月でLP1枚及びシングル盤2枚が配布されるというシステムで、第1回の配布が69年2月に始まったが、会員が予想以上に増え続けて配布作業が困難になったため、同年秋には会社組織としてURCレコードが設立され、市販に移行した。レーベルの看板シンガーとも言うべき岡林信康を筆頭に、五つの赤い風船、高田渡、遠藤賢司、早川義夫、休みの国、斉藤哲夫、加川良、三上寛、友部正人、ザ・ディランⅡ、金延幸子、はっぴいえんど等々、その後メジャーで活躍し、日本のポップ・ミュージックを変革/牽引することになる者も含め数多くのすぐれた才能をURCは輩出した。

 音楽と政治が最も密接に関わっていた60年代末期に発足した大阪の自主レーベルであり、また主宰者の秦政明自身も元々60年安保闘争に関わっていた人物である。当然URCの作品にも政治色(=反体制色)の濃いものが少なくなかったわけだが、しかし音作りや表現スタイルも含めてトータルで俯瞰すれば、ポリティカルというよりもアナーキーという言葉の方がふさわしい。紛争、混乱、瓦解の季節の中で激しく己に向き合い、自分自身の音と言葉を見つけ出そうと真摯に格闘した若者たち……URCに草鞋を脱いだほとんどが、そんな表現者だった。だからこそ、半世紀たってもURCの作品はちっとも古びないのだと私は思っている。

 今回再発されたのは、編集盤2タイトルを含む計21タイトル。音楽評論家の田家秀樹が選曲した編集盤『URC 50th ベスト・青春の遺産』は1〈人生と暮らしの歌〉、2〈旅と街の歌〉、3〈愛と平和の歌〉というテーマの下で各々17曲ずつを収録した計51曲の3枚組。たとえば1には斎藤哲夫“悩み多き者よ”や岡林信康“ゆきどまりのどっちらけ”や高田渡“鉱夫の祈り”、2には遠藤賢司“夜汽車のブルース”や友部正人“大阪へやって来た”や五つの赤い風船“遠い世界に”、3には中川五郎“腰まで泥まみれ”や早川義夫“サルビアの花”やザ・フォーク・クルセダーズ“イムジン河”という具合。名曲揃いである。ちなみに冒頭で触れた“教訓Ⅰ”が聴けるのは3だ。全体を通してレーベルの根幹を成す哲学が見事に浮き彫りにされ、URC初心者にもきちんとストレートに届く内容となっている。

 もうひとつの編集盤は、音楽家/評論家の和久井光司が選曲した2枚組『URC RARE シングルズ』。計46枚がリリースされたURCのシングル盤収録曲のコンピ盤はこれまでもいくつか作られてきた。たとえば、この分野の泰斗だった故・黒沢進による『URC シングルズ Vol.1』『同2』(04年/エイベックス)は各2枚組計4枚のCDに計74曲を詰め、主要曲をほぼ網羅する内容だった。今回の和久井盤では、アルバム未収録曲や別ヴァージョンという点にウェイトを置きつつ、日本のフォーク/ロック史に大きな足跡を残した者たちの初期レア・トラックが35曲選ばれた。その結果、ミュージシャンの数は多くないが、的が絞られ、輪郭がはっきりしたものになっている。金延幸子がメンバーだった秘密結社○○教団や愚、久保田誠(現・麻琴)のプロデビュー・シングル“昭和元禄帆下法偈(ほげほげ)節/アナポッカリマックロケ”などもしっかり入っているので、マニアの方はご安心を。ちなみに久保田のこのシングル盤(70年6月発売)は、彼がデモ・テープをURCに送ったのがきっかけだったという。当時、同志社大学の学生だった久保田は裸のラリーズの一員として活動する傍ら、一人で宅録に励んでいたという。水谷孝のような強烈なファズ・ギターを弾いている村山憲は同志社の軽音サークルの先輩、ドラムとフルートはジャックスの木田高介。久保田の新たな音楽の旅が始まるのはこの直後のことである。

 

URC50周年記念 全21タイトル

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