(左から)寺神戸亮、ファビオ・ボニッツォーニ

「このジャンルの集大成。“無伴奏”に勝るとも劣らない作品」――寺神戸亮、バッハ“ヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのためのソナタ”を再録音!

 日本を代表するバロック・ヴァイオリン奏者として充実した活動を繰り広げる寺神戸亮。この度、バッハの傑作“ヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのためのソナタ”を26年ぶりに再録音した。

 「再録音した理由は、今回のパートナーのファビオ・ボニッツォーニと出会ったからです。彼が主催する講習会に声をかけてくれて初めて共演したんですが、私も彼もデン・ハーグで勉強していて、ブリュッヘンやレオンハルトなどオランダ、ベルギーの古楽のパイオニアたちが作ってきた空気も知っているので、音楽の根底が似ている感触があって、初めからとてもうまくいきました。ファビオには、イタリア人の歌う感じとオランダ的な構成感の両方があるんです。

 最初の録音から20年以上経って、作品に対する想いが深まってきたということもあります。この間いろんな人と共演しましたが、ファビオは最高の共演者でしたね」

寺神戸亮, FABIO BONIZZONI 『J.S.バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ集 第1集(第1~3番)』 Challenge Classics/キングインターナショナル(2022)

 作品に対する想いが深まったとは、具体的にどんなことなのだろう。

 「作品に対する捉え方は基本的に変わらないのですが、バッハがどれだけの想いをオブリガートという形式に込めたのかが見えてきた気がします。単にトリオソナタを当てはめたというのではなく、鍵盤楽器にしかできない表現とヴァイオリンにしかできない表現が絶妙のバランスで追求されているのです。両方の音楽の特徴を活かしきっている」

 バッハのヴァイオリン作品といえば“無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ”の知名度と人気が圧倒的に高く、“オブリガート”はその影に隠れているような気がしないでもない。

 「確かに世の中の評価が低すぎますね。オブリガートチェンバロと旋律楽器のために書かれたバッハの作品は他にもありますが、この作品集は明らかに全6曲で一つのストーリーになっていて、このジャンルの集大成として構想されています。その点では“無伴奏”と同じですし、“無伴奏”に勝るとも劣らない作品です。“無伴奏”では〈教会ソナタ〉と〈室内ソナタ〉が突き詰められていますが、この曲集は全て〈教会ソナタ〉の形式で書かれていて、この形式を突き詰めている。

 調性感の扱いが素晴らしいのもこの作品集の魅力です。今回収録した第1番から第3番は、ロ短調、イ長調、ホ長調という、短調、長調、長調という並びで、第4番から第6番はハ短調、ヘ長調、ト長調と、短調、短調、長調の並び。シンメトリーになっているんですね。

 前半の3曲を調性から見ますと、バッハはロ短調をよくヴァイオリンに使っていて、この調性にちょっと特別な意識があり、悲壮感を込めたリリシズムを感じます。イ長調には絵画的な美しさがあり、イ長調からシャープが一つ増えたホ長調には、緊張感と華やかさが同居していて、壮大な趣がある。1曲だけ聴いても完成度が高いですが、順番に聴いても本当に素晴らしい」

 今回は使用楽器も普段とは変えている。

 「有名なグアルネリ・デル・ジュズのお父さんであるアンドレア・グアルネリが1665年に制作した楽器です。澄んだ明るい音がし、強さもオーラもあります。世界遺産ものですね。

 実はこの楽器とはご縁があって。ある方からお貸しいただいているヴァイオリンなのですが、学生時代に使わせてもらったことがあるんです。当時、日本には状態のいいバロックの楽器がとても少なかったので、貴重な経験でした」

 6曲の“無伴奏”も、再録音が進んでいる。

 「バッハ没後250年の2000年に一度録音しました。バッハがこの作品を書いたのと同じ30代のうちに録音しておきたかったのです。けれどやはり20年以上経って、演奏が変わってきたと感じています。特にポリフォニーの扱いが深まってきたなと。技術的な解決策がだいぶ練れてきたので、今のうちにもう一度と思っています」

 


寺神戸 亮(Ryo Terakado)
1961年、ボリビア生まれ。83年に日本音楽コンクール・ヴァイオリン部門で第3位入賞。桐朋学園大学を首席で卒業すると同時に東京フィルハーモニー交響楽団にコンサートマスターとして入団。その後オランダのデン・ハーグ王立音楽院に留学、シギスヴァルト・クイケンの下で研鑽を積む。同院在学中から演奏活動を始め、〈レザール・フロリサン〉〈シャペル・ロワイヤル〉〈コレギウム・ヴォカーレ・ゲント〉〈ラ・プティット・バンド〉などのヨーロッパを代表する古楽器アンサンブルのコンサートマスターを歴任してきた。日本では、弦楽四重奏団〈ミト・デラルコ〉の第1ヴァイオリン奏者や〈バッハ・コレギウム・ジャパン〉のコンサートマスターとして活躍、日本を代表する古楽奏者として幅の広い活動を行っている。近年は鈴木雅明(オルガン&チェンバロ)、ボヤン・ヴォデニチャロフ(フォルテピアノ)、曽根麻矢子(チェンバロ)、チョー・ソンヨン(チェンバロ)といった国内外の古楽器奏者との活動を展開している。

 


INFORMATION
・南米で一番大きな古楽音楽祭〈International American Reinaissance and Baroque Music Festival, Chiquitos, Bolivia〉に室内楽で参加予定。(2022年4月22日~2022年5月1日)
・Challengeレーベルより、バッハ、ヴァイオリン・ソナタの続編、第2集(第4~6番)を9月にレコーディング、発売は2023年予定!