
Photo by Emily Ramharter
エクスペリメンタルミュージックのパイオニア、ドイツのローデリウスことハンス=ヨアヒム・ローデリウスが、アメリカの現代音楽家ティム・ストーリーとのピアノ作品『4 Hands』を発表した。長きにわたりコラボレーションを続け、こと電子音楽において印象の強い両者だが、今回はピアノという楽器の可能性をあらためて探求している。タイトルの通りふたりのピアノ演奏がベースになっているのだが、実は単純なデュエットではなく、1台のピアノを用いて別々に行われた即興演奏をレコーディングし、それを再構築するというプロセスがとられている。
シンプルでやわらかいメロディーの繰り返しにプリペアドピアノ的な金属音や打楽器的な音色が加わり、アトモスフェリックな空間を創出。気の置けないふたりの語らいを覗き見しているような親密な関係性が伝わってくるのも微笑ましく、果たして、アンビエントミュージックとしての心地よさのなかに、音の鳴る空間に身を委ねること、耳をそばだてることの大切さを感じさせてくれる。〈音楽を聴く体験〉の新たな扉を開く実験の一環とも形容できる仕上がりとなっている一枚だ。
今回はローデリウスとストーリーにインタビュー。出会いから今作のコラボレーションの過程、そしてふたりの親友であり、2020年12月に逝去したハロルド・バッドについてまで語ってくれた。

HANS-JOACHIM ROEDELIUS, TIM STORY 『4 Hands』 Erased Tapes/インパートメント(2022)
友情と一体感から生まれた経験と実験のすべてから出てきた
――最初に、おふたりの出会いから教えてください。〈エレクトロニクスを自在に使用する〉という共通点はありますが、いつごろ、どのように出会い、コラボレートすることになったのでしょうか?
ハンス=ヨアヒム・ローデリウス「ティムが私の音楽を知ったのは、彼が学生時代にレコードショップでアルバイトをしているときでした。彼は私の音楽をとても気に入ってくれて、83年に彼が先祖の足跡を辿るヨーロッパへの旅をした際に、私と個人的に会えないかと言ってきたのです。私は当時家族と住んでいたブルマウ(オーストリア)まで来てくれるならと同意しました。
彼は私にインタビューをし、私たちは彼をお気に入りの場所へ旅に連れ出しました。リンツで海抜1000メートルのところにある湖へ登った際に、そこでフェスティバルやシンポジウムを行うアイデアが浮かび、後にそれは〈More Ohr Less〉というイベントになりました。実際には2004年にオーストリアの建築家/マルチメディアアーティスト、ハンス・クーペルヴィーザーが設計した湖のステージで初めて開催され、15年以上そこで行われています。ティムは最初から〈More Ohr Less〉に関わっていました。私たちは大親友であり、エレクトロニクスを自在に演奏するだけではなく、人生を自由に生きています」
――おふたりは『Lunz』(2002年)をはじめ、多くのコラボレーションを行ってきましたが、今回の『4 Hands』はその延長線上にある作品と言っていいのでしょうか。これまでの作品との違いについて教えてください。2016年にローデリウスのオリジナルのピアノ録音のアーカイブをストーリーが組み合わせた、マルチチャンネルオーディオのインスタレーション作品「The Roedelius Cells」を発表しました。あの作品も非常に画期的なものだったと思いますが、『4 Hands』は、これらの試みを新しいレコーディングで行った作品のようにも感じられます。
ローデリウス「『4 Hands』は延長ではなく、私たちの友情と一体感から生まれた経験と実験のすべてから出てきたもう一つの結果です」
ティム・ストーリー「私もまったく同じ意見です。『4 Hands』は過去の共作の延長線上にあると言うよりも、友情と私たちが共有する音楽を新たに表現したものだと思います。しかし、もちろん、すべてのことは過去の延長線上にはあるもので、『The Roedelius Cells』のようなプロジェクトは私たちに新しいアイデアとその方向性を探る方法を提示してくれました。
不思議なことに、ある意味『4 Hands』は過去の作品よりも複雑であるのと同時にシンプルだと思います。私にとっては、お互いの音楽的な個性がもっとも完璧に融合したものと言えるかもしれません。私たちの〈会話〉を、ふたりが愛するひとつの楽器に限定し、お互いの長所を生かしたユニークな方法で作品を作り出すことで、直接性と美しさを邪魔するすべてが取り除かれているのだと思います」
――また、2020年にローデリウスは3種類のアップライトピアノでレコーディングした『Drauf Und Dran』を楽譜としてリリースしました。ここ数年であなたはあらためてピアノという楽器の可能性を追求しようとしているように感じられます。その理由はどこにあるのでしょうか?
ローデリウス「(あの作品では)私の韓国製の〈Young Chang〉のアップライトピアノ1台と、過去に弾いたグランドピアノを数台使ったと思います。ですが、ピアノ単体が作品に関係しているのではなく、私がここ数年探求してきた共通点のある美学が関係しているのです。そう、私はまだ未知でありながらも可能性のあるものにアプローチし続けようとしています。探求することは、アーティストとしての道を歩みはじめたときからの私の目標です」

ふたりの演奏の区別が消え〈ひとつの体験〉になること
――世界的な新型コロナウイルスの流行は今回のコラボレーションにどのような影響を与えましたか? ストーリーはいち早く2020年3月にこの状況に反応し、安らぎと快適さとコミュニティーをテーマに『Smudges 3: Isola』をリリースしました。『4 Hands』もパンデミックの影響下にある作品と捉えていいのでしょうか?
ローデリウス「パンデミックとの直接的な関係はまったくありません。作品それ自体がありのままの姿なのです」
ストーリー「『4 Hands』の制作の多くはパンデミック以前に行われたものなので、アヒムが言ったように、直接的にはまったく関係はありません。でも、今にして思えば、不思議なことにとても関係があるように思えます。『4 Hands』は、音楽的にも個人的にも人と人との関係の音楽であり、小さく静かなスケールで展開されます。なぜだか、人間が直面しなければならなかった困難や変革的な変化が反映されているようにも見えます。おそらくふさわしいタイミングだったのでしょう」
――『4 Hands』が興味深いのは、これはふたりのアーティストが作ったのか、次第にあいまいになってくる点です。ふたりが目の前で並んで2台のピアノを弾いているようにも聴こえますが、全く同じグランドピアノの響きであることと、あまりに精緻に組み合わされているので、聴き続けていると次第にその境もあいまいになっていきます。どのようなプロセスで制作が行われたのでしょうか。また、どの程度編集の作業が行われたのでしょうか?
ローデリウス「このアルバムのすべての秘密はティミーが握っています」
ストーリー「これは私にとって嬉しい質問です。なぜなら、『4 Hands』での私たちの望みのひとつは、ふたりの区別が完全に消え、〈ひとつの体験〉になることだったからです。まったく同じピアノを使うことは、そのような錯覚を助長しますし、アヒムの美しく自然なフレーズを学ぶ時間がもてたことで、私のインタラクションを調和させ共鳴させることができました。お互いの音楽を何十年も前から知っていることも役立っています。
そうですね、確かに編集はしてあります。アヒムの独特なフレージングにずっとシンクロし続けるのは不可能ですからね! 同じピアノを異なる時間に演奏し、たびたび同じオクターブで重なり合わせることで、ある種の必要な〈人工性〉がこのプロセスに加えられました。しかし、私たちの最大の願いは、いつものように、技術的な〈秘密〉が音楽体験のなかに完全に消えてしまうことなのです」
――制作の過程においては即興と作曲はどの程度のバランスで行われたのでしょうか? 聴き手のイメージとしては、ローデリウスが即興のパートを担当し、ストーリーは作曲の部分、というイメージがありますが、実際にはどうだったのでしょうか?
ストーリー「最初はふたりとも即興演奏がベースになっていたと思います。特にアヒムの場合、即興は彼のユニークな強みのひとつです。でも、アイデアを練り上げていくうちに、より構造的な〈作曲〉としての側面も持つようになりました。実験からはじまったアヒムの最初のパートも、私たちがもっとも共鳴するパートを形作るにつれて、より意図的なものになりました。彼がオリジナルパートを録音して、オーストリアに戻った後、私は何か月もかけて新しく面白いリズムやハーモニーで楽しく実験し、アヒムが作り出した楽曲にまったく新しい視点を持ち込みました。これらのアイデアと探求は、作曲と即興の区別がなくなるように、徐々に最終的な作品へとまとめられました」
亡き友ハロルド・バッドへの追悼
――“Haru”はおふたりの友人、アンビエントのパイオニアのひとりであり、2020年に亡くなったハロルド・バッドに捧げられています。彼のニックネームであり、日本語の〈春〉とかけられているところにも、とても心を打たれました。あなたがこうしたパーソナルな出来事を曲にすることについても感慨深く、彼へのレクイエムであると同時に、暗い世界の状況になにか明るい光が差し込んでくるようにも感じました。また、“Nurzu”のタイトルも、彼との出会いの際の言葉〈Let’s do it!(さあ、やろう!)〉からとられているそうですね。彼との思い出でお話しできることがあれば教えてください。また、彼はこのアルバムの曲を聴く機会はあったのでしょうか。
ローデリウス「いや、彼は新型コロナウイルスに感染してしまい、パンデミックの間、入院していました。かわいそうに、助からなかったのです。最初に彼と出会ったときから〈Let’s do it, Man〉という言葉は私たちの絆でした」
ストーリー「今も悲しい喪失感でいっぱいです。しかし、ハロルドは私たちが最終的に彼のために名付けた曲を聴いてくれていて、とても気に入っていました。ハロルドとは90年代に行われたクラスターの最初のアメリカツアーのときに、アヒムからLAで紹介されて出会い、彼の晩年の2年間、何度か一緒に演奏する機会がありました。私たちはよい友人となり、たびたびお互いの音楽を共有していました。“Haru”の初期段階のものを作り終えたとき、私はハロルドにそれを送ったのです。彼はとても興味をもってくれて、スティールギターを加えたらどうかと提案してくれました。そのギターについての彼のアドバイスは取り入れませんでしたが、彼があの曲を聴く機会があって本当によかったと思います」
――また、ローデリウスは影響を受けたピアニストのひとりとしてハロルドの名前を挙げています。ピアニストとしての彼のどんな点を評価していたのでしょうか。また『4 Hands』が完成して、彼の影響は投影されているとお感じになりますか?
ローデリウス「彼の人柄に影響を受けました。ピアノに対する私たちのアプローチはまったく違いますが、ほぼ同じ時期にそれぞれが独自の方法を見つけました」

アンビエント再評価にローデリウスはなにを思う?
――最後の曲“Ba”は日本語の〈場〉から付けられているそうですね。おふたりにとって制作期間中、日本的なものにとりわけ興味をお持ちだったのでしょうか。また、あなたの音楽制作にとって音が鳴る〈場〉というのはどのような重要な役割を担っているのでしょうか?
ローデリウス「日本の文化全般に大きな影響を受けています」
ストーリー「私はまだ日本に行ったことがなくて残念です。でも、アヒムのように、日本の芸術や文化に大きな影響を受けています。〈場〉は、この曲、そして、このアルバムに収録されているすべての音楽にとって、とても素晴らしいシンボルのように思えました。音符同士が微妙な関係で存在し、その間に空間が感じられる場の感覚がこのアルバムにはあります。それは日本庭園のように立ち止まっていては理解できず、その周りを動いて見なければなりません。様々な方法によって、あなた自身の知覚が芸術を生み出すのです」
――あなたが生み出したクラスターの音楽をはじめとする数多くの作品は、いまも若い世代に聴かれ続けています。そして日本でもバレアリックなどクラブミュージックを経由してニューエイジミュージックを発見し再評価する動きが高まり、80〜90年代の日本のアーティストによる環境音楽が注目を集めるなど、アンビエントミュージックのブームが起きています。こうした状況について、どのようにお感じになりますか?
ローデリウス「私は象牙の塔の中に座り、自分がやりたいことをしているだけです」
ストーリー「これだけは言わせてください。アヒムはこの質問に答えるにはあまりにも謙虚すぎるんですよ! クラスター、ハルモニア、そしてアキムの初期ソロ作品は永遠に生き続けることでしょう。それは単に影響力があり〈重要〉だからではなく、あなたが言うように、多くの新しい世代が再び好きになるからです。今聴いてもとても新鮮に感じられる稀有な存在です」
主が世界中の善良な人々を見守ってくださいますように
――あなたとストーリーはすでにオーストリアで『4 Hands』のおひろめライブをされたそうですね。そのときはどのようなパフォーマンスだったのでしょうか? また、今後ふたりでのライブは予定されていますか? 日本でもあなたのパフォーマンスが観たいです。
ローデリウス「もしコロナウイルスがいなくなったら、日本をツアーするかもしれません。日本には3回行ったことがありますが、いつもホームのように感じました」
――今後も精力的な活動を楽しみにしています。2022年に決まっている予定があれば教えてください。
ローデリウス「10月26日に私は88歳を迎えるのですが、その誕生日を19回目となる〈More Ohr Less〉で共に祝います。主がいつも私と共にいてくださり、私と私の家族や友人、そして世界中の善良な人々を見守ってくださいますように」

RELEASE INFORMATION

HANS-JOACHIM ROEDELIUS, TIM STORY 『4 Hands』 Erased Tapes/インパートメント(2022)
リリース日:2022年3月18日
品番:AMIP-0276
価格:2,640円(税込)
配信リンク:https://idol.lnk.to/4hands
TRACKLIST
1. Nurzu
2. Spirit Clock
3. Haru
4. Rever
5. Seeweed
6. Allegro Estinto
7. Crisscrossing
8. Thrum
9. Bent Rhyme
10. Skitter
11. Ba
PROFILE: HANS-JOACHIM ROEDELIUS
1934年生まれ。ドイツの電子音楽のパイオニアであり、クラスターやハルモニアの創立メンバーとして活躍、数々の名作を生み出す。78年のイーノ/メビウス/ローデリウスによる作品『After The Heat』はアンビエントの名作として知られている。
PROFILE: TIM STORY
アメリカの作曲家/サウンドアーティスト。〈電子メディアにおける真のアーティスト〉(「Victory Review」誌)と評され、TVや映画のサウンドトラックやソロ作品などをウィンダム・ヒルからリリースしている。88年には映画「Legend Of Sleepy Hollow」のサウンドトラックでグラミー賞にノミネートされ、91年には〈NAIRD〉のベストアルバム賞を受賞。
