デュオ ハヤシ「30年来の夢」だった“アルペジョーネ・ソナタ”を録音
チェロの林俊昭、ピアノの林由香子夫妻による〈デュオ ハヤシ〉は1973年結成、2023年に50周年を祝う熟達の室内楽ユニットだ。2020年12月14~16日、Hakuju(白寿)ホールでセッション録音した新譜『アルペジョーネ・ソナタ』とはもちろん、シューベルトの名曲を意味する。「夫の若い頃からの憧れのソナタでした」と由香子が切り出すと、俊昭は「学生時代にフルニエやジャンドロンら巨匠のLP盤を愛聴、シューベルトは最も好きな作曲家であり、20代は良く弾いていました」と振り返った。
1977年にヨーロッパへ渡り、最初はロンドン、次いでローマの国立サンタ・チェチリア音楽院室内楽科を卒業、俊昭は国立サンタ・チェチリア管弦楽団に7年間在籍。1987年に朝比奈隆時代の大阪フィルハーモニー交響楽団から首席チェロ奏者へ招かれたのを機に帰国した。俊昭は「シューベルトはデリケートこの上ない作曲家なので、よく練習していないとすぐにバレます。30年近く忙しく働き、まとまった練習時間を確保できなかったので、次第に遠ざかっていました」と打ち明ける。「コロナ禍で大量の空き時間が生まれ、“アルペジョーネ”を毎日練習できる機会を突然に授かったのです」(由香子)
「シューベルトは31歳9か月で亡くなりましたが、“アルペジョーネ”は24歳の作曲ですから、まだ希望の方が大きい作品。ベートーヴェンに匹敵する最晩年の大作の域には達していない半面、チェロで演奏する場合、得も言われぬハイ・ポジション(高音域)の魅力があります。古典ソナタでは高音をピアノが担う例が多いなか、“アルペジョーネ”でチェロがハイ・ポジションで活躍できるのは、本当に素敵なことです」(俊昭)
カップリングは「大きなソナタだと、せっかくの“アルペジョーネ”がかすむ」との理由で小品を並べた。「ノクターン、セレナーデ、ロマンスを2曲ずつ。パヴァーヌも2曲、と一時思ったものの1曲にとどめました」と、俊昭。由香子は「シューベルトの声楽曲も大好きなので“セレナーデ”は絶対に入れようと。“冬の旅”も考えたのですが、声楽家たちが器楽編曲を特に嫌がる作品でもあり、“アヴェ・マリア”に落ち着きました」と明かす。すかさず俊昭が「“アヴェ・マリア”で切なくやるせないシューベルトの気持ちを描いた後、次第に明るい作品へと移る趣向です」と補足した。演奏にとどまらない生活すべてにおいて、本当に息の合ったデュオだ。