イスラエル人トランペッター、アヴィシャイ・コーエンのECM第5作は『Naked Truth』と名付けられた。現代ポップ要素/音像も取り込んだ前作『Big Vicious』(2020年)から一転、新作は完全アコースティックな設定のもと同胞奏者たちと真摯に音を重ね合わせた内容を持つ。思慮に満ちた曲は、すべてオリジナル。その結果、研ぎ澄まされたトランペット技能には定評のある彼だが、今回はその表現力の素晴らしさがより示されるとともに、音楽家としての覚悟やスケールの大きさを聴く者に鮮明に提示するものとなった。かような、ジャズアーティストとして〈川を一つ渡った〉ような聴き味の説得力はどこから来ているのだろう。彼は何を思い、この意味深げな表題を掲げたのか。Zoomにて、コーエンに一連の真意を問いただしてみた。質問を投げかけると彼は一言一言を噛みしめるように、誠実に言葉を返してくれたのが印象的だった。
ぼくはゆっくり流れるようにこれまで来た
――(かつてのNY居住を経て)今はテルアビブに住んでいるんですよね。
「うん。でも、今はパリにいるよ(といって、スマートフォンのカメラから窓越しにパリの街並みを映してくれる)」
――今まで活動してきて、これは自分にとって重要な出来事であったとか、重要な出会いであったとか、そう感じるものはありますか? もし、あれば一つあげて欲しいのですが。
「ふむ。ぼくの場合は一つという何かがターニングポイントになったというよりは、すごくゆっくり流れるようにこれまで来たような気がする。アルバムを作ってはコンサートをして、という積み重ねでこれまで来た。それでもあえてあげるとするなら、97年に〈(セロニアス・)モンク・コンペティション〉のトランペット部門に入賞したこと。それで、自分は正しいことをやっているんだなと思えた。
あとは、『The Trumpet Player』(2006年)というファーストアルバムを出した時。それでニューヨーク・タイムズなどに取り上げられて、その後リーダーとしていろいろアルバムを出していけた。
トリオのトリヴェニでもリリースしたけど(2010年作『Introducing Triveni』、2012年作『Triveni II』、2014年作『Dark Nights』)、それらはアンジク・レコードからのリリースだった。それは姉のアネット(クラリネット奏者。彼女はずっとそこからアルバムを出している)とのレーベルだったけど、それらはそうした重要なこととしてあげられるね」
――2016年にECMから『Into The Silence』を出して以降、あなたは順調に同レーベルからアルバムを出しています。ぼくはヴィジェイ・アイヤーというピアニストが大好きなんですが、彼はECMから毎回違う編成のもと次々にアルバムを出すことができていて現在ECMから一番厚遇されているミュージシャンであるとぼくは思っています。でも、あなたの作品リリース状況を確認すると、あなたもまたヴィジェイ・アイヤーと同じようにECMからの厚い信任を受けていると思ってしまいます。
「それはありがとう」
――あなたの前作『Big Vicious』は複数のギタリストを起用するとともに電気的な音やステディーなビートも採用し、中にはマッシヴ・アタックの“Teardrop”のカバーもあり、とても新鮮に聴くことができました。あの作品は、あなたにとっては異色の内容になっていると思いますが。
「(地元の旧友たちと始めたバンドである)ビッグ・ヴィシャスって、実は9年前からあったんだ。だから、ECMと契約した際にはすでに結成していた。とはいえ、ECMからの最初のアルバムは、ビッグ・ヴィシャスのアルバムにはしたくなかった。そこで、あえてカルテットを組んで、その流れで2枚のアルバムを出した。というわけで、ビッグ・ヴィシャスは時が満ちるのを待つ存在だった。そして、前回ようやくアルバムを作ろうとなり、その際は新たなホームを探す必要がなく、ぼくにはECMがあったというわけさ」