ティグラン・ジャズの今日

 アルメニア出身のアーティスト、ティグラン・ハマシアンがジャズのスタンダードレパートリーを取り上げた。これまでアルメニア音楽の世界性をオリジナル楽曲を通じて世にとうてきたことで知られるティグランだけに、この一手の意味に注目が集まるだろう。アルメニアのジャズアーティストには彼以外にヴァルダン・オヴセピアンがいて、ブラジルのヴォーカリスト、タチアナ・パーラとのデュエットやチェンバー・アンサンブルなど、さまざまなプロジェクトで世界的な評価を得ている。しかしヴァルダンの音楽にアルメニアらしさを感じることはほとんどない。

TIGRAN HAMASYAN 『Standart』 Nonesuch(2022)

 クラシックでは16世紀から近代くらいまでのクラシック音楽を示す言葉として〈コモン・プラクティス・ピリオド〉がある。今回、ティグランがアルバム・タイトルにために造語した〈スタンドアート〉は、単純に日々ミュージシャンたちが取り上げる素材群、そして彼自身とジャズの距離感を示しているようだ。

 この、トリオをベースにゲストを迎えたアルバムから聴こえるのは、当然ながら彼固有の手法でアプローチしたサウンドだ。リズムのミクロな分割とマクロな統合が今回はフォービート上で展開したり、メロディが触媒となって聴き慣れたスタンダードがアルメニアのランドスケープに取り込まれていく様は圧巻。ピアノトリオでの“Softly, As In A Moring Sunrise”、マーク・ターナーが奏でる“All The Things You Are”、ジョシュア・レッドマンが参加したチャーリー・パーカーの“Big Foot”ではこうしたティグラン・ジャズの典型的なスタイルが聴き取れる。彼のリズムにはインドの加算的な考え方が見て取れるが、ヴァルダンや菊地成孔の音楽がアフリカ的なポリリズムへの指向するのと対照的だ。

 スタンダードに固有の解釈を加えて演奏することだけがジャズを実践することだとは思わないが、このティグランのアプローチがジャズを音楽としての可能性を広げることは明らかだ。彼もかつてブルースにリズム・チェンジを組み込んでバップの一つの形を作ったパーカーたちのフォロワーの一人なのだ。