©Chris Knight / ECM Records

こんなにソフトな音色のサックス、聴いたことありますか?

 2022年現在、ジャズにインドの古典音楽の原理を積極的に取り入れて音楽を作っているアーティストといえば、ヴィジェイ・アイヤーティグラン・ハマシアンとこのオデッド・ツールの二人だろうか。奇しくも前二者はリズム、後者は旋律にという具合に関心の矛先は異なるところは演奏する楽器の違いによるのかもしれない。ヴィジェイは加算型のリズムのアイデアを取り入れて“Human Nature”をカヴァーして一世を風靡した。一方のオデッドはインドのラーガと出会い、ラーガの魅力に取り込まれてく。今回、間近にECM二枚目となる新作のリリースを控えたオデッドに取材した。

 まず彼のサクソフォンのとても繊細な音色について。

 「私の楽器の持つ音色についてですが、確かに私のインド人教師たちに影響を受けました。しかしそれ以前にクラシック音楽をエルサレム音楽舞踏アカデミーで学んでいたとき、クラシックのサクソフォン課の教授に、楽器には境界が無く、チェロやオーボエ、フルートのような音を奏でることができると想像してみなさいと、教えられたことが影響しています」

 ラーガの微分音を奏でるための演奏法上の策としてではないということでしょうか?

 「インド古典音楽のとても重要な要素に、ある音から別の音へとスライドさせて(音程を)変化させるということがあります。これはインドの伝統的な楽器ではとても簡単なことです。さらにもっと重要なのは、こうした二音間の音程の変化は装飾ではなく、それ自体が音楽だということです。サックスでこの技法を実現するのに優に十年かかりました。この期間に発見したことの一つに、非常にソフトにサックスを吹けば、二音間の音程のスライドさせることが可能だということ、そしてこの発見がダイナミクスという点ではこれまで存在しなかった考えをもたらしてくれました。インド古典音楽では、この移動は音と無音の間で生じるのですが、この知見は私の演奏に新たな可能性を広げたのです」

 ラーガといえばそれぞれ固定された基音をセンターに構造化され、演奏にあたってはラーガの非常に厳密な理解がそれぞれに求められると聞きます。しかしあなたのアンサンブルではセンターは固定されていません。

 「作曲するときまずラーガを、構造のようにラーガを造るのです。私は既存のラーガを使用していません。それはブルースのようなものなのです。最初のアルバムでは、移動するベース上にラーガは存在しうるのか、ということが問題でした。造ったラーガは、結果的にはそれが演奏された時、まるで人物のように現れました。だから今回、私の妻、イザベラ(アルバムタイトル)のポートレイトを描くように、音楽を追求することができたのです」

 ラーガは種のようだと彼に伝えると彼自身もそう考えてきたし、実際そう喩えてきたという。千のメロディと一つのメロディを産む、ラーガを彼は撒き続ける。

 


Oded Tzur オデッド・ツール
テルアヴィヴ生まれのサックス奏者/コンポーザー。高校でジャズとクラシック音楽を学び、2007年からバーンスリの巨匠ハリプラサド・チャウラシアに師事し、インド古典音楽の優雅なスライドをマスター。その後、ラーガの音程の流動性と微音の陰影をジャズの文脈に持ち込んでいる。2011年、ニューヨークに拠点を移し、Oded Tzur Quartetを結成。サクソフォンの音符の間だけでなく、インド古典音楽とジャズの旋律の世界を行き来しながら、作曲家としての活動の幅を広げている。2020年、『Here Be Dragons』でECMデビューを果たす。