細密で香気も漂うラヴェル。そして、繊細な抒情性にスポットをあてたベルリオーズ。

 インバルも85歳になった。まったく衰えぬ活躍ぶりが見事だ。その彼が1980年代後半にDENONレーベルに録音したラヴェルとベルリオーズのチクルスが、それぞれセットになって発売される。いずれも、曲の細部まで掘り起こすインバルの解釈が、ワンポイント・マイクで収録した自然な音場感で再現。まさにモニュメンタルなプロジェクトだったが、今回はUHQCDによるディスクで、さらに高音質でのリリースとなる。

ELIAHU INBAL, ORCHESTRE NATIONAL DE FRANCE 『インバル85周年記念BOX ラヴェル/管弦楽曲集』 Denon/コロムビア(2021)

 ラヴェルの管弦楽曲集は、その精緻さがやはり際立っている。とりわけ弱音の表現力が雄弁だ。リリース当時は〈冷静で分析的〉という評価が強かったものの、今回あらためて聴いてみると、整然としつつも、どこか表現に生々しさがあることに気づいた。そのたおやかな響きからは、退廃的なロマンティシズムもほのかに香り立つ。おそらく、現在のフランス国立管弦楽団からは失われたサウンドかもしれない。細やかながら、ぬくぬくとした香気も漂ってくるラヴェルだ。

ELIAHU INBAL, FRANKFURT RADIO SYMPHONY ORCHESTRA 『インバル85周年記念BOX ベルリオーズ作品集成』 Denon/コロムビア(2021)

 フランクフルト放送響とのベルリオーズ集は、“幻想交響曲”から“死者のための大ミサ曲”など声楽を交えた大編成の大作を含む。こちらも、透明感ある響きで、大曲をしっかりとまとめるインバルの手腕が光る。それぞれの声部は室内楽のように綿密に絡み、トゥッティでもその響きは威圧的にならず、心地よく広がっていく。

 ベルリオーズが、様々なアイディアや大掛かりなサウンドを駆使し、長大なドラマとして描いたこれらの作品。インバルは、作品のなかの一つひとつの情景や感情をハッタリをかますことなく丹念に、そしてしめやかなタッチで描いていく。民謡由来の旋律の素朴な味わい、ファウストの純朴さ、ジュリエットの初々しい心情など、この作曲家が書いた音楽の繊細さが浮き彫りになる。何事も大きく構えがちなベルリオーズだが、そんな彼の心の奥に触れたような心地がして、ドキッとしてしまう。